◯1人の女子生徒、1つのカフェ、1つの番組。
今日は雨。…雨。
ザーザーと打ちつける音が朝から教室にまで
響き渡る。それが俺にとっては心地が良い。
不気味に暗い空、蛍光灯の光がより輝く教室、
良い感じの温度に湿度。俺はアリだと思う。
むしろ最高だ。
なのに、クラスでは、
「気分が下がるよね〜。」
「憂鬱〜。」
「髪まとまんない〜。」とか言って否定的だ。
濡れるのは確かに嫌だけど、そこまで言わなくてもいいだろ。
下校の時間になって、帰ろうとしたら、
傘が無くなっていた。黒色の地味なやつだから、
間違えられたかもしれんな。
しばらく雨の様子を見て待とう。
待っている途中。
「しゃあ!今日室内だってよ!」
野球部が駆けてゆく。
「しゃあ!今日筋トレで終わりだってよ!」
テニス部が駆けてゆく。
雨は一向に止む気配がない。
ぼーっと雲を眺めていると、また、
あのモヤモヤが見えてくるような気がした。
ヤベッと目をぎゅっと瞑ると、
「…の、大丈夫?」
女子の声がした。右側からか。
そっと見てみると、見知らぬ女子がいた。
誰だ、こいつ。
「あ、大丈夫。」
「なら良かった〜。君さ、アユト君でしょ?
隣のクラスの。」
え、知ってんのか、俺のこと。
「ごめん、俺はお前が誰だか…。」
「いいよ!別に、アユト君、周りに興味がないって有名だもん。」
「いや、別に興味がないってわけじゃねえし、
なんつーか、その、周りが俺に興味ねーっつーか、
わかんねぇよ。」
「ねえ、なんでここにいるの?」
「傘がねえんだよ。」
「えっ!私もだよ…。誰かに間違われたみたい。」
「俺もそうだよ。」
「どうする?」
「どうするって、いやどうすんだよ。」
「事務室行ってみる?」
「傘借りれんの?」
「多分。借りれる、かな。」
「へえ〜。」
「行こ?」
「まあ、うん。」
そして、俺たちは事情を説明し、傘を借りることになったのだが、1つ問題が発覚した。
「えっ!?1個しか借りれない!?」
「はっ、冗談じゃねえぞ。」
「わかりました…。1本借ります。さよう…、」
「ちょっと、待てよ、独り占めか?」
「アユト君、もうちょい待てば?」
「ふざけんなよ、待てるわけねぇだろ。」
「じゃあさ!一緒に帰ろ?」
「お前、マジ、何言ってんだよ、、。」
「駅までで良いから〜。」
「いや、ここから駅まで結構あるし、山の麓だぞ、この学校。坂歩いて行かなきゃだし、その、相合傘だろ?まじ、…。」
「今なら生徒いないし、良いでしょ、別に。」
「いや、でも、…。」冗談じゃねぇ。
冗談じゃねぇ。どうしたらいいんだよ。
「このあと用事とかあるのー?」
「行かなきゃいけねぇトコがある。」
そう、あそこだ。
「今すぐ?」
「まあ、そうだが。」
「じゃあ、濡れて行くか、濡れずに行くかの二択だね。」
「そりゃ、濡れずに、…行くだろ。」
「はい、じゃあ、傘持ってね。」
「はっ?お前、マジいい加減にし…。」
「ありがとう♡」
まあ今、2人で歩いているという状況。でもさ、よく初対面の奴にこんな扱いできるよな。まあ、身長的に考えると俺の方が余裕で高いし、当然といえば当然か。大根坂、という急な坂道を下りている時、猿が目の前を横断した。普通なら、驚くんだろうけど、もうここの生徒は皆、慣れっこだ。そんぐらい、日常茶飯事なんだよ、動物が出るのは。ある時は、鹿まで出てくる。
まさに、野生動物園だな。猿も濡れててかわいそうだな、シャワーとかねえもんなあ。
にしても、この状況はなんか、すげえな。1つの傘を異性と共有するなんて、一緒に帰るなんて、考えたこともなかった。変な感じだ。会話が無いのも気まづかったので聞いてみた。
