第十五章 帰還

第99話 謝罪

 静かな星空の下にある住宅街。その中にある一軒家の階段を貧乳な低身長女子が昇った。

 その女の背中にはキレイな虹色の蝶の羽が生えていて、紫色の左目にEMETHという文字が浮かび上がる。

 そうして、木製の階段を昇り切った彼女、アルカナ・クレナーは目の前に飛び込んできた木製の扉の前で溜息を吐き出した。


「こういうことは、早く言わないと……」と小声で呟き、茶髪の五大錬金術師は扉に手を伸ばす。

「アルケミナ。起きてる?」

 開かれた扉から寝室の中に入ったアルカナは、首を左右に振りながら、部屋の中にいる銀髪の幼女に問いかけた。

 すると、ベッドの上に腰かけた共同研究者のウトウトとした顔がアルカナの目に飛び込んでくる。

 アルケミナは、眠たそうな目を擦りながら、寝室に入ってきたアルカナに視線を向けた。

「アルカナ。何の用?」

「ちょっと、話しておきたいことがあって……って、なんか眠たそうだね。いつもなら、この時間帯ならそんなことなかったのに」

 アルケミナと同じようにベッドの上に座ったアルカナが幼女との距離を詰めていく。

「この体になってから、夜更かしが苦手になった。体は年相応らしい」

「ふーん。そうなんだ」

 いつも通りに言葉を返したアルカナが無意識に右手をベッドマットの上に置く。すると、彼女の手に紙が触れた。

 気になった視線を向けると、地図が広げられていることが分かり、アルカナは首を傾げてみせた。


「これって明日行くムクトラッシュの地図だよね? もしかして、下調べ?」

「そう。地図上で怪しいところを探しておいた方が、効率的に探索できる。住民全員の記憶からアソッドの存在を消し去る術式を発動するなら、街の中心部が怪しい。そこで注目したのは、ムクトラッシュ病院」

 アルケミナが右手の人差し指で街の中心地にある病院の辺りを二回叩く。

「あっ、そこ知ってる。確か、二年前、近くの森の中で新種の薬草の作用を研究発表したところだ。その病院の地下に回復用の術式に関する研究施設があるんだっけ?」

 無表情な幼女の前でアルカナが声を弾ませた。

「その施設についても調べたら、興味深いことも分かった。どうやら、地下迷宮を改装して研究施設にしたらしい。そして、迷宮の地下道はムクトラッシュ全体に張り巡らせてある」

 そこまで話を聞いたアルカナはアルケミナの隣で腕を組んだ。

「ふーん。街全体を巻き込んだ術式を発動するにはピッタリな環境ってことね。とりあえず、そこが目的地なんだ!」

「そういうこと。どうやって研究施設に出入りするかはこれから考えるとして、まずはそこに行こうと思う。それで、アルカナは何をしに来たの?」

 相変わらず無表情な幼女に改めて問われたアルカナは「はぁ」と溜息を吐き出す。


 そうして、気持ちを落ち着かせると、アルカナはジッと隣に座る幼女に視線を向けた。

「あとでティンクやブラフマにも話すけど、まずはアルケミナに謝りたいの。EMETHシステムに不具合が起きて、被験者のみんなが大変な目に遭ってるでしょ? あれはアタシの所為なの!」

「アルカナの所為?」

「話したよね? ヒュペリオンを召喚して、十万人の対象者に能力を与えたあの日、スシンフリに襲われたアタシは、あの人に操られていた。その瞬間、私はヒュペリオン召喚する資格を失ってしまったの」

 そんな話をしたアルカナは瞳に涙を溜め、視線を天井に向けた。

「スシンフリの洗脳が解けた時、思ったんだよね。世界を巻き込んだ術式を発動しようとしたアタシに悪の不純物が混入された所為で、不具合が起きたんじゃないかって。だから、全部私の所為……」

