第3話、出逢い

 赤い赤色灯を点滅させ、アパート脇にパトカーが停まっている。

 数人の野次馬たちが、路上で立ち話しをしていた。

「 空き巣だってよ 」

「 窓を割って入ったらしい。 パソコンを盗まれたそうだぞ? 」

「 嫌ねえ~、物騒で・・ 」

 幸二も、野次馬たちに混じってアパートを見ていた。

 しばらくすると、2人の警官がアパートから出て来た。 あの、作業着を着た、年配の大家も一緒だ。

「 じゃ、我々はこれで。 不審者を見かけたら連絡して下さい 」

 1人の警官が、大家に言った。

「 ご苦労様です 」

 大家が、お辞儀をして答える。

 警官たちは、パトカーに乗り込み、立ち去って行った。 それに合わせて、野次馬たちも解散をする。 数人の主婦たちは、そのまま大家を囲み、井戸端会議を始めた。


 アパートの入り口に行き、ポーチの奥の方を見る幸二。

 一番奥の部屋の、開け放されたドアの所に、1人の女性が立っている。 傍らにいる男性と、何やら話し込んでいるようだ。

 彼女は、その男性と目を見て話している。 素振りからしても、盲目では無い。 どうやら、日記の作者では無さそうだ・・・

 幸二は、意を決して、その2人に近付いて声を掛けた。

「 ・・あの・・ 」

 女性が、幸二に気付き、答える。

「 はい? 」

 20代後半と思われる、彼女。 長い髪を後ろで束ね、薄い青のボーダーにジーンズ姿。 活発的な性格の雰囲気が感じられる。

 一緒にいた男性も、幸二を振り返った。 こちらは、30代くらいだろうか。 濃紺のスーツを着ている。

 幸二は言った。

「 そこで聞いたんですけど・・ 空き巣・・ ですか? 」

 彼女は答えた。

「 ええ、そうなんです。 窓を割られてね・・! 」

 幸二は言った。

「 パソコンを盗られたって、近所の人が話してましたけど・・ 私、昼過ぎに・・ あっちの空き地で、パソコン拾ったんです。 こちらから盗まれた物じゃないでしょうか? 」

「 えっ? ホントですか! 」

 彼女は、目を丸くして言った。

 傍らにいた男性が、幸二に尋ねる。

「 電源ランプのとこに、花のシールが貼ってあるヤツですか・・? 」

 そう言えば、そんなシールが貼ってあった。

 幸二は答えた。

「 ええ、そうです。 まだ使えそうだったので、持って帰ってましてね。 さっき通ったら、パトカーが止まってて・・ 何か、嫌な感じがしたんで、降りて話しを聞いてみたんですよ 」

 彼女は、慌てて室内に声を掛けた。

「 あゆみちゃん! パソコン、あったよっ! 多分、あゆみちゃんのに、間違い無いよ! 」

 部屋の中から、1人の女性が玄関先に出て来た。 どうやら、この女性が日記の作者のようだ。

 背は、そんなに高くない。 160くらいの、小柄な女性だ。 セミロングほどの髪にシャギーを入れ、今風の髪型だ。 年齢は、20代前半だろうか。 ジーンズに、白いトレーナーを着ている。

