第104話 地下研究施設

 目の前に立ち上る白い十階建ての建物を小さな銀髪の幼女、アルケミナ・エリクシナが見上げる。

 その建物の出入口前には、彼女の右隣にいる両耳を尖らせた白髪の少女しかいない。そこにいる白いローブに身を包む少女、プリズムぺストール・エメラルドにアルケミナは切れ長の青い瞳を向ける。


「ここが街の中心部に位置するムクトラッシュ病院。目的地はここの地下研究施設」

「もちろん、分かってるよ。急遽、見学できるよう手配しといたんだから、感謝してよね!」

 腰の高さまで銀の後ろ髪を伸ばした幼女の隣で、リズが右手の人差し指を立てる。

 それでも、アルケミナは無表情で頷いてみせた。

「分かっている。今日はプリズムぺストールの助手のルナと紹介してほしい」

 声を潜め、念を押すとリズは優しく微笑み、右手を差し出した。

「はいはい。助手のルナちゃん。そろそろ、行こっか」

 差し出された手を握り、銀髪の幼女は首を縦に動かす。


 そうして、手を繋ぎ、出入口になっている半透明な扉を潜ると、彼女たちの前を白衣を着用している丸坊主の長身男性が前方から迫ってきた。

 いかにも研究者という雰囲気の男性は、視界の端にリズの姿を捉えると、すぐに立ち止まる。


「失礼ですが、プリズムぺストール・エメラルド様でしょうか? 私はムクトラッシュ病院地下研究施設の所長を務めております、スズクルルと申します。ヘルメス・エメラルド様の一族の方が急に当施設を見学することになったと知り、我々研究員は喜んでおります」

 真っ白な目をした男性研究員が頭を下げると、リズはクスっと笑った。

「孤児から研究施設の所長に成り上がった天才研究者さん、ちょっと、硬くない? 確かに私は、あのヘルメス・エメラルドの一族だけど、そんなに緊張しなくてもいいんだよ? 時々来るんでしょ? 同じように錬金術を研究している見学者たち。その人たちと同じような対応してほしいなぁ」

「いいえ。そういうわけにはいきません。ところで、そちらの女の子は……」

 スズクルルと名乗る研究員は視線をリズの右隣にいる表情が読めない銀髪の幼女に向ける。それに対して、リズは右手で右隣にいる幼女を指した。

「こちらはルナちゃん。私の助手みたいな子です。ちょっと訳あってウチで預かっているんですよ。この年で錬金術研究に興味があるようなので、一緒に見学します」


「なるほど。そうなのですね」とスズクルルが納得の表情を浮かべた後で、リズは頭を下げる。

「急な見学を快く受け入れてくださり、ありがとうございました!」

「迷惑だとは思っていません。当研究施設の研究者は本当に楽しみにしているのです。あのヘルメス・エメラルド様の血を継ぐ研究者に会えるのを!」

 楽しそうに語るスズクルルの前でリズは平行に整えられた自身の前髪に触れ、照れ顔を晒す。

「まあ、そういう接待、必要ないから。ホントに今まで通りでね……って、あっ、お土産買うの忘れた! ショックだわ。紅茶入りのクッキーを手土産にしようと思ったのですよ!」

