第2話///アイディアがない。

「への、へのもへ……じ。っと」

 帰路きろの途中でインクを買い求め自宅に戻るとさっそく古めかしい原稿用紙、罫紙けいしに万年筆で書初かきぞめのほどした。

 ……いや、試し書きってその人の個性が出ますよねってハナシ。僕の場合はさっきの文字で、顔っぽいのを描くわけだけど螺旋を描いたりハナマルだったり。大学時代の文芸仲間は、ゲシュタルト崩壊ほうかいをおこす勢いで『ぬ』を書いていた。

「へーっ、割と好みの書き味。んっと……メーカー名は……文字がかすれて読めないなぁ」

 インターネットの発達した現代、検索の一つもすれば読めないまでも世界各国の文字に触れる機会は少なからずあるはずなのに薄っすらと見える文字に僕は全く見覚えが無かった。

「ま、書ければいいか。問題は……何を書くかだよな」

 正直、シナリオ以外の長文ははるか太古の文芸部時代に児戯にも似た駄文を書いたきりだ。確かに似ている部分もあるけれど違いの説明は割愛かつあいしようと思う。端的たんてきに表現すると『カレーライスとハヤシライス』レベル。はるか昔の学生時代に書いた漆黒の歴史を思い出しかけて慌てて作業にもどる。


「まずはプロットか……」

 シナリオでもラノベでもプロットは、存在する。ただ、僕の場合は契約社員としてシナリオを書くので企画を立ち上げた人の考えたプロットがすでにある。ご存知とは思うけれど、プロットとは『いつ? どこで? 誰が?  何を? どうする話にするかという短文の指針』だ。

「舞台は異世界って決まってるんだよなぁ……」

 理由は簡単で今回選んだ公募が異世界ファンタジーなんだよね。僕もそこそこのオタクだけれど異世界だファンタジーだって需要あるの? とは思うけれどホラーは苦手だし、SFは読む専門……格闘技や活劇は好きだけれどメインに据えられるほどの知識は無い。

 恋愛物に至っては、日常的にギャルゲーのシナリオを書いているせいで何が良いのか判断できない始末……定番の『ぜろリア充』状態。

 原稿用紙に『異世界ファンタジー(仮)』と書きながら自分への突っ込みを心の中でバシバシ呟き、次の一行に『中世、スイス的な感じの地方』と書き添えた。

 古典的なファンタジーには中世のヨーロッパを舞台にする作品が多い。最近は色々な要素が混ざって随分とわかりにくくなっているけれど城塞都市じょうさいとしなんかの描写に見え隠れしているように思う。それで舞台をスイスにしたのは、当時、かの国が傭兵ようへい大国だったから。何も考えていなかったので取りあえず事件が起こりそうな設定にしたわけ。

「えーと、異世界の中世のスイスっぽい場所で主人公が……どうしよ?」

 主人公は、どんな人なんだろうと考える。職業は傭兵みたいな稼業なんだろうなとか、どんな状況からはじめるべきか

「中世スイスかぁ……どーんな場所なのかなぁ……」

 意図せずに呟くとその瞬間、視界が六畳の自室からどこまでも続く畦道あぜみちに切り替わった。

「えっ?」

 空はどこまでも蒼く高く、空気は乾いて肌寒い。人や馬が踏み固めた場所以外は低い草が生えて、それが強い風に揺れている。慌てて周囲を見回せば遠くに高々とした山脈が連なっていた……。

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