第123話 ユーノ・フレドールの弱点
「さて、そろそろ始めちゃお♪」
頬を緩めたユーノが円形の戦場で相対するヘリスの前で右手の人差し指を上に向ける。その瞬間、ヘリス・クレアの太刀が彼女の手から離れ、二メートル上空に浮かび上がった。
ヘリスが二メートル上空に体を飛ばし、両手で柄を握る。だが、宙に浮かぶ太刀は見えない何かで押さえつけられ、振るうことすらできない。
一方でユーノは、直径三十センチの黒い砂の円の中から動くことなく、顔を上げた。
「あっ、鎧まで効果が及んでなかったっぽい。まあ、いっか。剣に手が届いたとしても、震えないなら、意味なく……ね?」
上空を見上げたユーノの目が大きく見開かれる。絶望に染まりつつある彼女の茶色い瞳に映し出されたのは、浮遊する太刀の柄を右手だけで掴み、宙ぶらりんになったヘリスの姿。赤光の騎士の左手薬指は、ユーノの顔を指さしている。
ヘリスが素早く右手薬指を立て、宙に魔法陣を記す。その動きを目で追ったユーノは咄嗟に右手の中指を曲げた。だが、何も起きない。
「マズっ」
思わず舌打ちしたユーノが右手で握っていた黒い小刀を前後に振った。
その間に、真っすぐ伸びた赤光の騎士の指先に浮かぶ魔法陣から炎と光の帯が伸びる。一メートルを超える太刀を一瞬で生成したユーノは、その剣で帯を貫いた。刀身に炎が宿ったその剣を上下に振り、熱気を斬る。
炎の斬撃がヘリスの鎧に刻まれ、生じる痛みにヘリス・クレアは歯を食いしばる。
それでも光の帯だけはユーノの姿を照らし、彼女の鎧を黒く焦がした。鎧の中が熱気で蒸され、ユーノの全身から汗が噴き出す。
「あつっ。脱いだらなんとか時間まで耐えられそう……だけど……」
ボソっと呟くユーノの前で、ヘリスが動く。今度は上空に浮かぶ太刀から手を離しながら、右手の薬指で空気を叩き、新たな剣を召喚する。銀色に輝く剣先を地上のユーノに向けたヘリスが降り立ち、腹を貫くため体を前方に飛ばす。
その動きを認識したユーノは、動かすことができる右手で自身の胸に触れた。
「あの間合いなら、大丈夫じゃね?」
その期待を裏切ったヘリスが、黒い砂の円の手前で高く飛び上がり、空中で縦に一回転させながら、手にしていた剣を振り下ろす。
顔を上の向け、赤光の騎士の動きを瞳に映したユーノの額から焦りの汗が落ちる。
「残念だったね♪」
本心を隠すように呟いたユーノが、右手の薬指を立て、空気を素早く叩く。指先から緑色の渦巻きが柄に刻まれた小槌が石畳の上に落ち、直径六十センチの魔法陣が浮かび上がる。
その瞬間、ユーノの周囲を覆うように風が流れ、黒い砂の円が吸い上げられた。それでも、ヘリスは剣を振り下ろす。その剣先がユーノの鎧に食い込むと、風で舞い上がった黒い鉱物が騎士の鎧に付着する。
それを待っていたかのように、ユーノ・フレドールは右手の人差し指で天井を指さした。
重たいヘリスの鎧が地上六メートルの高さまで、手にしていた剣が上空一メートルの高さに浮かび上がる。
「そう簡単に倒されるわけないっしょ? まあ、弱点突かれそうになって焦ったけどさ。さて、次は……」
自信満々な表情のユーノが、右手の小指で何かをかき混ぜるような仕草をした。彼女の周囲で吹く風の壁が浮かび上がる。
そして、再びユーノの中心に戻った風は、黒の砂嵐になり、一歩も動けない術者の姿を隠す。
「ぷぷぷっ、万策尽きたんじゃね? でも、頑張ったよ。まさか格下相手にここまで追いつめられるなん……て?」
砂嵐の中心で不意に天井を見上げたユーノの顔が青ざめる。上空を浮遊するヘリスが身を守っていた鎧を解除し、風を切った白いローブ姿の騎士の体が上空六メートルから落ちていく。
そのまま上空一メートルに浮かぶ剣の柄を両手で掴んだヘリスは、深く息を吐き出した。両足をプラプラと振った赤光の騎士が手を離し、地上に吹き荒れる黒の砂嵐の中心に体を落とす。