「お前さ、伊井田駅までで良いの?」
彼女は考え事をしていたようで、はっ!となってから、
「うん、そこで良い。」と答えた。
ザーザーボツボツボツパチャパチャ…。
会話などない、話すことがない。だから、地に打つ雨の音、傘を鳴らす雨の音、靴で地を踏む雨の音が、いつもよりまして聞こえる。
やっぱ、気まづい。なんか喋れよな。そう彼女を見た時、ドキッとした。
考え事をしている彼女は、ー美しい、と思った。
身長は、160あるかないか、細身で色白で、セミロング、キレイだ。
「あのさ、これからどこ行くの?」不意に訊かれた。
「時間潰しに、カフェ…だけど。」
「へっえー!!カフェ行くのー!?いいなあ。あのさ、私も良い?」
「はっ?何か用事とかあんじゃねーの?」
「え?何も用事あんねーよー?ふふふ。」
「いや、でも、そ…。」
「じゃ、決まり。行こ、行こ行こ。」
そういうわけで今、カウンターに2人座っている。マジ意味わかんねえ。でも、ちょっと嬉しい。とかいいとして、俺は例のジンジャエールを頼んだ。彼女はというと、グレープスカッシュという飲み物だ。マスターは顔色1つ変えず俺たちのことをなにも触れず、了解、と言って厨房へと行った。
「素敵なお店だね。この雰囲気、好きだな。」口を開いた。その後で、
「あっ、名前言ってなかったね、私はカエデって言います。よろしくね、アユト君。」
「うん、よろしく。」カエデ…。
「はい、お待ちどうさま。」カタン、目の前にまたあのシャンパンが姿を現した。いや、ジンジャエールだったか。隣に来たグレープスカッシュも色鮮やかでハジケも、ちょ、美しいな。
「わあ〜!キレイな色!とりあえずカンパーイ!」
グッグッグッングップアアッフウウウ。
「おいっしいい!」
「うん、うまい…。」
「ははは、ありがとう。」
やはり、いつ来てもいいな、ここは。店のムードとドリンクの味がマッチしているんだよな。
パチッとマスターがテレビを点けた。そうか、あの番組の時間だ。
どうやらマスターはあの番組を見る時以外はテレビを消しているようだ。
そして、あの番組が始まった。
『やあ!みなさん!こんにちは!!今日もやるぜ''タソガレタイヨウ''。司会は見たい聞きたい何かしたい、東條ケータイです!!よろしくどうぞ!』
相変わらずふざけた紹介だな。彼女はというとクスクス笑っている。…イイ。
『なんと今日は早速、あのコーナーにいきたいと思います!!えーと、今日のテーマは、
''告白する勇気が出ません。どう出しましょうか''
ほほほ、なるほどなあ。友達としての異性なら軽いノリで話せるのに、好きになっちゃった異性にはノリもなにも心が邪魔してできないもんね〜、とかよく聞くよ。
まっ!そんな時はあの大先生に聞きましょう!さあ、呼びますよ!せーのー!!!
[ポポM先生ーーー!!!]』
''ズコオオオン!''
『ヨッ、待たせたな。』おいおい、セットの階段ぶち破って来たぞ。
『ん〜!今日も、ド・派・手!ですね!それはそうと、告白するのに勇気が出ない、というテーマなのですが、大先生はどうお考えでしょう?』
『むほほほう。そうじゃな、うん!思いついたぞ。
勇気が出ないのはおめえに自信がないからじゃ。
自信を付けろってんだい。
それにな、勇気を出せない1番の理由は、
覚悟の無さなんじゃよ。ダメだったらどうしよう…
失敗したらどうしよう…
死んじゃったらどうしよう…。
とか思ってるから勇気が出ず行動もできないんじゃよ!大切なのは、
失敗してもいい、
死んでもイイ、
だからやってやる、
その心じゃがよ!
