眠る兎は深夜に酔い痴れる。
篁 あれん
episodeー1
授業受ける振りして学生の本分を演じて、後はバイトか酒かセックス。
そのセックスの相手が異性でなくて、何が悪い。
気持ち良い事が好きなのは、世界共通項だろ。
「
「あ? 何?」
「だから合コンだって! M女子大だぞ? 来るだろ?」
「あぁ、うん……バイトが無かったらな」
「またそれかよ」
「あ、ごめん。俺バイトだ。じゃあ、またな!」
ふわふわ、きらきら、女の子を好きになれない自分は合コンなんてものに行っても楽しくも何ともないわけで。
「くそっ……」
芹沢の虫の居所が悪いのはもう一週間前からだ。
男とラブホから出てくる所を、バイト先の先輩に見られた。
あんなピンクな風俗街のラブホ近くに先輩が何の用事でいたのかは知らないが、男といた芹沢の方が完全に歩が悪かった。
駅ビルの服屋でバイトしている芹沢はその
もしや気付かれて無かったのか? と思い直してみたが、あの時芹沢は明確に勝木と目が合っていた。
そしてこの三日程、勝木とはシフトのせいか会っていない。
ずっと片思いしていたショップ店長の大神に恋人が出来て、口に出す間もなく失恋した芹沢は、その日発展場で声を掛けられて着いて行った。
ヤル事ヤッてる時は何も考えなくて済む。
名前も偽名かも知れない、二度会う事のない、その日限りの男の顔など覚えちゃいない。でも、あの日の勝木の怯えたような視線を、芹沢は多分一生忘れないだろう。
もうこのバイト先も潮時かな、と従業員入口の扉を押し開ける。
どうせ大学三年のこの時期に、ろくに就活もしてない自分を雇ってくれる様な店でもない。
やりたい事なんてない。
大神店長の様にアパレルで上までのし上がって何店舗も掛け持ってやって行ける様なバイタリティも、アパレルと言う仕事にそこまでの熱意も執着も無い。
ただちょっとカッコ良さそうだ、と言う安易な考えでバイト募集に飛びついていつの間にか丸二年過ぎようとしていた。
勝木はその店では次期店長と言われている先輩スタッフで、モデルの様な体系に男らしい涼しげな顔をした女にも男にもモテそうな恵まれた人間だ。
芹沢より八つ年上の大神店長と勝木は歳は同じらしい。
同じ歳なのに、立場が上司と部下なんてやりずらくはないのだろうかと最初は邪推した芹沢だったが、大神店長の仕事を見て有無は言えなくなった。
勝木が老若男女を虜にするモテ男なら、大神店長は男を惚れさせる男だ。
背中を見ているだけでカッコイイと思うまでに、そう時間は掛からなかった。
「大神店長に会えないのは淋しいけど……」
少し前に大神店長の知り合いだと言うイケメンが客として店に来て二十万程買い物して帰った。
同類だから分かる。
それが大神店長の好きな人で、その男も大神店長の事が好きなんだと。
大神店長が自分と同じゲイであった事に俄かに驚いた次の瞬間にはどん底へ落ちていた。
二人から目が離せなかった。
決して大神店長の恋人になれるなんて烏滸がましい事を思っていた訳では無かったけれど、芹沢はあまりの衝撃にその場に立ち尽くした。
「お疲れ様でぇす」
「お、眠兎来た。商品入ってるから、鞄置いたら検品して」
「ハイっす」
「明日からイベントだから、今日は忙しいよ」
「あ、あの……今日、勝木さんは?」
「あぁ、勝木チーフなら大神店長と一緒に本社行ってる。展示会だからね」
「そうなんすか……」
「フィッターとして連れて行くって言ってたけど、怪しいよなぁ、アレ」
「フィッター? って、何すか?」
「サンプルとかのモデル。企画途中のサンプルを実際に着せて、検証すんだ」
「へぇ……すごぃ」
真島と言うそのスタッフは正社員の中では一番若く、去年大学を卒業したまだ一年目と言う事もあって、バイトの芹沢とは歳も近いので一番良く絡む。
「怪しいって?」
芹沢はバックヤードに鞄だけ放り込んで、大量に入荷した商品を商品棚の上に並べて検品を始めた。
「いやさ、大神店長本社に呼ばれてるって噂なんだよね」
「本社に?」
「何か、経営戦略部って言うのが新設されてそこのトップやらされんじゃないかって噂」
「すげぇ……何それ、カッコ良い」
「だよなぁ。そんで、勝木チーフを次の店長にする為に色々連れ回してんじゃないかって話だよ。展示会とか、他店舗回る時も時々連れてってるみたい」
「へぇ……」
だから、この三日ほど顔を見なかったのかと芹沢は別の意味で納得がいった。
でも、大神店長はせっかく恋人が出来たのに本社勤務になんてなったら、遠恋になってしまうんじゃないだろうか。
なんて余計な事を考えた芹沢は、自分も会えなくなるんだなとまた鬱々と気分が沈む。
「お前、忙しいつってんだろ! 喋りながら手動かせ!」
「あっ、すいませんっ」
「今からレイアウトもボディも変えんだぞ! 残業手当、俺じゃ付けてやれねぇんだから、とっとと時間内に終わらせてラーメン食って帰んべ」
「真島さんの驕りっすか?」
「時間内に終わらせたらな!」
「やぁりぃ!」
勝木が他人にベラベラ言う様なタイプじゃない事は分かっている。
でも芹沢は何も言って来ない勝木に、自分を完全に否定されている様に感じていた。いつまでも乾かない火傷の痕の様に浸食して来る痛みが鬱陶しい。
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