 玄関脇の壁に左手をつき、右手で空を探りながら、彼女は言った。

「 本当・・? 大原さん、本当っ? 」

 大原と呼ばれた、先程の女性が答える。

「 ホントよ! この方が、拾ってくれたらしいの 」

 男性が、幸二に聞いた。

「 失礼ですが、お名前は? 」

「 ・・・村田です 」

 小さく答える、幸二。

 男性は言った。

「 あゆみちゃんと同じ名前の、男の人だよ 」

 大原と言う女性が、幸二に聞いた。

「 そのパソコン、今、お持ちですか? 」

「 ええ。 車に積みっぱなしになってます。 持って来ますね 」

「 手伝いましょう! 」

 そう言って、車の方に戻る幸二の後を、右足を異様にくねらせながら、男性が付いて来た。 ・・どうやら彼は、足が不自由らしい。

 大原が言った。

「 あたしが行くわ、新見さん。 あゆみちゃんを見てて 」


 元あった場所に帰った、パソコン。

 あゆみという名の女性は嬉しそうに、配線を手探りでつなぎ、電源を入れた。

 新見という男性が、モニターを見ながら言う。

「 アプリケーションは・・ 何ともないね。 フォルダも、ちゃんとある。 何も、いじくられてないよ? あゆみちゃん 」

 大原が言った。

「 重いから、捨てていったのね、きっと。 ああ、良かった・・! 盗難届も、取り下げておかなくちゃ 」

 新見が、幸二に向かって膝を正すと言った。

「 この度は、ご親切にどうも。 何と言って、お礼を申し上げたら良いか 」

「 いやいや・・ 偶然ですよ・・ 」

 お辞儀する新見に、幸二は、申し訳なく言った。 自分が、盗み出したものを、正義ぶって返す結果になってしまったのが、幸二には辛かった。 しかし、このシチュエーションしか、考えつかなかったのだ・・・


 あゆみが、パソコンのキーボードから手を離し、幸二の方に向き直る。

 畳の上に正座すると指を付き、あゆみは言った。

「 大切なものを、有難うございました。 私・・ 村田 あゆみと申します 」

 お辞儀をするあゆみの頭が、わずかに、幸二のいる方向よりズレている。

 幸二は言った。

「 村田 幸二と申します。 同じ名前だと言うのも、奇遇ですね 」

 顔を上げたあゆみが、微笑み返した。 目は、開いているが、焦点が定まっていない。 やはり、盲目なのだ・・・

 大原が言った。

「 大松町の障害者支援センターに勤務している、大原と申します。 この度は、有難うございました。 わざわざ、伺って下さるなんて・・ 親切な方に見つけて頂いて、本当に良かったです 」

 お辞儀をする大原に、幸二は、身をつまされる思いだった。

( 俺は、このパソコンを盗み出した張本人なんだ・・・! 善人扱いするのは、もうやめてくれ・・! )

 しかし、実情を知らない者にとっては、状況的にはそうなるだろう。 まさか、本当の事を言う訳にはいかない。

( 早いところ、帰ろう・・! )

 そう思った幸二に、大原は言った。

「 お気付きかとは思いますが、あゆみちゃんは、目が見えません。 失礼な点があるかとは存じますが、先にご容赦下さいね 」

 幸二は答えた。

「 いやいや、失礼だなんて・・ それより、感心ですね。 パソコンを打たれるのですか? 」

 あゆみが答える。

「 点字翻訳をしてるんです 」

「 それは素晴らしい。 僕にも、教えて欲しいくらいですよ 」

 その場しのぎの、変哲もない受け答え。 だが、あゆみは、意外な返事をした。

「 ご興味がおありでしたら、喜んで 」

 大原が言った。

「 ボランティアでお手伝いして頂けるのでしたら、こちらとしても助かります。 村田さん・・ お仕事は? 」

 少々、答えに困る幸二。

「 ・・造作大工をしています。 最近、仕事が減って困ってますよ。 ヒマは、いくらでもあるんですが・・ 」

 あゆみは、視線を宙に泳がせながら、大原のいる位置を探すようにして言った。

「 そう言えば、中田さん・・ 犬小屋を作り直したいって、言ってなかったかしら? 」

 大原が答える。

「 そうね・・! 多少、お金掛かってもいいから、頑丈なのを作ってくれる人、いないかって。 何せ、中田さんちのワンちゃん、大っきいから 」

 新見が、携帯を出しながら聞いた。

「 連絡、取りましょうか? 村田さん、犬小屋で申し訳ないですが・・ 出来ます? 実は、中田さんってのは、ウチのセンターの理事長なんですよ 」

 幸二は答えた。

「 まあ・・ 構いませんよ? どうせヒマだし、私でよければ、やりましょうか? 」

 これも、罪滅ぼしだ。 今月は、もう1件くらい『 仕事 』をしなくてはならないが、犬小屋なら2~3日あれば出来る。 それに、人に感謝されるのは気持ちがいいものだ。 わずかな時間だが、他人に頼られ、感謝される時間を過ごす事が出来そうである。 しかも、自分が得意とする大工仕事だ・・・


 幸二は、その仕事を引き受ける事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る