日帰り異世界冒険譚

s286

第1話///仕事がない。

「……はぁぁ」

 天高く馬肥ゆる秋と……って学校で習ったなぁと思い出したがどの授業で習ったかまでは思い出せずに僕はガックリため息をついた。仕事に翻弄されている疲れのせいもあるけれどこれは確実に老化だ。ま、三〇過ぎたしね。

 今の僕は、仕事が無いのをいい事に数週間ぶりにとった週末の休日を堪能すべく近所の寺社の骨董市こっとういちに来ているのだけれど、出店でみせの串焼きと一緒にビールを一本呑んだらあたったわけです。

 仕事がないと言っても失職したわけではなくて依頼オファーが、ない。つまりは仕事が、ない……というわけで若手にチャンスを与えるために細ッかい仕事を全部押し付けた僕は、骨董市会場の石段に腰掛けて酔いを覚ましているのです。好きで入った業界だけれどさすがに呑まなくなりました。

「さってと……」

 酔いも覚めてきたので石段から立ち上がり会場へと引き返す。長くて急な石段の両端には僕よりも年季の入ったプロの酔っ払いがイベントそっちのけで仲間と愉しく呑んでいる。骨董市なんて久しぶりだから僕は一応、覗いて帰る。


「おや?」

 古民具や着物の端切はぎれ、古銭などの出店者しゅってんしゃに混じって質素な敷物に品を並べたガチの古道具屋があった。

「へぇ……どれどれ……」

 目立つ場所に薬箪笥くすりだんすや仕立て屋の定規、昭和よりも明らかに古そうな素焼きのサイコロなんてあるものだから思わずしゃがみこんで覗き込む。

「……おっ?」

 古い、ロックグラスに家族の歯ブラシを挿すように万年筆が飾られていた。色は様々だがデザインは一緒。粗悪そうな筆記具だが、何故か僕は惹かれてしまい中の一本を摘まみあげてしまった。

「へえぇぇ……あ、ちょっと見せてもらいますね」

 売り手の老人は微笑んで愛想を返す。店主の許可を得て持ち手を回せばインクさえあれば何度でも利用可能な吸引式なのがわかるが、ペン先を見るためにキャップを引き抜いても良い品かそうでないかは……不明だ。

 けれども僕は、それを一目で気に入ってしまった。

「あの……これって……千円以内で買えますか?」

 そこに値札が無かったので僕はとりあえず聞いてみた。

「……アンタは、お年玉を握りしめてきた小学生かの?」

 笑いながら老人は言うが、札をよこせと無言でうながしペンをこちらへ差し出す。僕が受け取ると釣りはよこさずこう言った。

「オマケだ。枚数は無いけれど持って行きなさい」

 差し出してきたのは、ちょっと変わったというか、骨董市にふさわしい原稿用紙だった。

「え? ……罫紙けいし?」

 それは江戸時代よりも前から使われている原稿用紙で糸で閉じるのに適した……作文で使うB4の原稿用紙に似ていた。

「ほう……よくっておる。モノでも書いておるんかね?」

 僕は実は、ギャルゲーのシナリオを書いている。ただしそれは小説家を始めとするモノ書きと呼ばれる人たちとは少し違うかもしれない。

「アハハハハこれを機会にね」

 曖昧に笑って返すと腹の立つヒキ笑いを老人が返してきた。

「さようか……まぁ、お頑張り」

 老じ……爺ィの物言いに僕は帰りにインクを買う決心を固めた。

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