「まだ……」と口にしたユーノが右手の小指を立て、円を描くように動かす。その瞬間、黒の砂嵐の円が直径十センチの大きさまで小さくなった。通り抜けられないほど小さくなった砂嵐が眼前に飛び込んできたヘリスは、自身の体をユーノの背後に瞬間移動で飛ばす。
素早く右手の薬指を立て、空気を叩く。再び、赤と黄金色のツートンカラーの槌を召喚し、もう一度鎧を身に着けたヘリスが、体を後方に飛ばす。
そのあとで鞘から神秘的な模様が浮かぶ緋色の太刀を引き抜いた赤光の騎士は、真剣な表情で目の前にいるユーノ・フレドールの元へ駆けよった。その間にユーノは手にしていた炎の黒剣の剣先を突っ込んでくるヘリスに向けた。小さくなった黒の砂嵐から粉々になった黒い鉱物の残骸が吸収され、ユーノの剣が長くなっていく。
一歩も動こうとしないユーノに、ヘリスが斬りかかる。鎧の左肩から腹に向けて斜めの傷が刻まれる。
それからヘリスはユーノの鎧に向けて、素早く太刀を振り上げた。動かない白紋の討伐者は、嵐のような猛攻を全身で受け止めながら、右手で持った黒剣を前後左右に振り、斬撃を飛ばす。
赤光の騎士がそれを剣で叩き落とした後で、ユーノは右手の親指を素早く曲げ、背中の縦から二本の黒い小刀を浮かび上がらせた。それから、素早く右手の小指を立て、くるくると縦に動かす。
宙に浮かぶ黒の小刀がヘリスの背後に移動すると、ユーノは手にしていた黒剣を振り上げた。
その動きと連動し、ヘリスの背後から二本の小刀が斜めに振り下ろされる。
隙を狙い放たれた一撃を耐えたヘリスがユーノの腹に向けて剣を振り下ろす。
赤く燃え挙げる刀身がユーノの腹鎧に食い込むと同時に、ヘリスは左足で蹴りを強く叩き込んだ。
その一方で、ユーノは右腕をまっすぐ伸ばし、手にしていた黒剣でヘリスの鎧を貫く。
「やるじゃん」
勝ち誇った表情のユーノ・フレドールの前で、ヘリス・クレアの背中が石畳に叩きつけられる。それと同時に、ユーノの視界も揺れた。
石畳の上で動かなくなったふたりの傍らで、審判役の黒騎士が叫ぶ。
「第三戦、引き分け!」
結界の外側で熱戦を見ていたスシンフリが強く首を縦に動かす。
「面白い戦いだった」と呟くスシンフリの右隣でユイが不思議そうな顔になる。
「ところで、ユーノちゃんはどうして避けなかったの? 盾で攻撃を防ごうともしなかったし、ヘリスちゃんの剣技を全て受け止めてるみたいだった」
「ああ、ユーノが使った高位錬金術、白紋の月には明確な弱点がある」
「弱点?」とユイが首を捻る。
「術式発動後一分間、術者は移動不能状態になる。それが疑問の答えだ」
「つまり、避けたくても避けられない?」
「そうだ。その隙を狙い撃ちできれば怖くない……と言いたいところだが、唯一使える右腕だけで弱点を補おうとするから、簡単にはいかない。さて、この場合、どこから攻撃を仕掛ければいい?」
そこまで聞いたユイがハッとして、口元を両手で隠した。
「もしかして、左から?」
「そう。相手は右腕しか使えない。左側から攻撃を仕掛けられたら、必ず打ち負ける。さらに、相手が術式の解除条件を満たしたとしても、術者の移動不能状態は解除されない。つまり、やろうと思えば右腕しか使えない剣士をタコ殴りにして勝つことも可能だ。まあ、ユーノは自分の術式の弱点をしっかりと理解した上で、対策を考えることができる剣士だからな。相手の動きを読み、負け筋を一つずつ消す強い剣士だ」
「それは一度戦ったから分かってるよ」
闘志を燃やすユイが結界の内側で横たわるユーノ・フレドールに視線を向けた。
「第四戦、両国大将前へ!」
結界の内側で審判役の騎士が声を響かせる。それに反応を示したスシンフリは真剣な表情で一歩を踏み出した。
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