第125話 剣士の策略

「さあ、どこからでもかかってくるがいい!」

 円形に広がる石畳の戦闘場の中心に立ったスシンフリが、前方に集まる六人の剣士たちに視線を向け、右腰に付けられた紫色の鞘に左手を伸ばす。


 その柄が掴まれた瞬間、ふたりの黒騎士が黒く細長い剣を握った状態で左右から同時に前へと飛び出した。

 タイミングを合わせて、ユーノは右手の親指を一回曲げ、「ユイ、ヘリス、アタル、後方待機!」とユーノが叫ぶ。


 召喚された脆く壊れやすい黒い小刀の柄を右手で掴んだユーノがスシンフリの眼前に体を飛ばす。

 そして、彼女は敵の幻刀の柄を狙い、小刀を叩きつける。

 そんなユーノの目に、スシンフリの鞘と剣の隙間から漏れ出る黒煙が飛び込んできた。


「マズっ」と口にしたユーノが咄嗟に親指を曲げ、二本目の小刀を召喚する。

 自身の体を侵食しようとしている禍々しい黒煙を払いながら、白紋の討伐者が石畳を飛び蹴り、上空に体を飛ばす。それでも黒煙はユーノの体に吸い寄せられるように、広がっていく。


 落下していく視線の先で、ふたりの黒騎士の鎧に纏わりつく黒煙を視認したユーノ・フレドールは、親指を二回曲げ、二本の小刀を召喚した。左右の手でそれぞれ一本ずつ黒い小刀を持つと、体を右に見えた黒騎士の傍に飛ばし、騎士の周囲を漂う煙に当て、体を横に半回転させながら、左の黒騎士の背後へ飛ぶ。

 同様に黒煙に小刀を当てると、右手の人差し指と小指を曲げ、ユイたちの近くに体を瞬間移動させた。


「はぁ」と息を吐き出しながら、ユーノは地に足を付けた。

 真下に向けられた彼女の左手の甲に、地上から五センチの位置でふわふわと浮かんだ黒煙が集まっていく。

 その間に、スシンフリの近くにいた黒騎士たちの体がバタンと倒れていく。



「これで四対一だな。ユーノ・フレドール。次はどうする?」

 一歩も動こうとしない陰影の騎士団長が視線を前方に見えたユーノたちに向ける。

「ああ、少し動くの遅かったっぽい。まあ、いっか。黒騎士くんたちの仕事は終わったからさー」

 頬を緩めたユーノが右手の中指と小指を同時に曲げる。その瞬間、倒れた黒騎士たちの周囲に漂う黒煙が硬化し、石畳を貫いた。左右から伸びた鎖状の黒い鉱石が、スシンフリが抜こうとしている剣の鞘に向けて伸びていく。


 地面から伸びたふたつの鎖が足枷のようにスシンフリの足首と絡まる。行動が制限されても、陰影の騎士団長は焦らず、表情を変えない。


「これで足止めをしたつもりか?」

 そう口にしたスシンフリは左手で右腰の紫の鞘から剣を引き抜く。そこから漏れた黒煙が足枷の鎖に向けて伸び、一瞬にして足枷が崩れ去る。

 

 そのままイッキに鞘から剣を引き抜いたスシンフリは、前方へ向けて駆け出した。

 漆黒の細い剣から発せられる黒煙が、禍々しく揺れる。


「ユイ、気をつけろ。あの黒煙も剣の一部だ!」

 真剣な表情のアタルが、右手を伸ばし、ユーノの背中に背負われた盾から小刀を一本引き抜きながら、ユイの隣で声を出す。その隣でユイは首を縦に動かした。

「なんとなくだけど分かってるよ。あの剣の怖さ……」

「おしゃべり、ここまでにしよっか。あと数秒でスシンフリがこっちに来るから、ヘリス……」

「了解だにょん」


 スシンフリの視界からヘリスの姿が消える。それを見たスシンフリは頬を緩め、その場に立ち止まった。


「後方から奇襲を仕掛けるつもりだろうが……」


 背後から鋭い気配を感じ取ったスシンフリが暗黒刀傀儡を左手で構え、体を横の一回転させる。

 一周する斬撃を視認したヘリスが、体を後方に飛ばし、左手の薬指を真下に向け、素早く魔法陣を刻む。


 異変を感じ取ったスシンフリは、熱くなった石畳を蹴り上げ、体を後方に飛ばした。直後、陰影の騎士団長の眼前で、炎と光の帯が伸びる。


「ヘリス・クレア。まさかキミと剣を交える日が来るとは思わなかった」

 頬を緩めたスシンフリが近くに見えた赤光の騎士に向けて、剣を振り上げる。その太刀筋に合わせて、ヘリスは赤く燃え上がる太刀を横に構え、受け止めた。


「もうすぐキミの剣はボクに支配されるんだ」 

 

 スシンフリの剣から漏れ出る黒煙がヘリスの剣を飲み込んでいく。その様子を見ていたユーノが首を縦に動かす。


「来たっ。ユイ」

「はい」と頷く獣人の女剣士が腰の鞘から細長い剣を抜き、前へ駆けだす。


「援軍か? だが、隙だらけだ」

 スシンフリが後方に向けて黒煙を一直線に飛ばす。飛んでくる気体の斬撃を横に飛び、避けたユイは目を見開いた。曲がった黒煙がユイを狙いを定め、伸びていく。


「ユイ。何を驚いている?」

 スシンフリが後方を振り返らず、首を傾げる。

 その間に黒煙がユイの周囲を覆うように広がり、行く手を阻む。

 

