第5話

 時は戦国時代。土佐には長宗我部元親が君臨し、一領具足達を率いて四国全土を

席巻しようとしていた。

 だが、河童のジンベエにはそんなことは関係がなかったので、いつものように鏡

川で泳いでいた。

 すると、一人の侍が川で溺れかけているのを見つけた。


 ジンベエは慌ててその侍を助けた。

 侍は水を大量に飲んではいたが一命を取り止めた。

 ジンベエは侍が無事なのを確かめると、急いで立ち去ろうとした。

 だが、侍は意識朦朧としながらも、ジンベエが立ち去るのを拒んだ。


 その侍は中万三郎左衛門といった。

 豪腕の持ち主で、日ごろは畑を耕し生計を立てている。

 戦があれば具足を持って駆けつける。

 典型的な一領具足であった。

 今日は祝い事があるため、舟釣りをして川魚を供えようと思ったらしい。

 その釣りの途中、川の主に舟を覆され、溺れてしまった。

「なんともかたじけない……」

 三左は真っ先に礼を述べた。

「仕方あるめぇべ。川の主さぁ、気象があらいだに、ケケケ、困ったときはお互い

様だべさ。少し待っててけろ!」

 そう言い残し、ジンベエは川へ再び戻った。


 数分後、ジンベエはえらく大きな川魚を抱えて戻ってきた。

 そして、三左に川魚を手渡してカラリと言った。

「こりゃあ、持って帰って祝い事に供えてけろ! 特別うめぇ奴、ひっ捕まえてき

ただに! ケケケ……」

 三左はいたく感激し、ジンベエを家の祝い事に連れて帰ろうとした。

 ところがジンベエは頑なに断った。

 自分が河童であること、物の怪であることをよく知っている。

 三左は良くても、嫁っ子や童は驚くに違いない。

 ジンベエは頑だった。

 だが、頑固なら三左の方が上だった。

 しかも命を助けられ、土産まで頂いたとあっては、そのまま帰す訳にはいかな

い。

 三左はどんなにジンベエが断ろうとも、腕を捕まえて放さなかった。

 結局、ジンベエは渋々ながらに三左の家に連れて行かれた。


 三左の嫁っ子も、童も、河童の訪来にいたく驚いた様子だったが、皆、心暖かく

迎え入れてくれた。

 ジンベエは人間の家に入るのはこれが初めてであり、緊張した。だが、童がえら

くジンベエを気に入ったことで、気持ちが和み緊張がとけた。

 更にジンベエが見たこともないご馳走が並び、その美味に舌鼓を打った。

 三左に酒をつがれ、気持ちよく飲んだ。

 ジンベエにとってこんなに愉快な夜は初めてであった。

 だが、ジンベエは長居をせず、サッと暇を告げ去った。

 なんと潔いことか……。

 三左はジンベエが好きになっていた。


 三左のジンベエ贔屓が始まった。

 他の長宗我部家の侍達にジンベエを紹介して回ったのだ。

 ジンベエは人間が怖く、最初は嫌がっていたが、長宗我部侍達は皆、ジンベエを

暖かく迎え入れてくれた。

 皆、豪儀であり、愉快であり、優しく、気持ちの良い連中だった。

 彼らもまた、ジンベエの一歩引いた物腰や、分をわきまえた挙措動作を大いに気

に入り、物の怪ながらに仲間の一人として認めるようになった。

 そして相撲を取りながら、酒を酌み交わし、楽しい宴を桂浜で過ごした。

 何度も、何度も、桂浜で相撲を取り、酒を飲んだ。

 ジンベエにとって、とても充実し、満ち足りた日々であった。


 ある日ジンベエを呼び出した三左は妙に浮き足立っていた。

 遠くに馬上の武士が見え、こちらに近づいてくるのだ。

 三左はその武士に近づくとジンベエのことを紹介した。

 するとその武士はジンベエに近づき言った。

「その方が土佐に名高き名物河童のジンベエか。その潔さ、天晴れだと三左めが土

佐中に法螺を吹いて回っておるぞ。ははは、ワシは吉良親貞というて、三左の大将

じゃ」

 ジンベエはその名を聞いたとき、ひっくり返ってしまった。

 なにしろ国主様(長宗我部元親)の弟君なのだ。

「ははは、何を驚く。ジンベエ。ワシはそなたに礼を申さねばならんのだ。三左め

が、先の戦の手柄の褒美に、このワシにジンベエへ礼を述べてほしいとぬかした

わ。はははは、そちも奇妙じゃが、三左も負けず劣らず奇妙よの。そしてワシも

な、ジンベエ、奇妙なことにその申し出を受けたのじゃ。わはははは、奇妙人が三

人揃うたわ。わはははは」

 そう言うと吉良親貞は馬上から降りて言った。

「ジンベエ、あの三左はな、ワシの大事な家臣の一人じゃ。その命を救ってくれた

とのこと、感謝いたす」

 そう言って吉良親貞は一礼した。

 慌てたのはジンベエであった。

 が、どうにも言葉にならない。

「ジンベエ、健やかに暮らせよ」

 そう言うと吉良は涼やかな笑顔でさっと馬上になり、供をひきつれ去っていっ

た。


 ジンベエはしばらく呆然としていた。

 三左は言った。

「ワシはあの方の身元で戦える喜びに打ち震えておる。ジンベエ、我が殿はまるで

春風のような御仁じゃろう」

 ジンベエは深く頷いた。

「ま、まるで、春風のような……」

 大将からしてあれだけの人物であれば、家臣達、そして末端の足軽達まで心根が

爽やかなのが納得できた。

 ジンベエは土佐の侍がますます好きになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る