第4話、風車

 区役所の隣にある介護施設・・・

 身体障害や、知的障害者の施設である。

 最近、建てられたばかりで、外壁もアプローチも綺麗だ。 自動のガラス扉がある玄関まで、車椅子用の長いスロープが設けられている。

(こんなトコ、来た事が無いな・・勝手に入ってもいいのかな?)

 自前の大工道具を入れた工具箱を持って、幸二は、真新しい玄関に立った。

 今日は、中田という理事長から依頼された、犬小屋の設計打ち合わせに来たのだ。


 とりあえず、自動扉から建物の中に入る。明るく、綺麗な室内だ。天井も高く、真新しい壁は、清潔感をより一層、強調している。

 左側に事務所があり、受け付けの窓口があった。

「 こんにちは 」

 ガラス製の引き戸を開け、幸二は事務所内に呼びかけた。手前で、事務をしていたトレーナー姿の女性職員が対応に出た。

「 はい、こんにちは 」

「 あ、私・・ 村田と申しますが・・ 大原さんは、いらっしゃいますか? 」

「 しばらく、お待ち下さいね 」

 笑顔で、そう答えるた彼女は、横にあったドアを開けると、隣の部屋へ入って行った。

 彼女を待つ間、改めて幸二は、辺りの施設内を見渡した。


 広めの廊下が、奥に向かって続いている。

 玄関を入った右側には、幾つかのソファーが置いてあり、ロビーのようだ。 大型のテレビ、給茶機などが設置してある。 壁には、児童たちが描いたと思われる絵が展示してあった。

( ・・何だか、ホッとするトコだな・・ 気が落ち着く )


 1人の男の子が、手前の部屋から出て来た。 小学生くらいの年齢である。 しかし、あどけないその顔には、おおよそ不似合いな分厚いメガネをかけている。

 手にした風車をクルクル回しながら、嬉しそうにロビーを走り回り出した。

 ・・・無邪気だ。

( 俺にだって、あんな頃の時代があったな・・ 生活は楽じゃなかったみたいだけど、幼い俺には、何の不具合も無く、平和そのものだったな・・ )

 男の子が持っていた風車が、ポタリと床に落ちた。 男の子は、じっと手に残った木の棒と、床に落ちた風車を見比べた。 しゃがみ込み、風車を手にするが、どうやって付いていたのか分からないらしい。

