◯1つのカフェテリア、1つのテレビ番組。

とりあえず家とは反対の林みたいなところに来た。なんだか、夏なのに涼しい。何かないかと探すと、1つのカフェテリアがぽつんと、佇んでいた。

おしゃれと言って良いのか、どうなのか。

ブラウンベースの洋風的な外見だ。

看板はなんだかすごい、ロサンジェルスにありそうな、都会的な看板。この街に合っていない、相当。

でも、美しい、そう思った。

興味に惹かれるまま入ってみた。

カランカラン…

おお、しっとりとした木製でできている。

優しいムードで満たされている空間の中に白髪の

おじさんが1人グラスを拭いて立っていた。

「いらっしゃい。おや、おやおや、兄ちゃん初めてだな?まあ座りなさい。」

そのおじさんは、店のムードに合った優しい目をした人で、俺は言われるがまま、差し出されたカウンター席に座った。

「兄ちゃん1人?」

「まぁ…。」

「そうか、よく来てくれた。もう少ししたら、

お客さんがやってくるから、その前に

頼んじゃいな。今日の所は…タダだ!」

いきなり飲み物タダにされるとか

驚かずにはいられねぇな。

「いや、それはさすがに、まずくないっすか。」

「なんでだー?私の店だぞ?私が決めれば良い。」

言い返す言葉も無かったので、

ジンジャエールを頼んだ。

「兄ちゃん!良い線いっとるな〜。はいよ。」

そう差し出されたジンジャエールは

ジンジャエールと呼んで良いのかわかんね。

透き通ったグラスにシュワシュワっと

心のわだかまりが浄化されているかのように

見える泡たち、黄土色を極限まで美化したかのような魔法の液体。ジンジャエールなんだよな、これ。

でもさ、そう思いたくねぇんだよ。

匂いを嗅いだ。

生姜のうっすらとした香りに、ほんのり甘さを加えたような、ああ、言葉じゃ言い表せない、

素晴らしい香りだ。

一口、ごくっと喉に流した。

その瞬間、ブワァァァアアと異国の

賑わった街並みが脳内に浮かんだ。

そう感動していると、

「兄ちゃん、どうしてここに来たんだ?」

と、尋ねられた。

「そうっすね、少し時間を潰したくて、

たまたまここを見つけたんす。少し興味が湧いたので入ってみることにしたんすよ。」

すると、おじさんはへへへ、と笑い名刺を

テーブルの上に置いた。

「店の名前、読めるかい?」

「そりゃあ、読めますよ。」

「なんて読むと思う?」

「ユニバース…っすよね?」

「ああそうだ。UNIVERSE 、よく読めたな。

じゃあ、私の名前は?」

そこには''MASTAR大道''と書かれていた。

「オオミチ、さんすか…?」

すると、はっはっはと笑い、

「よく、そう読まれがちだが、ダイドウっていうんだ。よく引っかかってくれた。ちなみに、

本当はMASTERなのにMASTARなのはなぜ?

そう思っただろう?これはな、普通のマスター(MASTER)って意味とスター(STAR)って意味の2つが組み込まれてるんだ。すごいだろう?」

「色々と考えてあるんすね。すごいです。」

時刻は丁度5時になろうとした時だった。

「あ!もう、この時間か、よれっ。」

とテレビを点け、音量を上げた。

「何かあるんすか?」と訊くと、

「まあ、見とれって。」

ピッピッピッピー!

『はじまりました、夕方のおつかれチャンネル

''タソガレタイヨウ'' 司会は

見たい聞きたい抱きしめたい、女経験0の

東條ケータイです!お願いします!!』

なにやら楽しそうな番組だったけれど、

どうやら県内放送のようだ。だから、キャスターも

見たことのない、変わった名前の人だった。

その他にも女性が2人いたがアナウンサーで、

印象に残るような紹介はしていなかった。

そこで、「この番組面白いんすか?」

と訊いてみると、

「おもしろいっていうよりな〜…。」

髭一本ない顎をさすりながら、

「勉強になるんだよ。」と答えた。

「…勉強…っすか…。」

「まあ、見てればわかるよ。」

「…はい。」なにが勉強になるんだ?

熱中症対策とか健康に関する被害とか

そういう勉強なのか?だとしたら、冒頭の司会者の挨拶はふざけすぎなんじゃねぇのか。

そう1人で考えていると、カランカラン…

扉が開いた。

すると、マスターが、

「おっ、おつかれ。いつもので良いかい?」

どうやらその客は常連らしく、カウンターテーブルの左端から3番目の、つまり、俺の隣に座った。おそらく、彼の中のルーティンで、いつもこの席に座り、ある飲み物を注文するというものなのだろう。それはそうと、このおじさん、マスターと同い年ぐらいに見える。そうだな、55ぐらいか。