「それは違う」

 懺悔の声をアルケミナに遮られ、アルカナは目を丸くする。

「何言ってるの? こんな大事になってしまったのは、アタシの所為で……」

「仮にアルカナの推測が正しいとしたら、洗脳を施したスシンフリにも責任がある。それと、スシンフリがアルカナを洗脳して自分の手駒にしたのは、アソッドを守りたかったから。つまり、アソッドの問題がなければ、スシンフリはあんなことをしなかった。悪いのは、アルカナじゃなくて、アソッドに重い十字架を背負わせたルス・グース。私はそう考えているから、アルカナは自分を責める必要はない」



「ふーん。そうやって許してくれるんだ。システムに不具合があったにも関わらず、解除方法すら探さず、スシンフリの側近として悪事に加担していたアタシを」

「洗脳されていたのなら、できなくて当たり前。もちろん、スシンフリのやったことを許すつもりはないが、アルカナは何も悪くない。それに責任を果たすのは今からでも遅くない。私と一緒にあのシステムを解除して、十万人の対象者たちを元の姿に戻すべき」

 無表情な幼女の口から飛び出す真剣な言葉に、隣に座ったアルカナはクスっと笑った。

「優しいね。ホントは一人でシステムを解除しようって考えてたけど、気が変わったわ。アタシもアルケミナに協力する!」

 明るい表情になった貧乳の五大錬金術師がベッドから立ち上がり、背中を半回転させ、ベッドの端に座る銀髪の幼女に視線を向けた。そうして、彼女は両膝を曲げ、目の前にいる小さな女の子と視線を合わせる。

「さて、子どもは寝る時間だよ。子どもが寝るにしてはそのベッド、大きすぎるからね。アタシが添い寝してあげる」

 からかうように笑うアルカナに対して、アルケミナは無表情のままで首を縦に動かした。

「別に構わない。この体になってから、クルスとも添い寝しているから」

「ふーん、相変わらず冗談が通用しないわね……って、クルスくんと添い寝してるの?」

 

 アルカナが 驚きの表情になってもアルケミナは表情を変えない。

「問題ない。今のクルスは女だから」

「ふーん、クルスくん女になったんだ。そういえば、珍しいね。アルケミナがクルスくんと別行動なんて」

「今日の午前中までは一緒だった。でも、ルクリティアルの森で聖なる三角錐の刺客が五大錬金術師の命を狙っていると知って、クルスは強くなりたいと言い出した」

「ふーん。珍しいね。アルケミナがそんな理由で別行動を認めるなんてさ」

「助手のやりたいことを応援するのも師の務めだとティンクに言われたから、仕方なく」

「熱意に負けちゃったんだ。それにしても、あの危険な錬金術研究機関がアタシたちの命を狙ってるなんて、知らなかったわ」


 目を大きく見開き驚くアルカナの目の前で、アルケミナは無表情のままで首を小さく縦に振ってみせた。

「アルカナにはまだ話していなかった。ルクリティアルの森でブラフマがラス・グースと名乗るヘルメス族の高位錬金術師に敗れた。ラスは自身を聖なる三角錐の刺客だと名乗っていたらしい」

「ラス・グースって、もしかして……」

「あとでカリンに確認するが、おそらくルス・グースの血縁者。ここからは、私の推測だが、聖なる三角錐はルス陣営の駒の一つに過ぎない」


「ふーん。邪魔な五大錬金術師を排除しようとしたんだ。確かに、そう考えた方が自然だね。そのことに危機感を覚えたクルスくんは、強くなってアルケミナを守ろうとしてるんだ。やっと理解できたわ」

 アルカナがスッキリとした表情を見せた隣でアルケミナが頷く。

「そういうこと。元の姿の四割程度のチカラしか引き出せない私をクルスは守ろうとしている。最も、私は負けるつもりはない」

「まあ、ルス・グースはアルケミナが元の姿に戻らないと倒せない相手っぽいね。今すぐにでも戦おうとするアルケミナをカリンは本気で止めてたから」

「そう。そのためにも、早く元の姿に戻る必要がある」

 真剣な表情でアルケミナ・エリクシナは強い決意を口にした。

 その隣でアルカナはアルケミナの小さな手を握った。

 





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