第15話

 美貌薄着のミエノ女史と遭遇した暫く後、それは2人の夜間訓練終了後の食堂で起きた。

 イスから立ち上がった彼女はそれ以上、一歩も動けなくなった。 

 しゃくり上げることなく、唐突に涙が頬を伝うのを見て私も思わず立ちかけたが、すんでで留まった。

 騒然となるほど人はいなかったが「ここに来てかよ」と誰かが小さく舌打ちするのが耳に入った。


 彼も呆気に取られていたが、我に返ると、彼女にゆっくりと近づいた。

 名を呼び、顔を覗き込んだが、彼女は身を竦ませたまま声も出ない様子だった。次に固く握り合わされた両手をそっと包み込み、解こうとしたが、それもまた固まったまま少しも動かず、彼は困った様子で彼女の両手を包んだままだったが、ふとそのまま、歌を口ずさみ始めた。


 その頃、10代の間で絶大な人気を誇っていたバンドの曲で、伸びやかで癖のないメロディーは普段曲など聞かない私の耳にも覚えがあった。

 淀みなく彼は歌い続け、フルコーラス歌い上げるまでに彼女は徐々に、感情を取り戻したかのように時折しゃくりあげ、頬に赤みが戻って来た。

 大人達が遠巻きに見守る中、歌い終わった彼は、弛んでいた彼女の手を改めてほぐしてから、手を離した。

「―――俺、ほぼほぼ完璧な人だけど、音楽だけはどんなに頑張っても、1番とれたことないんだよな」

 指で涙を拭った彼女は小さく笑った―――。




 世界中に凄惨な被害をもたらした最初の異界物質落下は、この国の時間で午後1時18分に始まった。 


 5回目からは違ったが、2回目は午後2時、次は3時、そして彼らが挑む4回目は、午後4時前後と予測された。

 降り注ぐ未知の物質への恐怖を和らげる意図か、1組目からミッションはショー化され、華やかな送迎セレモニーに、規制はあるが宇宙などあらゆる場所から撮影が試みられ、大型避難所ではスポーツ観戦さながらのパブリックビューイングが行われるなど、人々は熱狂した。

 高所装備が必要ない分、能力者の服装もコスチュームの様に華やかで、政府も当然の如くデザイナーチームを用意した。

 ミッションのカウントダウンが始まる中、彼女の当日着る衣装が『魔法少女』をイメージしたものだと発表されると、誰かが言いだし、それはあっという間にネット上で広まった。


 午後4時の魔法少女―――。


 彼女は゛魔法少女゛となったのだ。




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