「…さい…君、何歳だね?」

「あ、俺は17歳っす。高3っす。」

考えすぎていて、話しかけられていたことに気がつかなかった。

「ほぅ。部活はやってるのかね?」

「この前までサッカー部だったんですけど、引退しました。」

「ほっほっほ、サッカー部か!君は足が速そうだ。」

「いや、速いってわけじゃ、ないっすけど、ね。」

「はは、そうか、でも立派だな。お疲れ様。」

「ありがとうございます。」

そこで、マスターが、

「はい、マスター特製オレンジジュース。」

と、もの凄く濃そうなオレンジジュースを差し出した。

「お〜、今日も良い色をしているなあ。

あ、僕ねお酒飲めないんだ、意外でしょう?」

「まあ、はい。」うん、確かに、意外だ。するとそこへ、

「この方、すごいんだ。この街のトップだよ。

つまり市長だ。」マスターが言う。すると、

ちょ、言うなよ〜と市長と言われたおじさんが言う。そうやって2人でやりとりをしていた。

俺の直感だけれど、この2人、只者じゃねぇ。

2人でなにやら盛り上がっているみたいなので、

ジンジャエールを一口飲み、テレビに目をやった。

ん…?なにやら変なコーナーが始まった。

『さあ、お待ちかね!みんな大好き、

今日のポエムコーナー!!!』

『ワァーーー!ワァーー!フォー!!!』

すごい歓声で相当ヤベェ、コーナーぽかった。

すると、マスターーらも、

「おおっ!きたきた。」と2人揃って、

テレビに目をやっていた。

なんだか、瞳が輝いているように見えた。子供のように。

『さあ!今日のテーマは………

''拝啓 恋に破れた君へ…''

う〜ん。誰もが経験したであろう恋!

私はありませんが〜、まあいい!

いったい、どんなポエムを披露していただけるのでしょうか!みなさんで大先生を呼びましょう!

せーの![ポポM先生ー!]…まだ足りません。

せーの![ポポMセンセーイ!]…もっとだ!

では、テレビの前のみなさんも、せぇええええのおおおお![ポオポオエエエエムムウウウウセエエエンンンセエエエイイイ!!!!!!!!]』

マスターらも叫んでいた。2人同時に。

''ドカン!!''

『ヨホホ〜、待たせたな、お前たち。』

スタジオの後ろの壁を突き破ってきた。

『よっ!待ってました!

今日も派手に登場しましたね〜!最高です!』

スタジオ内の歓声が異常だ。

彼らにとっては、異常が正常になってやがるな。

『早速なのですが、今日は、こんなテーマです、

''拝啓 恋に破れた君へ…''

どんなポエムを考えましたか?ポポM先生!』

『ぬお〜…。よし、ひらめいた!ゆくぞ、


恋なんてはじめから存在しているのだろうか

誰かの心を奪うことなどあるのだろうか

ワシはないと思う

だって、ワシらはみな動物じゃ

地球に支配される醜い道具でしかない

でもな、無限の可能性を秘めとるんじゃ

ワシらは奇跡の生命体なんじゃ

今生きている

息をしている

食べ物を食すことができる

こうして心地よく生きていられることが

奇跡なんじゃ

んだからぬあ!

恋に破れたとかぬかすんじゃねえ!

破れた恋は薄っぺらい

画用紙だったっちゅーことじゃ!

破れたら、ガムテープ持ってこい!

んで、いっぱい修正して

頑丈にしてくんだろうがよお!

それが生きるっちゅーことだわなあ


おぃ〜、ヒック…。』

…何言ってるかは、マジでわかんなかったけど、

熱は伝わった。アツイ、あついな。

『おおお!素敵なポエムありがとうございます!

今日のテーマは誰にでもあることだったと思いますが、それを先生は救ってくださいました!

やはり、まあ、流石ですね。

おっと、もう終わりの時刻が…。

それではまたお会いしましょう!

最後はみなさんで、いつものアレをやりましょう!

せーの!

♫〜アイスルセカイニウマレタワレラ

ナニガアッテモ ヘコタレナイ

モエルタマシイ ハガネノココロ

ドンナトキデモ ニッコリト

コブシヲカカゲ サアトビダトウ

タソガレジャンケン タイタイヨー!〜♫


私はチョキを出しました!グウを出した人の勝ちです。明日はきっと運命の人に出会えるでしょう。

さようなら〜!』


番組はそれで終わった。俺はテレビを見ながら

掌を握りしめていた。マスターらは、

「今日も良かったね。」

「やっぱ、最高だねえ〜。」と会話していた。

「それはそうと、この番組面白かったでしょう?」

マスターが訊いてきた。

「はい。中々面白かったっす。

今日はありがとうございました。

いただきました。」

「お、もう帰るのかい、是非また来てね。」

「はい、ありがとうございます。」

席を立ち上がると、市長が俺に

「君の名前は?」

オレンジジュースを片手に訊いた。

「アユトです。」

「アユト君か〜、良い名前だ。バイバイ。」

ジュルッと飲んで手を振られたので、

「失礼します。」と頭を下げて、扉を開いた。

カランカラン…

辺りは薄暗くなっていて、店の看板が

鮮やかに光っていた。

''UNIVERSE''

…美しいな。

これからも、ここに通おう。

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