第101話 ふるさと
「そろそろ約束の時間」
そう呟いたアルケミナ・エリクシナは白い丸型の机の前に座ったままで、近くに見えた時計に視線を向けた。
朝食に使った食器がキレイに片付けられた机を挟み、銀髪の幼女と向き合うように座ったアルカナ・クレナーが首を縦に動かす。
「そうだね」と同意を示す間に、アルケミナの背後でプリズムぺストール・エメラルドが姿を現した。
「お姉さんたち。ムクトラッシュ病院地下研究施設を見学できるよう手配しといたよ」
「ご苦労様。改めて、プリズムペストールにお願いしたいことがある。人前では私のことをルナと呼んでほしい。この際、あなたの助手という設定でいいから」
「そっ、創造の槌の使い手を助手扱いなんて、とんでもない!」
動揺したように目を泳がせるリズに対し、アルケミナは背後に立つ彼女の顔を無表情のままで見上げる。
「そこまで動揺する必用はない。子どもにしか見えないこの体で研究施設を出入りしたら目立つから、私はプリズムぺストール・エメラルドの助手として、あの施設に潜入する」
「……まあ、いっか。じゃあ、よろしくね。ルナちゃん」
リズが納得の表情を浮かべた近くで、アルカナはクスっと笑った。
「ふーん。偽名を使うんだ。初めて知ったわ」
「私の正体がアルケミナ・エリクシナ本人だと知られたくない時は、ルナと名乗っている」
「ふーん。そうなんだ」とアルカナが呟いたその時、片付けを終わらせたカリン・テインがアルケミナの元へ歩み寄る。
丁度その時、右方にあった木の扉が開き、そこから二人が顔を出した。
黒いショートボブヘアの人間の女の右隣には、両耳を尖らせた桃色ショートカットのヘルメス族少女もいる。
「ふわぁ。少し遅れてしまいました!」
ピンク色の瞳のヘルメス族、リオが頭を下げると、アルケミナが席から立ち上がる。
「別に問題はない。とりあえず、今からアソッドの故郷、ムクトラッシュに向かう」
「リオ、私も行くからね♪」
アルケミナの近くでリズが右手を振る。その仕草を見て、リオは目をパチクリとさせた。
「ふわぁ。リズも来るんですね。初耳です」
「もぅ。スシンフリには同行するかもって伝えといたのに!」
こんなやり取りを近くで見ていたアソッド・パルキルスは目を点にした。そうして、視線を同い年くらいに見えるヘルメス族の少女に向けると、リズは微笑みながら、彼女の前に右手を差し出す。
「あっ、あなたが世界の命運を背負わされた哀れな罪人だね。確か、名前はアソッド・パルキルスだっけ? これからよろしく♪」
「哀れな罪人……」と引っ掛かる言葉を口にしたアソッドの近くでリオとカリンは冷たい視線をリズに向ける。
無言の抗議を察したリズは両手を合わせる。
「ホントごめん。気に障ったみたいだね。改めまして、エルメラ守護団序列三位。双門の賢者。プリズムぺストール・エメラルドと申します。ちょっと長いから、気軽にリズって呼んでね♪」
「はい。リズさん。よろしくお願いします」とアソッドがリズと握手を交わした後で、カリンは両手を一回叩いた。
「リズとリオの能力で移動する前に、この場に残る私から忠告しますわ。医療都市ムクトラッシュは現在、ルス・グースの領地とされていますのよ。そこに行くということは、ルスに目を付けられることを意味します。危険な場所に足を踏み入れる覚悟をしてくださいませ」
「ルスさんに支配されている私の故郷は無事なんですか?」
右手を挙げ不安そうな顔になったアソッドが尋ねると、カリンが頷く。
「支配されていると言いましたが、別に自由を奪われているわけでも、死と隣り合わせな生活を送っているわけでもありませんわ。あの街で暮らしている人々は、平凡な毎日を過ごしているようですわ。その点に関しては安心してほしいですわ」
「そうなんですね」とアソッドがホッとしたように胸を撫で下ろす。
その近くでアルケミナは無表情のままでリオの顔を見上げる。
「リオ。そろそろ……」
「そうですね。では、いってきます!」
近くにいるアソッドの右肩に自身の左手を伸ばしたリオが、右手をアルケミナに差し出す。その仕草を見たリズは頬を膨らませた。
「ちょっと、リオ。アルケミナと一緒に瞬間移動しようとしたでしょ? 私だって、アルケミナと手を繋いで、瞬間移動したい! お前、そこ代われ!」
