episodeー2
あれから十日は経っただろうか。
敢えて会わない様にシフトを組まれているのかと疑うくらい
まぁ、会わない方が
「お疲れ様でぇ……す」
「……お疲れ」
疲労困憊で滋養強壮剤の小瓶を握り締め、バックヤードで項垂れている勝木がいた。
勝木が店頭に出ている時こんな姿見せた事が無いので、芹沢は居ない想定だった人間がそこにいた事と、見た事のないその姿に重ね重ね驚く。
「……大丈夫っすか?」
「あ?」
「あ、いや……何でもないです」
話し掛けられるのも嫌になったか、と諦めた様に口籠った芹沢はいつものように鞄だけ置くとすぐにバックヤードを出ようとして勝木に呼び止められた。
「イベント前日の準備、
「……いえ、仕事ですから」
そんな事かよ。
勝木があの日の事はあくまでスルーするつもりなのだと思ったら、芹沢は溜め込んだ苛立ちが「フッ」と口から漏れた。
「何すか、それ……。それ以外にも言いたい事あんじゃないんすか? あの日、勝木さん俺の事見てましたよね? すげぇ目してた」
「別に。お前が誰と何処に居ようと俺には関係ない」
「あんな……軽蔑する様な目で見ておいて、良く言う……」
不意にガタリと椅子が倒れて、戸口に立っていた芹沢は自分より背の高い勝木に壁際へと追い詰められる。
迫って来る勝木を反射的に押し返そうとした手を壁に縫い付けられる様にして追い込まれた芹沢を、勝木は蔑む様な目で見て低い声で呟いた。
「黙れ、クソガキ。ここは神聖な職場だ。お前がゲイだろうとビッチだろうと俺には関係ないが、ここではただのバイトでいろ。そうじゃ無きゃ明日から来んな」
真直ぐに拒否られて、芹沢は返す言葉が無かった。
背筋に走る
芹沢はこんなにあからさまに敵意を向けられるとは思ってはいなかった。
どちらかと言えば、どう言えば良いのか分からないと言う躊躇った態度を想定していたのだ。
「す……いませ……」
「早く行け。今日も入荷がある」
「はい……」
こんな事、珍しい事じゃない。
近しい人間にゲイバレすれば、距離を置かれるなり、嫌われるなり、今まで通りに行かないのは当たり前の事だ。
でも、あんな風にバイトとしての芹沢を認めた上で、ゲイである事だけを否定して敵意を向けて来る勝木の様な人間は今まで見た事が無い。
大人の対応にしては凄んでいたし、神聖な職場だと言う位だから余程仕事場で色の話をされるのが嫌だったのかも知れない。
芹沢はバイトが終わったら誰でも良いから誘って、今日も
そうでもしなければ、勝木のあの目がずっと自分を見ている様で怖かった。
「
「真島さん……」
「お前、今日どうしたぁ? 元気ねぇなぁ」
「そんな事ないっす。あざっす。お先します」
「おー、気ぃ付けて帰れよ」
足早にバックヤードから鞄を取って逃げる様に店を出た。
早く、早く、脳内をリセットしなければ――――。
善がり狂って、出すもん出して、意識ぶっ飛ばせば、また変わらない明日が来る。
芹沢のそんな思いを神様は見抜いていて、そうはさせないとばかりに悪戯する。
従業員入口の先で勝木が待ち伏せしていた。
「ちょっと付き合え」
「……説教ですか?」
「教育的指導だ」
「一緒じゃないっすか。俺、これから予定が……」
「キャンセルしろ」
強引に車に乗せられて、何処へ行くとも知れずに芹沢は手の内に汗をかいて居た堪れなさに身を竦めた。
車中で一言も話さなくなった勝木の横顔は険しい。
元々、何故販売員になったのか疑問に思うくらい勝木は無愛想なところがあるが、店頭に出ている時は別人になる。
真島の様に単純にに年下だと言うだけで構うようなタイプでもなく、大神店長の様に分かり難くても気に掛けてくれるような情も感じない。
芹沢は淡々とバイトと社員と言う距離を貫いて情の浅い勝木が一番苦手だった。
「着いたぞ。降りろ」
「……ここ……え?」
「早くしろ」
俯きがちに周りの風景さえ見ていなかった芹沢は言葉を失った。
そこが前に来た事あるラブホの駐車場だったからだ。
駐車場からダイレクトに部屋に入れて、男同士でも入れるからといつだったかその日の相手だったサラリーマンが言っていた。
黙っててやるから身体で払えって事か。
それとも恥ずかしい事でも強要されて玩具にでもされんのか。
あんな堅物そうな勝木にだってそりゃ性欲くらいはあるんだろうし、今日バックヤードで怒らせた事が尾を引いているのかも知れない。
「大神店長……に、会いてぇ……な」
あの人ならちゃんと話聞いてくれる。
勝木に聞こえない程度の声でそう呟いた芹沢は、黒いロングカーディガンを着た勝木の背中を疎ましげに眺めた。
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