告白するのに覚悟持つのじゃ。
何をするにも覚悟を持つのじゃ。
命ぶん投げてやらあってぐらいの覚悟を持つのじゃ。
っちゅーことで、告白してこい。
幸せになれよ!ほんじゃっ、ばいならー…。
うい〜…ひっく…。』
…覚悟…。
『フォー!!!さすがー!ヒュー!』会場は熱気に包まれている。
『ありがとうございます!やっぱ!最高ですね!みなさんも、命を懸けれる何かを見つけましょう!さあ!ビーブレーブ!』
次の番組企画は料理系だったのでマスターも俺も彼女もフウっと一呼吸してドリンクをドリンクした。余韻がすごい、余韻が、すごい。
「なんか、あのおじさん、すごいね。」彼女が言った。きっと彼女も余韻に浸っている。
「あのじーさんは、話がよく分からなくても伝わるモノがあるんだよな。なんか、すげえな。アツい感じだ。」
「ははは、僕もね、彼のああいうところが好きなんだ。昔から変わらないよ。」ん…、昔から?
「昔から、このコーナーあるんですか?」思はず訊いた。
「違うよ、彼とは同級生なのさ。ははは。」
「「え」」彼女と共に声を合わせちまった。
「実はね、彼とは中学からの仲なんだ。ずっと芸人になりたいと言っててね、みんなを笑わせていたよ。オーディションを受けてゆくうちに。長野のテレビ局から声がかかって、今はポエムを作っては熱弁をしているんだ。昔から熱く語るやつだったよ。」
あまりの衝撃に、言葉が出なかった、その、ノドに何か溜まり込むのを感じた。
「そうだったのですね。意外です。」いや、処理するの早すぎるだろ。
てもまあ、市長と友達なぐらいのマスターだから無理もないか。やっぱすごかったな。
そうして、俺たちはひと段落ついたので帰ることにした。
「「いただきました。」」
「おうよ、また来てな。」
外に出てみると、もう薄暗くなっていた。
「あのさ、伊井田駅までだろ?」
「え?まあ、うん。」
「雨降ってるし、暗くなってきたし…、送ってくよ。危ねえからさ。」
「え!いいの!サンキュー。」
そうしてまた、1つの傘をシェアすることになった。
歩いている最中、「覚悟、ねぇ…。私は持ったことないかもなあ。」
そう呟いた。
「だったら、俺もねぇよ。勇気とか、自信とか、そういうの持ったことねえよ。」
「えー!アユト君は自信しか持ってない雰囲気なのになあ。おかしいなあ。」
「いや、なんでだよ、なんでそう見られるんだよ。」
「周りの人と話したり、コミュニケーション取ったりしないからなんじゃない?」
「だって、それは、話す勇気ないし、な。」
「じゃあ、勇気出して話してみれば?」
「だって、もう高3だぞ?なんて言われるか…。」
「ほーら!失敗恐れてる。ここで一歩踏み出せば、何か変わるかもよ。」
「そうはいってもな、そうはいっても…。」
「大丈夫、いざとなったら私が助けてあげるから、私とはもう、友達で良いでしょう?」
「あ、お、そうだな。友達だ。」
「やったね!よろしく!アユト君。」
「よろしく。…。」
「カエデって呼んでいいよ。」
「じゃあ、よろしく、カエデ…。」
「ははっ、ありがとう。」
そう話しているうちに駅に着いた。
「今日は勝手にごめんね!」
「いや、大丈夫。それより、この先は大丈夫なの?」
「ノープロブレム。任せなさい。傘は君に任せた。」
「雨は?大丈夫なのか?」
「うん、駅に迎えくるから。」
「じゃ、じゃあ、また。」
''またね''カエデは手を振った。ー美しい。
俺も帰ることにした。
帰っている途中、ザーザーバチバチ、と
雨の音がやけに強く耳に鳴り響いた。
友達、ね。
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