 ショックを受けたような顔つきになったリズの姿を視線に捉えたスズクルルは目を点にする。

 そんなやり取りを右隣で見ていたアルケミナが咳払いする。

「そろそろ見学したい」

 淡々とした無表情の幼女の声に反応したリズが首を縦に動かす。

「そうでした。スズクルル。地下研究施設に案内よろしくです!」


 ビシっと右手の人差し指を立てたリズの近くで、スズクルルが右手の薬指を立て、空気を一回叩いた。すると、そこから灰色の槌が落ちていく。

 地面の上にその槌が触れると、すぐに魔法陣が入り口前に浮かび上がり、スズクルルはそこに向かい一歩を踏み出した。


「プリズムぺストール・エメラルド様。あの魔法陣にお乗りください。そこから地下研究施設に転移いたします」

「了解です♪」と明るく答えたリズがアルケミナと手を繋ぎ、魔法陣に向かい歩き出す。

 それから、数秒ほどで魔法陣の上に飛び乗ったアルケミナたちは、体を白い光に包みこみ、その場から姿を消した。







 目の前に緑色の廊下が広がり、天井から点滅する白い光が薄暗い通路を照らす。

 窓一つない殺風景な通路を、アルケミナ・エリクシナがキョロキョロと見渡した。

 そんな幼女の仕草を無視して、スズクルルは右手を前に伸ばした。

「プリズムぺストール・エメラルド様。研究施設はこの通路を真っすぐ進んだ先にございます」

 地下に男性の説明が響き、リズが頷く。

「道案内ありがとうございます」と声をかけ、導かれるまままっすぐ歩くと、突き当りに木製の扉が現れた。

 それをスズクルルが開けると、女性の大声が先にある研究施設内で響く。




「隣町であの症状を発症した人たちが三千人以上出たらしいの。ムクトラッシュ病院として、医療班を派遣することになったわ。あなたも患者さんの治療をしなさい」

 アルケミナとリズが視線を声が聞こえた右方に向けると、右手の甲の上に浮かび上がる魔法陣に恰幅の良い女性が話しかけているのが見えた。

 その女は黄色いTシャツの上に白衣を纏っていて、パーマをかけた短い黒髪が特徴的だった。


 整理整頓された机の周りで、白紙姿の研究者たちがバタバタと動く。そんな慌ただしい環境下で、チェイニーの右手の甲に浮かぶ魔法陣の点滅が消える。

 その直後、入り口の前にスズクルルと見知らぬ幼女たちがいることに気が付いたチェイニー・パルキルスは首を傾げた。


「スズクルル所長。その方たちは?」

「見学者のプリズムぺストール・エメラルド様と助手のルナちゃんです。所長権限で見学を許可しました」

「なるほど、ごめんなさいね。ゆっくり見学の対応ができなくて」

「別に構わないよ。急に押し掛けてきた私たちも悪いし」

 そう答えた少女、プリズムリスぺストール・エメラルドの隣でアルケミナ・エリクシナはジッとチェイニーを見つめた。

 首元には黄緑色の水晶玉のネックレスが付けられている。



 そのことに気が付くと、アルケミナは地下にある研究施設の周囲を見渡した。

 一方でチェイニーは両膝を曲げ、小さな女の子と視線を合わせた。


「ルナちゃん? ウチの研究施設、そんなに珍しい? 特に珍しい研究設備もないけれど……」

「興味深い。整理整頓が行き届いていて、研究しやすい環境になっている」

 淡々とした口調で答えたアルケミナに対して、チェイニーは優しく微笑み、プリズムペストールに視線を向けた。

「大人びてますね。あなたの助手さん。こんなに小さいのに、ヘルメス・エメラルドさんの血を継ぐ高位錬金術師の助手なんて、将来が楽しみだわ」


「そんなことないですよ。ちょっと訳あって預かってるだけですから。まあ、時々錬金術を教えてますけど」

 捏造した事実に騙されたチェイニーが両手を合わせ、指を絡め握った。

「いやいや、スゴイですよ。あの偉人の一族から錬金術を教わるなんて、憧れます。みんな、羨ましく思うことでしょう」


「そういう慈善活動も悪くないかも」と呟くリズの右隣に立ったチェイニーが両手を合わせる。

「来客のあなたに頼むことじゃないことは分かっているのですが、頼みがあります。現在、ムクトラッシュでは、妙な症状に侵される方が増えているのです。その原因を究明していただけませんか?」

「共同研究?」

「もちろん、謝礼はお支払いします」


 そのチェイニーの声を聞いたリズは態度を変え、彼女の右手を優しく掴んだ。

「喜んで。ここで名前売ったら、みんな喜びそう」

「心の声が漏れている」と無表情の幼女、アルケミナが呟く。その視線の先には、チェイニーの背後の茶色い木の扉があった。


 それから数秒後、アルケミナは近くにいたリズの白いローブを引っ張る。

「リズ。トイレ」

「えっと、チェイニーさん。トイレは?」とリズが尋ねると、チェイニーは後方にある木の扉を指した。

「あの扉を抜けて、真っ直ぐ向かうとあります」

「どうもありがとう」と頭を下げたリズは、アルケミナと手を繋ぎ、研究室から退室した。

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