第2話
時は幕末前夜。
ペリーが来航する十年以上前である。
隣国清で起きたアヘン戦争の風聞が聞こえ出し、有識者の間では危機感が芽生え
始めていた時期である。
とはいうものの、江戸末期の庶民は海外で何が起きているかなど知る由もな
く、平穏で穏やかな日々を過ごしていた。
ジンベエはその頃まで生きていた。
ジンベエというのは河童である。
あの河童である。
ここで記すのも多少面倒ではあるが(ご想像通りのため)、一応記しておく。
体は緑色で、手足に水かきがあり、体は鱗で覆われ、顔にはくちばしがあってヒ
ヨコの様であった。背中には亀のような甲羅を背負い、そして頭の上には皿があっ
た。
かれこれ四百年近くも鏡川の川っぺりで生きている。
さすがに河童でも四百年も生きれば老人である。
むしろ長寿であった。
鏡川の清流が長寿の秘訣であったか、どうか。
とにもかくにもこの河童ジンベエは長寿であった。
満月の夜になると、畑から胡瓜などの野菜を拝借し、味わい楽しんだ。
お礼として河童の鱗を土に埋める。
すると翌年も豊作に恵まれるため、一部の農家ではジンベエが夜な夜な野菜を拝
借するのをむしろ歓迎していた。
主食は川魚であった。
幸い、この鏡川には川魚が豊富に生活していた。
鏡川はそういう意味でも河童の生活に適しており、これも長寿の秘訣であったの
かもしれない。
ジンベエは一年に一度、桂浜に出た。
そしてあの郷士達が死んだ日に、一晩中踊ったり、独り相撲を取ったりする。
実際、事件が起きた場所は種崎浜だが、ジンベエは桂浜に来ることにしていた。
種崎浜は哀しい。
あまりにも哀しいため、ジンベエは桂浜に来て郷士達の霊を慰めているのだっ
た。
それが三百年もの間、続いていた。
その夜は一年に一度の桂浜に出る夜だった。ジンベエは霊魂を慰めつつ、一人で
泣いていた。
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