「 う~、う~・・・ 」

 泣きそうな声で、うめく男の子。

 幸二は近寄り、男の子が持っていた風車を見た。 怪訝そうに、幸二を見つめる男の子。

「 貸してごらん 」

 幸二は、男の子に掌を見せた。

 木の棒と風車を、幸二に渡す男の子。

 風車は、針金に通し、その針金の先端を曲げて止めただけの簡単な構造だった。

「 大丈夫だよ? ちょっと待っててね 」

 心配しないように笑顔を作り、幸二は男の子に言った。 それでも、心配顔な男の子。 人指し指を口にくわえ、じっと幸二を見つめている。

 幸二は、風車を針金に通すと工具箱を開け、ラジオペンチを出して、その針金の先端を更に曲げた。

「 ほ~ら、もう大丈夫だよ? 」

 ふうっと、幸二が息を掛けると、風車は、勢いよく回り出した。 途端に、男の子の顔が、ぱあっと明るくなる。

「 あう、あうっ、あう~っ! 」

 風車を渡すと、男の子は嬉しそうに、またロビーを走り出した。 盛んに、何度も幸二の方を向きながら走っている。 回っている風車を、幸二に見て欲しいらしい。

「 こらこら、ちゃんと前を向いていないと、どっかにぶつかるぞ? 」

 言っているそばから、ソファーにぶつかった。 ひっくり返る、男の子。

「 大丈夫か? ぼうず 」

 近寄り、抱き起こした男の子は、キャッ、キャッ、と笑っていた。

「 あ、村田さん。 こんにちは! その節は、どうも 」

 事務所の方から、大原が出て来た。

「 ああ、こんにちは。 忙しくありませんか? 何時頃に来たら良かったのか分からなかったので、適当な時間に来てしまいましたが・・ 」

 幸二が言うと、大原は答えた。

「 構いませんよ、いつでも。 ・・あら? ヨっちゃん、どうしたの? 」

 男の子に気付いた、大原。 ヨっちゃんと呼ばれた男の子は、風車を見せながら言った。

「 う~あ、うう~あ! 」

 幸二は、大原に言った。

「 風車が壊れて、泣きそうだったから、直してあげてたんですよ。 走り回って、ひっくり返っちゃってね 」

「 まあ、そうだったの。 あら、可愛い風車。 良かったわねえ~、ヨっちゃん! 」

 ヨっちゃんは嬉しそうに、風車に息を吹き掛けている。 大原は、ヨっちゃんの頭を撫でながら言った。

「 ヨっちゃん、お部屋に行きなさい。 あとで、おやつ持っていくからね? 」

「 う~、う~! 」

 ヨっちゃんは、出て来た部屋の中に入って行った。

 小さなため息をつきながら、大原が言う。

「 あの子・・ 先天的に、視力が弱いんですよ。 おそらく、あと数年で完全に失明してしまうわ。 言語障害もあるし・・ 」

「 そうなんですか・・ 」

 無邪気な姿が、痛々しい。

 障害を持った人は、もちろん見た事はある。 しかし直接、その姿に触れた事は、幸二は初めてだった。


 ・・五体満足な、自分・・・


 その事が、どんなに素晴らしい事か、幸二は、改めて考え入った。

 見る・書く・喋る・歩く・聞く・・・

 今まで、『 出来て当たり前 』のように思っていた、それら生活の基本。 世の中には、それすら叶わぬ人々がいるのだ。 その人々の中には、あんな小さな子も・・・

( 障害者には、悪人なんていないだろうな・・ 五体満足なヤツほど、犯罪者になるんだ )

 幸二は、そう思った。


「 初めまして、理事の中田です。 この度は、あゆみちゃんが、えらいお世話になったそうで 」

 理事長室に案内された幸二。 挨拶をして来た中田という人物は、50代くらいの男性だった。 小柄で、気さくそうな男である。

 またパソコンの件で礼を言われるのが、幸二は苦痛だった。 一辺倒な返事を返すと、話題を早くそこから遠ざけたく、幸二は言った。

「 大体の寸法など、分かりますか? 」

 来客用の簡易ソファーに案内され、そこに座った幸二に、中田は折りたたんだA3くらいの紙を出し、テーブルの上に置いて言った。

「 早速で申し訳ないが、ヘタな設計図を書いておきましたわ。 こんな感じで、分かりますかな? 」

 机の上に広げられた設計図は、新聞の折り込み広告のウラに描かれてあった。 鉛筆描きではあるが、外寸法も入れてあり、何とか分かる。

 中田の横に座っていた大原が言った。

「 中田さん、広告のウラはヤメてよ。 村田さんにも失礼でしょ? 」

 幸二が、笑いながら答えた。

「 構いませんよ。 寸法さえあれば大丈夫ですから 」

 一通り、図面に目を通した幸二。

「 了解しました。 問題・・ 無さそうですね 」

 中田が、幸二に言った。

「 実はね、村田さん。 お隣の梶田さんというお宅のダンナがね、ワシと友だちなんだが・・ その人も、これと同じものを作って欲しいそうだ 」

「 全く同じものを、ですか? 」

「 ああ。 昨年の台風で、屋根が吹っ飛んじゃってね。 困っていたらしい。 ワシが新調するって話したら、是非、ウチもって 」

 まあ、同じ物だったら手間は掛からない。

 幸二は答えた。

「 いいですよ。 お安い御用です 」

「 そりゃ、助かる! 手間賃は、1個3万円くらいを予定してるが、良いかね? もちろん、材料費は別に出すよ 」

「 それは、受け取れません・・! 今回、私は、ボランティアのつもりでしたから 」

 中田は言った。

「 あゆみちゃんがお世話になって、またワシらが世話になっては道理がイカン。 出来合いのモノを買って来たって、そのくらいするんだから、受け取ってもらわにゃ、コッチが困るよ。 しかも、木製のオーダーメイドだしね 」

( 嬉しい話しだが、元が・・ )

 幸二は困った。返事を渋っていると、中田は、更に続けた。

「 ・・実は、村田さん。 ワシの方は、色も塗って欲しいんだ。 手間賃として、あと1万円出す。 だが、梶田さんには、言わんでくれ。 ワシが塗った、と言う事にしておいて欲しいんだ 」

 傍らで、湯飲みの茶をすすっていた大原が言った。

「 中田さん、ミョーに張り合ってるんですね。 去年、区内体育大会の徒競走で負けたのが、そんなに悔しいの? 」

 中田は言った。

「 大原君には、分かるまい。 ヤツとワシは、中学時代からのライバルなんだぞ? 」

「 じゃ、自分で塗ったらいいのに 」

「 ワシが、先天的に不器用なのは、キミも分かってるじゃないか。 これは家系だ。 遺伝なのだ! 」

 大原は、幸二に笑いながら言った。

「 おかしいでしょ? 村田さん。 これでも、この人、早稲田を出てるのよ? 」

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