第124話 大将戦、開始
「……大将戦、開始」と審判役の黒騎士が口にするのと同時に、石畳の円の中心に、ふたりの黒い騎士が向き合うように立つ。
漆黒の鎧兜で顔を覆った黒騎士と対峙したスシンフリの冷酷な赤い瞳は、大将の姿を捕えている。
「エルメラ守護団序列九位。陰影の騎士団長。スシンフリ」
大将から目を反らすことなく、スシンフリが名乗りを挙げる。
その一方で、闇の国の大将になった黒騎士は真剣な表情を鎧兜で隠し、一歩を踏み出す。
「……黒騎士一号、参る」
互いに名乗りを挙げた後、先に動いたのは、黒騎士の方だった。
腰の鞘から真っ黒な刀身が特徴的な剣を抜き取り、陰影の騎士団長との距離を一歩ずつ詰めていく。
それでも、陰影の騎士団長は左腰に付けられた三本の鞘から剣を抜くどころか一歩も動かなかった。
無防備な状態な敵の大将の首を狩るように、黒騎士が刀身を真横に向けながら、半円を描くように動かす。
だが、その刃は、スシンフリには届かない。
冷酷な目で突っ込んでくる黒騎士の姿を視認した陰影の騎士団長は、上から一本目の紫色の鞘から数センチだけ剣を抜いた。
それと同時に、禍々しい黒煙が陰影の騎士団長の周囲を包み込む。
「まだ、弱い」と呟きながら、スシンフリは数センチ抜いた剣を再び腰の鞘に戻す。
その瞬間、陰影の騎士団長の周囲に漂った黒煙が消し飛び、黒騎士の体が後方にある結界の壁まで飛ばされる。
黒騎士は透明な壁を力強く蹴り、一歩も動こうとしない騎士と間合いを詰める。
「はぁ」と息を吐き出す黒騎士は、両手で構えた剣を上下左右に振り、何度も斬撃を飛ばしながら前へと進む。それでも、陰影の騎士団長は動かない。
黒騎士の猛攻が敵将に届く一歩手前で、スシンフリはまたもや一本目の鞘から数センチだけ剣を抜いた。
再び、禍々しい黒煙がスシンフリの周囲で展開され、放たれた斬撃が黒煙に飲み込まれていく。
「この程度か? 残念だ。明日からの稽古は厳しいものにした方がよさそうだな」
その一言に、黒騎士の体がゾクっと震えあがる。やがて、スシンフリの周囲を漂っていた黒煙が、黒騎士の鎧にまとわりつき、闇の国の大将の体に貫かれたような激痛が走る。
「がっ」と悲鳴を上げた黒騎士は、陰影の騎士団長の前で、両膝を付き、うつ伏せに倒れた。
意識を手放した黒騎士を見下ろした審判が、スシンフリを右手で指す。
「勝者、風の国、陰影の騎士団長、スシンフリ様!」
一瞬で勝敗が決すると、 結界の内側でユイは目をパチクリとさせた。
「スゴイ。瞬殺だよ!」
その右隣でヘリスが首を縦に動かした。
「そうだにょん。やっぱり、スシンフリ様はスゴイにょん」
「でも、何だろう? あの剣、すごく怖い」
ユイが首を傾げた間に、審判役の黒騎士は透明な剣を地面に突き刺し、結界を消滅させた。
そうして、分断された道場が一つになると、ユーノとアタルがユイたちの前に体を飛ばした。
「敵将の斬撃も支配するとは、相変わらず、暗黒刀傀儡は恐ろしいな」
ユイたちと向き合うように立ったアタルが後方に視線を送る。
その右隣でユーノはニヤっと笑った。
「そうそう。少しは手加減してほしかったなぁ。スシンフリ、今度はルルちゃん呼びなよ。そっちの方が面白いし!」
ルルという名を耳にしたアタルは、頬を一瞬だけ赤く染め、ユーノの右肩を叩いた。
「おい、面白いってどういうことだ?」
「面白いじゃん。戦うルルちゃんに見惚れるアタルとか。ルルちゃんにいいところ見せたくて、から回るアタルとかさー」
「ユーノ、お前なぁ」と照れて視線を反らすアタルをジッと見ていたユイが首を捻る。
「アタル、もしかして、好きなの? そのルルちゃんって子」
ユイの問いかけにアタルはギクっとして背筋を伸ばし、慌てて両手を左右に振った。
「べっ、別に俺は……」
「おっと、そこまでにしてもらおうか?」
