第4話

 少年はしばらく泣き続けると、ボソボソと語りだした。

「僕は……、結局……、母上を喜ばせることが……、できなかったっ、ググッ……」

 必死に涙を堪え、悔しさに満ちた顔で少年は続けた。

「勉学も、剣術も、全然ダメで……。みんなに笑われてばっかりで……」

 そしてまた少年はワッと泣いた。

 ジンベエは肩を揺らして言った。

「ボン様の母者様は立派な人だったんだべなぁ……」

 ジンベエは感嘆するように言った。

「この河童を見ても驚かねぇなんざ、並な胆力じゃねぇべ。オラ、感心しただ」

 泣き続ける少年の頭を撫でながら、ジンベエは続けた。

「勉強が立派なのも、剣術が立派なのも、武士のたしなみだけぇ、大事だとは思う

だ。だけんどなぁ、ボン様。オラが知っている長宗我部侍達は、学問なんざできな

かったと思うがなぁ。ボン様、ボン様はどうも郷士であろう?このジイサン河童は

昔っから郷士を見ておるからわかるが……、長宗我部侍の良さはな、そりゃ強さもあ

るだろうが……、やっぱり『優しさ』だったと思うがなぁ……。結局な、『優しさ』が

ねぇ、心根のしっかりしてねぇ侍はホンモノの長宗我部侍とは言えぬよ……。ジイサ

ン河童は、もう暫く長宗我部侍に会っておらんだに……」

 ジンベエは、遥かな郷士達を思い返しながら少年に語った。

 少年はいつしか顔をあげ、河童の話をきいていた。

 その目は芯があり、潤いをもち、大らかで、優しさを帯びていた。

 ジンベエは思った。

 なんと優しい眼をしておるんだ……。

 ワシのような物の怪に……。

 懐かしい眼だ……。

 久しいのぉ……。

 そうじゃ……。

 この少年の眼はまるで……。

 三左殿のような……。

 あの長宗我部侍達のような……。

 透きとおるような眼じゃ……。

 ジンベエはなおも続けた。

「ボン様の母者様は、そらぁ御仁が大好きだったと思うがな。そらぁわかるだ

に。このジイサンもボン様が好きになっちまったもの。ケケケ……。母者様はボン様

を立派な人物に育てましたなぁ……。さぞかし立派な御仁だったんだべぇ……。ボン

様、そんなに学問や剣術ができぬことを嘆いてはだめだぁ。母者様が育ててくれた

その御心をこそが大事だと思うべぇ……。このジイサンが保証するだに。真っ直ぐに

お育ちなせぇ。周囲の雑音に負けちゃなんねぇだ。このジイサンはボン様を、古の

長宗我部侍のように育つお人だと思ってるだに……」

 そうジンベエは言った。

 慰めで言うのではなく、本心だった。

 その時、河童の尻肉をヤドカリのハサミがはさんだ。

 ジンベエは大声で喚き、痛がった。

 その姿に少年は笑った。

 少年が笑った。

 ジンベエは尻をさすりつつ、少年の笑顔を見た。

 この御子は間違いのない長宗我部侍じゃなぁ……。

 ジンベエは涙がこぼれそうになった。

「どれ」

 ジンベエは座りなおして、言った。

「ひとつ話をきかせるべぇか。ボン様。ボン様も郷士じゃろうから、ひとつ聞いて

くだっしゃい。このジイサン河童の昔話をひとつ聞いてくだっしゃい……」

 そう言うと、ジンベエは黙って遠くの月を見つめた。

 しばらく黙った後、ジンベエはポツリ、ポツリと語りだした。

 後に少年はこの夜のことを思い出し、桂浜から海を見ることが多くなったとい

う。

「ワシがまだ若い頃だがな、もうかれこれ三百年くらい前かのう……。ワシは長宗我

部侍の連中と仲が良くてのぅ……」

 ジンベエは遥か昔のことを昨日のように少年に語って聞かせた。

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