第5話 もう戻れない

「じゃあ名古屋駅で19時ね」

放心しながら時計を見ると「17:45」

まずい、化粧も落としちゃったし髪も巻きなおさないと。何を着ていこう。やっぱり男はワンピース好きだよね


ものすごいスピードでかつ念入りに化粧をする。下着のことまで気が回らなかった。とにかく会いたい、話したい。


「ごめん、今日会社の人と飲みに行くことになったから夕飯いらない」

「帰るか帰らないかだけ連絡ちょうだいね」


心の中で母親にごめんと言って足早に家を出る。


いつも時間にルーズな私が待ち合わせ時間前に到着してしまった。なんてことだろう。ここまで私の心と体を動かしてしまう男は一体何者なんだろう。待っている時間が耐え切れず、唯一の友人に電話する。


「私、好きな人できちゃったよ。今から会うから。」

「は?連絡遅すぎ、まあがんばんなよ」

「いつも事後報告でごめん、とにかく会ってまた連絡する」

「後悔だけしないように。私はあんたが誰を選ぼうとあんたが幸せかどうかで判断するから」

「うん、ありがと」


「ごめん、お待たせ」

!!

衝撃だった。今までつき合った男性は、だいたいスーツやポロシャツで現れるのだが、パジャマのような短パンとロンT。ていうか手ぶら?財布は?

「お金はここに入ってる」

ポケットから現金がそのまま出てきたときはお腹が痛くなるくらい笑った。


私の行きつけの居酒屋で記憶がなくなるくらい飲んで話した。

店長が心配して、何度も席に来ては様子をうかがっていた。


店を出て自然と手をつなぐ。行先もなくただ歩く。


「ねえ、キスしていい?」

「ダメだよこんな人前で」

と言ったそばからもうキスされていた。本当に好きな人とのキスはこんなにも心が張り裂けそうになるんだと冷静に感じていた。離れたくない


突然、手を引っ張られタクシーに乗り込む。

「一番近いホテルまで」

ああ、もう戻れないな・・・ やばい、下着がベージュの上下で全くかわいくないやつだ。どうしよう


婚約者とはご無沙汰だったし、つき合う数は多くてもそうなった人数は数人で、すっかりそこには意識がいっていなかった。酔った頭で車窓から雨で滲んだ繁華街の光をぼんやり眺めていた。


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