episodeー6

 物々しいその会議室の空気に二十歳の芹沢せりざわは気圧されそうになる。

 ただの大学生、ただのバイトの芹沢は法廷にでも立たされているかのような気がして、自分が極悪人にでもなった気分だった。


「お疲れ様です」


 勝木かつきの挨拶の後、真似て「お疲れ様です」と聞こえるか定かじゃ無い声で芹沢は頭を下げた。


「彼が芹沢眠兎せりざわみんとくん?」


 真ん中に座った男が大神店長に視線をやって確認する。


「そうです。まだバイトですが、勝木チーフの元で社員候補として育てています」

「芹沢くん、初めまして。この会社の社長をやってます。阿久津あくつと言います」


 緊張で言葉の出ない芹沢は、ただ黙って頭を下げた。


「もう、良いんじゃない? 社名に傷を付ける様なバイトなんているだけ無駄よ。過剰在庫より質が悪いわ」

「まぁ、田所たどころ君、そう簡単な話でもないだろう」


 田所と呼ばれた女はそう阿久津に宥められて、ふん、と面倒臭そうに芹沢を一蹴する。


「芹沢君、君が同性愛者であると言う事は、事実と言う事で間違いないかな?」

「……はい」

「うーわ、本物だった。実はガセじゃないかと思ってたんだけど、本物なのかよ」


 田所の隣にいる男は、ミリタリー系のジャケットでシルバーアクセサリーを沢山つけたハードな印象の男だった。


「こら、楢崎ならさき。そんな言い方するもんじゃない」

「だって社長、この忙しいのにただのバイト一人の為に社の命運を賭けなきゃならんとかアホ臭いじゃないっすか。どうせバイトなんだし他のヤツ探せば良いじゃん」

「楢崎、芹沢は俺の部下だ。芹沢を良く知らないお前に、そこまで言われる筋合いはない」

大神おおかみ、お前西のトップだろ。西の売上だけじゃなく俺ら東の売上にも影響すんだぞ? お前の我儘ばっか聞いてられっかよ!」

「まぁ、楢崎も大神も少し落ち着きなさい」

「社長っ!」


 楢崎は納得いかないとばかりに舌を打って芹沢を睨む。

 出入り口の前、円卓の一番遠い所に立たされた芹沢を庇う様に、少し前に出た勝木が持っていた鞄から大量の紙の束を差し出して円卓に半ば放り投げる様に置いた。


「この度、部下がご迷惑をお掛けした事に対しては俺の責任です。店頭の責任は俺にあります。大変申し訳ございません」


 そう言って頭を深々と下げた勝木に、楢崎が「じゃあお前が辞めれば?」と言い捨てる。

 その言葉に芹沢は慌てて口を挟もうとして、後ろ手に勝木に止められた。


「ここに持って来たのは芹沢本人がこの数か月で懸命にマーケティングした資料です。バイトにしては優秀過ぎる。俺は彼を切り捨てるのは得策ではないと思います」

「何、あんたもその若い男の子に入れ揚げてるの?」


 田所は敢えて挑発する様な事を勝木に言い放った。

 大神店長の隣に座っている男が「田所」とたしなめる。


「大神はどうなの?」


 阿久津のその言葉に、大神店長は一度芹沢を見て「俺も勝木と同じ思いです」と短く答えた。


「だが、ネットに一度流れた情報を払拭するのは不可能だ。会社のイメージダウンは免れない。何か示しを付けないと、このままと言うわけにもいかんだろう」

「だから社長、そこのバイトをクビにすればこの話は丸く収まるってもんでしょう」


 面倒臭そうに会議室の椅子に仰け反った楢崎に、大神店長は「そうでしょうか?」と切り込んだ。


「ファッションは時代の最先端を行く業界です。そのファッション界で、同性愛者であると言う理由だけでバイトをクビにする方がどうかと思いますけどね」

「何が言いたいんだよ? 大神」

「楢崎の言う方法では、時代遅れだって言ってんだよ」

「はぁ? お前、喧嘩売ってんのか、このヤロウ!」

「煩い、楢崎。黙れ、バカが」


 田所が楢崎の頭を叩いた。

 機を衒った様に大神店長が勝木に視線を寄越した。

 展開に一番ついて行けてない当事者の芹沢は、その大神店長の刺す様な視線が勝木に何かを指示している、と直感的に悟る。

 勝木はコクリと一つ頷いてゆっくりと口を開いた。


「今現在パリコレのランウェイを男性モデルがレディースを着て歩く様なご時世です。ジェンダーレスが叫ばれているこの世界で、こんな事が起こったんです。このピンチをチャンスに変えれば良い」

「どう言う意味だ? 勝木」

「次の企業向けのショーで女性モデルを使って、を社を上げてアピールするんですよ。日本じゃまだ誰もやって無い手法で、話題を掻っ攫う。バイトが一人ゲイだなんて下らない情報はもっと大きな話題で払拭出来る。ゲイである彼を解雇して、社会問題の矢面に立つよりは余程利益になると思いますけど?」

「北村君、君はどう思う?」


 阿久津は隣に座る男にそう聞いた。

 大神店長と社長の間に座るその三十路過ぎくらいの男は「やってみる価値はありそうです」と答えて、大神店長に視線をやる。


部の最初の仕事としてやらせて頂きます。その際にはそこにいる勝木、芹沢両名をチームの一員として指名させて貰う。言い出したからには最後まで責任もってやらせます」

「そう言う事なら、どうかね? 東の諸君は」

「まぁ、社長がGOサイン出すって言うんなら文句は言えないですよ。それに、女性モデル起用って言うのはちょっと面白そうだし」

「た、田所さん! 西の奴らの味方するんすか!?」

「楢崎、あんたの大神に対する個人的なプライドなんて、会社の利益には何の関係もないわよ。そんなんだから大神に一歩も二歩も置いてかれんのよ」

「酷い……」


 芹沢が一言も発しないまま、円満解決してしまった。

 芹沢はすぐ目の前にある勝木の背中を見て、涙が零れそうになるのを必死でこらえていた。


「芹沢君」


 阿久津の声にハッと我に返る。


「あ、はいっ」

「こんなにダイレクトに人を褒める勝木を僕は初めて見た。それ位君には期待しているんだろう。一番嫌な想いをしたのは君だろうが、頑張ってくれるかね?」

「も、勿論です! ご迷惑おかけした分、きちんと仕事で返せる様に俺、頑張ります! 本当に、すみませんでした!!」

「勝木、お前言い出したからにはちゃんと策があるんだろうな?」

「勿論です、社長。大神さんだけが西の戦力だと思わないで下さい」

「言うようになったね、勝木も。大神店長の教育が良かったのかね」

「俺は何も。こいつらは勝手に頑張ってくれますから」


 満足そうに笑う大神店長は、芹沢を見ていた。 

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