第100話 エメラルドの一族
暗かった空が明るさを取り戻す。雲一つない快晴の朝を迎え、洗面台の前に立つ白髪の巨乳女性は水で顔の汚れを洗い流した。
それから、手元にある水色の楕円形ケースから取り出した水色の淵の眼鏡を着用すると、鏡の中に耳が尖っている胸の大きな女の姿が浮かび上がる。
腰の長さまで伸ばされたキレイな白髪を整え、「はぁ」と声を整えたカリン・テインは瞳を閉じた。
そのままで洗面台から廊下に出て行き、数歩歩いたところで彼女は立ち止まった。
「朝から押し掛けるなんて、正直迷惑ですわ。リズ」
背後から気配を感じ取ったカリンが体を半回転させる。その先には、カリンと同じように耳を尖らせた一人の少女がいた。
白いローブに身を纏い、白髪の後ろ髪を肩の高さまで伸ばしたその少女は、平行に揃えた自身の前髪を白い手袋を填めた右手で撫でる。
「相変わらず、耳がいいんだから。そうそう。スシンフリから聞いたよ! カリンの家にあのアルケミナ・エリクシナが泊ってるって。会ってみたいなぁ。あの創造の槌に選ばれたフェジアール機関の高位錬金術師に♪」
透明感のある青色の瞳を輝かせたヘルメス族の少女に対し、カリンは溜息を吐き出す。
「はぁ。あなたの目的が分かりましたわ。そんなに会いたいのならば、アルケミナ・エリクシナの元へ案内しますわよ。その代わり、私の頼みも聞いていただきます」
「えっ、何? 頼みって?」
楽しそうな表情で首を傾げて見せる少女に対して、カリンは真剣な表情になった。
「あなたの口から神主様に頼んでほしいのですわ。ヘルメス村に滞在中の五大錬金術師とアソッド・パルキルスに手出ししないようにと」
「アソッド・パルキルスも来てるんだ! そっちの子にも会ってみたいなぁ。世界の命運を背負わされた哀れな罪人だっけ? そういえば、ルスはアソッド・パルキルスがここにいるのって知ってるんだっけ?」
目の前のヘルメス族少女が頭の上にクエスチョンマークを浮かべると、カリンは首を捻った。
「うーん。それは分かりませんわ。それはそうと、頼みましたわよ」
「了解です」
そんな答えを耳にしたカリンの元に銀髪の幼女が前方から歩み寄る。その右隣には、背中に虹色に輝く蝶の羽を生やした茶髪の貧乳低身長女の姿もある。
一方で後方に響く足音を聞いたヘルメス族の少女は胸を高鳴らせた。
「おはよう。カリン。ところで、その子は誰?」
感情すら読み取れないような声で銀髪の幼女が挨拶すると、カリンは両膝を曲げ、目の前に現れた小さな女の子に視線を合わせる。
「おはようございます。こちらの方は、私と同じエルメラ守護団の仲間で……」
カリンの声を遮った少女は体を半回転させ、見知らぬ幼女と顔を合わせた。
「初めまして。エルメラ守護団序列三位。双門の賢者。プリズムぺストール・エメラルドと申します」
「エメラルドって……」
初対面のヘルメス族少女の苗字を聞いたアルケミナ・エリクシナが首を傾げる。すると、プリズムぺストール・エメラルドの右隣にいたカリン・テインが首を縦に動かした。
「お察しの通り、錬金術の祖とも呼ばれるヘルメス・エメラルドの血を継ぐ者ですわ」
「ちょっとだけ名前長いから、気軽にリズって呼んでほしいなぁ」
「えっ、この子、あのヘルメス・エメラルドの一族なの? スゴイ!」
アルケミナの隣でアルカナが驚きの声を出す。
「ご先祖様が偉人なだけだよ。お姉さん」
かわいらしく照れ顔になったリズをジッと見ていたアルケミナは、カリンの右手を優しく引っ張り、耳打ちする。
「プリズムぺストールは、EMETHシステムを危険視しているの?」
「そんなことはないと思いますわ。アルケミナ・エリクシナ。あなたはリズのことを警戒しているようですが、この子は敵ではありません。エメラルドの一族としての誇りも持ち合わせているようですが、あくまで私やステラと同様、中立的な立場なのですわ。もちろん、信じるか信じないかはあなた次第ですわ」
「なるほど」とカリンの言葉に納得したアルケミナはジッと目の前に現れた少女に視線を向けた。
その一方で、リズは瞳を明るくして、小さな女の子の顔を覗き込む。