アタルの声を遮りながら、スシンフリがユイたちの元へ歩みを進める。
「ええっ、別にいいっしょ? 模擬戦も終わったからさー」
ユーノが体をスシンフリの眼前に飛ばし、甘えたような目で見つめる。
その一方で、スシンフリは冷たい視線を仲間にぶつけた。
「まだ道場が使える時間が三十分ほど残っている。その残り時間を利用して、一対五の通し稽古をするのも悪くないだろう。五人がかりで挑むがいい」
「ええっ、感想戦でよくね? 瞬殺で物足りないって気持ちも分かるけど、そっちの方が有意義な気がする。そうでしょ? 昔、手当をしてくれた人間の女の子に一目惚れしたスシンフリ」
ユーノの言葉を耳にしたスシンフリは、頬を赤く染め、赤い瞳を閉じた。
それからすぐに瞳を開けると、赤かった瞳の色がピンク色に変化する。
表情も冷酷な表情から穏やかなものへと変わり、右手の薬指で空気を叩く。
そうして、漆黒の鎧を解除し、白いローブ姿に戻ると、ユーノは頬を緩め、右手を左右に振った。
「やっほー。リオ。おひさー」
「はぁ。リオは悩んでいます。あの子のことを言及されたら、逃げるように強制交代。弱くなったスシンフリはリオが支えないといけないみたいです」
「そんなことないって。スシンフリの圧倒的な強さは健在だよ!」
そんなふたりのやりとりを近くで見ていたユイは目を丸くした。
「ねぇ、雰囲気、変わってない?」
ユイの疑問を耳にしたアタルが彼女の左隣に立ち、頷く。
「ああ、そういえば言ってなかったな。スシンフリさんは二重人格なんだ。今、俺たちの前にいるリオさんが主人格で、スシンフリさんはリオさんの心の中で生まれたんだぜ。因みに、リオさんは女の子で、スシンフリさんは少年の人格になっている」
「そうなんだ……って、女の子だったの!」
驚き目を丸くするユイに気が付いたリオが視線を近くにいる獣人の少女に向け、微笑む。
「この姿で会うのは初めてですね。リオです。ユイのことはスシンフリと記憶を共有しているので知っています。修行すればもっと強くなれるとリオは思いました」
「ありがとうございます!」とユイが明るい顔で両手を合わせる。
それからリオは、右手の薬指で空気を一回叩きながら、周囲に集まる六人の剣士たちを見渡した。
「さて、スシンフリから伝言です。リオの演奏が終わったら、剣を握れ。審判を務めてくれた黒騎士二号を含めた六人がかりでかかって来い!」
「なんだぁ。結局やっちゃうんだぁ。まっ、いっか。久しぶりにリオの曲も生演奏も聞けるみたいだし!」
「相変わらず、優しいな。スシンフリさん」
アタルが腕を組むその隣で、ユイはキョトンとして、視線を右隣にいるヘリスに向けた。
「ヘリスちゃん。何が始まるの? リオが何か曲を演奏するみたいだけど……」
「すぐに分かるにょん」とヘリスが答える間に、リオはピンク色のショルダーキーボードを右肩から斜めにかけて、視線を前に向けた。
「それでは聞いてください。オアシス」
曲名を口にしたリオがキーボードを叩き、演奏を始める。
癒しの音色が響きわたると、ユイたちの体に異変が起こった。
全身が白い光に包まれる不思議な感覚に、ユイは目をパチクリとさせる。
「何? これ? 疲れが泡みたいに弾けて消えていく……」
「ああ、何度聞いてもいい曲だ」
「相変わらず、スゴイ回復術式だにょん」
「これなら、もう少しがんばれるっぽい」
五分間に及ぶ演奏が終わると、リオはキーボードから手を離し、ユイたちに対して頭を下げた。
「ありがとうございました。じゃあ、スシンフリ……」
瞳を閉じたリオが右手の薬指を立て、空気を叩き、右肩のショルダーキーボードを消す。
それから、もう一度同じ指で空気を一回叩き、体に黒の鎧が装着させると、彼女は赤く冷たい目で前方に集まる剣士たちの顔を見た。
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