「くっ」と力を強く込めたユイが剣を左右に振り、黒煙を払う。だが、すぐに気体が集まり、ユイの両手に黒煙が纏わりつく。


「あっ」

 獣人の少女の両手がカタカタと震えだした。茶色い瞳が虚ろになり、思考も奪われ、得体のしれない恐怖が彼女を支配する。

 漆黒に染まった闇の中で、ユイのチカラが抜けていく。

 切り裂かれるような激痛が全身を掻く抜けた直前、少女の虚ろな瞳に一筋の光が宿る。


 光を取り戻した少女の視線の先には、透明な盾と黒い小刀でユイの体に纏われた黒い気体を払うヘルメス族の少年剣士の姿があった。


「アタル」とユイが名を呼ぶと、アタルは一瞬視線を後ろにいるユイに向けた。

「ああ、大丈夫か? 作戦通り、この盾で援護するから、落ち着いて剣を振れ」

「うん、分かった」

 頷くユイがアタルと一緒にスシンフリとの距離を詰める。


「アタル・ランツヘルガー。気配を消してユイの元へ飛べるようになったようだが、それだけでは守れない」


 背後を振り返らないスシンフリが叫び、後方に向けて新たな黒い気体の斬撃を飛ばす。

 数秒でそれがアタルの元へ達すると、彼は白い歯を見せ笑った。

 

「スシンフリさん。悪いが、暗黒刀傀儡は通用しない!」


  宣言通り、少年の周囲を漂うはずだった黒煙が見えない何かに引っ張られ、床から数センチの位置に留まった。


「ユーノ・フレドール!」


 スシンフリが暗黒刀傀儡にチカラを込め、ヘリスが構える太刀を自身の剣で叩く。地上に吸い寄せられる黒煙を斬った陰影の騎士団長は、ユーノの背後に体を飛ばす。その瞬間、スシンフリの表情が一瞬だけ苦痛で歪んだ。


「くっ、油断したようだ。ボクの斬撃が全て吸い寄せられて、無効化されている」


「正解。床上数センチに浮遊させたあなたの斬撃を、新たに放たれた斬撃にぶつけることで、威力を相殺させ、浮遊効果も付与させる。こういう使い方もできるんだよ! スゴイっしょ?」

 

 振り返らずに話を続けるユーノの背後で、スシンフリは暗黒刀傀儡を紫の鞘に納めた。それと同時に手を繋いユイとアタルが、スシンフリから少し離れた右斜め後ろの位置に姿を現す。

 ヘリスがスシンフリの左斜め後ろの位置に体を飛ばし、アタルがユイの隣から敵の背後に移動すると、菱形の陣形が完成する。

 周囲を見渡すことなく気配だけで陣形を把握した陰影の騎士団長が頭を右手で抱えた状態で、深く息を吐き出す。


「やっかいな間合いだな。もうすぐユーノの行動制限も解除されるから、もっと戦いにくくなる」

「ねぇ、スシンフリ、降参しなよ」

「いや、それはできない相談だ」


 包囲網が生成されてもなお、スシンフリの顔に焦りは宿らない。


 菱形の陣形で包囲された中心で、左手の薬指を立てたスシンフリが素早く魔法陣を記す。そして、左手薬指の先に炎球が上空三十メートルの位置まで移動すると、薄暗かった戦闘場にいる騎士たちの影がくっきりと浮かび上がる。


「ここまでボクを追いつめたキミたちにいいものを見せてあげよう」


 頬を緩めたスシンフリが黒い鞘から剣を抜き、真下に向ける。柄の先にあるはずの剣先が見えない不思議な剣を見たユイが目を丸くする。


「何? その剣?」


 疑問と共に警戒心を強めたユイが剣を強く握る。

 その間にスシンフリが柄しかない剣で円を描く。


「一之型、影斬」と唱えた瞬間、円が広がり、ユイの体が小刻みに震え、意識が刈り取られた。

 同様にヘリスとアタルの体もバタンと倒れる。


 三人の仲間を失ったユーノは瞬時に右足で強く石畳を蹴り上げ、体を数メートルの高さまで飛ばす。

 そこから親指を曲げ、一本の小刀を召喚して、右手でそれを掴む。

 体を縦に一回転させながら地上に向けて斬撃を放つユーノの体に激痛が走る。


 上空へと浮かぶ体を地上に着地させたユーノは、ふらふらと体を揺らしながら、剣技を放つスシンフリと対峙した。


「ユーノ・フレドール。最後はキミとの一騎打ちかい?」


「はぁ。はぁ。数の有利があったとはいえ、格下に負けそうになったからあの技使うなんて……はっ!」


 道場へ侵入してくるふたつの気配を背後から感じ取ったユーノが息を飲みこむ。そんな彼女の前で、スシンフリは剣を黒い鞘に納め、顔を前に向けた。


 そこに現れたのは、クルス・ホームとステラ・ミカエルだった。

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