「ふわぁ。リズもそんな顔するんですね。知りませんでした。まさか、あのリズがアルケミナ・エリクシナを崇拝していたなんて……」
ニヤニヤと笑うリオに対し、リズは右手の拳を握り締めた。
「ただ、あの創造の槌に選ばれた高位錬金術師に興味があるだけです」
「口論は時間の無駄。一刻も早くムクトラッシュに行きたい」
冷たい空気が流れ、二人の間にアルケミナが割って入る。すると、リズとリオは深く息を吐き出した。
「……まあ、いっか。リオ。帰りは私がやるから」
「約束ですね。では、気を取り直して、出発です!」
左手でアソッドの右肩を掴み、伸ばされた右手でアルケミナと手を繋ぐ。そんなリオをジッと見ていたリズは、近くにいたアルカナの右肩を優しく掴んだ。
その直後、カリンの前から、一瞬の内にアルケミナたちは姿を消した。
「ここが私の故郷……」
目の前に広がる景色にアソッド・パルキルスは目を丸くした。
白を基調にした建物が軒を連ね、段差すらない平坦な茶色い道が広がる。
街の出入口になっている開けた道の前で、アルケミナは前方に見える白い長方形の建物に視線を向けた。
「ここがムクトラッシュ。医療や回復術式の研究が盛んと聞いたことがある。そして、目的地は前方に見えるムクトラッシュ病院の地下研究施設」
その施設名を近くで聞いていたリオが驚きの声を出す。
「ふわぁ。懐かしいです。あの病院にアソッドが連れていってくれたんですよね?」
リオは懐かしみながら、右方にいるアソッドの顔をチラリと見た。
だが、アソッドはピンとこないような顔になり、首を捻る。
「うーん。ごめんなさい。覚えていません」
「後ろに見えるあの森の中にある大木の前で怪我を負い倒れていたスシンフリを、アソッドは助けてくれたんです。あの時のことを、リオは鮮明に覚えています。見ず知らずの人でも助けるあの優しさに触れて、リオも嬉しくなりました」
背後を振り返りながら、後方に見えた緑の木々に覆われた森をリオが指差す。
「確か、その翌日だっけ? アソッドがルスちゃんに捕まったのって……」
リオの背後にいたリズがボソっと呟く。その右隣でアルカナは腕を組んだ。
「ふーん。そうなんだ。つまり、この街からアソッド・パルキルスという存在が消される前日に、スシンフリを助けたってことかぁ」
「優しい人だったんですね。記憶を失う前の私って」
リオたちの話を聞いていたアソッドの呟きを耳にしたアルケミナは、彼女の顔を見上げる。
「そう。ムクトラッシュは貧しい人々に無償で薬を分け与えたことで栄えた医療都市。身元不明な人たちや身寄りがない人々を支援する活動家もいる。こんな街が誰にでも優しいアソッドを育てたのかもしれない」
「この街で私は生まれ育ったんですね。全く覚えていないけれど、この景色を見ているだけで、懐かしい気分になれます」
そう言いながら、アソッド・パルキルスが周囲を見渡す。
仕事へ出かける人々がアソッドたちを追い越していき、右方からは朝から外で遊ぶ元気な子どもたちの姿もある。
朝日が街を照らし、温かい風が街に向かい吹いていく。
何気ない日常の光景をキョロキョロと見渡しているアソッドに対して、リズは彼女の前で右手を差し出した。
「目的地の座標が分かっているのなら、今すぐにでも飛んだ方がいいんじゃない?」
「私も同意見」とアルケミナが賛同すると、アソッドは首を左右に振る。
「ちょっと待ってください。私は歩きたいです。何度も歩いたと思うあの道を自分の足で」
「そうそう。ここはアソッドの考えを尊重するべきだわ。まあ、アルケミナとリズは瞬間移動でイッキに病院まで行っていいけど、アタシはアソッドと行動を共にするつもり」
アルカナがアソッドの肩を持つ中で、リオは一歩を踏み出した。
「じゃあ、リオもアソッドと一緒に歩きます」
「ここから別行動。私とプリズムぺストールは一足先に病院に行ってくる」
「じゃあ、そういうことだから、またね♪」
アソッドたちの前でウインクしたリズがアルケミナと手を繋ぐ。
その一瞬で彼女たちは姿を消した。
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