「一度会ってみたかったんだよね。あの創造の槌に選ばれた高位錬金術師。アルケミナ・エリクシナ!」
「えっと、アタシは?」と無視されているアルカナが右手を大きく挙げる。その仕草を見て、リズは両手を合わせた。
「フェジアール機関の五大錬金術師。アルカナ・クレナー。有名な高位錬金術師だね。そういえば、スシンフリに聞いたんだけど、他にもティンク・トゥラとブラフマ・ヴィシュヴァも来てるんだってね。五大錬金術師の内の四人が一同に会するなんて、スゴイよ! そのメンバー集めて、三日三晩錬金術談義してみたい!」
「それは全て終わってからにしてほしいですわ。それはそうと、先程の約束をお忘れなく」
「分かってるって。私の口から通告しとくから。この村に滞在している五大錬金術師とアソッド・パルキルスに手出ししないようにって!」
「……私も一度でいいから会ってみたかった。錬金術の礎を築き上げたヘルメス・エメラルドの一族に」
無表情な幼女の声を聴き、リズは言葉を弾ませる。
「えっ、ホント? すごく嬉しい。すごく嬉しい。すごく嬉しい」
「リズ。はしゃぎすぎですわ」
カリンからの冷たい視線を感じ取ったリズは、気にする素振りすら見せず、瞳を輝かせる。
「だって、すごく嬉しいから、仕方ないじゃない! 万物を創造する高位錬金術師。アルケミナ・エリクシナ。創造の槌を使うトコ、この目で見てみたいなぁ。金ならいくらでも払うから!」
「断る」とアルケミナが答えを口にすると、リズは両手で頭を抱える仕草をした。
「あああ、振られちゃったよ!」
そんなやりとりを近くで見ていたアルカナは目を点にする。
「カリン。この子、ホントにあのヘルメス・エメラルドの一族なの? とてもそんな感じには見えないんだけど……」
「この場では天真爛漫ですが、戦闘中に凶変しますわ。それと、エルメラ守護団のみんなは口を揃えてこう言うのですわ。リズは敵に回したくないと」
「ふーん。そうなんだ」と口にしたアルカナがジッと自分と同程度の身長のリズに視線を向けた。すると、リズはアルカナに視線を合わせ、笑顔になる。
「あっ、そういえば、今日はアソッド・パルキルスと一緒にムクトラッシュに行くんだってね。私も同行していい? アルケミナと行動共にしたい!」
思い出したように両手を叩き、顔を上げたリズに対して、カリンは唸り声を出す。
「うーん。それを決めるのは、アルケミナ・エリクシナですわ。私個人の意見としては、同行を認めてもいいのだけれど……」
「プリズムペストール。私はムクトラッシュ病院の地下研究施設に行きたい。あなたが私をそこに連れていくことができるのかが知りたい」
アルケミナの問いかけを耳にしたリズは、真剣な表情で首を縦に動かした。
「コネはないけど、エメラルド家の人間であることを明かせば、なんとかなるかもね。こっちには余るほどの金もあるし、それなりの金額を提示すれば、大丈夫♪」
「なるほど。分かった。それなら同行しても構わない」
「えっ、ホント? すごく嬉しい。すごく嬉しい。すごく嬉しい!」
明るく笑うリズの隣でカリンは溜息を吐き出した。
「別に止めるつもりはありませんが、リズ、これだけは守ってくださいませ。あなたはあの街では決して戦わず、サポートに徹する。それが同行の条件ですわ」
「もちろん、分かってるよ。じゃあ、よろしくね」とリズが笑顔を目の前にいる銀髪の幼女に向ける。
その間に、アルケミナは右手の薬指を立て、地図を召喚した。それを広げたアルケミナはリズの前で地図上の目的地を指差す。
「ここが目的地」
だが、リズは申し訳なさそうな顔になり、両手を合わせる。
「ごめんなさい。ここから直接飛ぶのは難しそう。地図で大体の場所を把握したら瞬間移動できるって思われがちだけど、ホントは違うから。地図だけの情報だと不十分だから、目的地の一歩手前で止まってからが安全だよ」
「わかった。それで構わない」
天真爛漫という言葉が似あうその顔をアルケミナ・エリクシナは無表情のままで見つめていた。
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