第73話 過酷な現実

「なるほど。事情は分かった」

 アルカナの話を聞いたアルケミナが身を震わせる。一方でフゥはティンクの背中から怯えながら顔を出した。

「そんなに近づいて大丈夫か? そいつはスシンフリの側近だ」

 男の子の問いかけを聞いたアルケミナは首を縦に振る。

「術者を気絶させなければ、また洗脳されてしまう可能性が高いが、今は大丈夫」

「つまり、スシンフリを倒せたら、みんなが元に戻るってことか?」

 フゥが希望に満ちた輝く瞳で、助けてくれた女の子に尋ねた。

「そうだと思う。スシンフリ以外にも術者がいる可能性があり得るが……」


 女の子の話を聞いたフゥは、勇気を振り絞って、ティンクの背中から前へ飛び出した。

 そうして、彼女の元へ駆け寄り、頭を下げる。

「頼む。助けてくれ!」

「言われなくても、そのつもり。この街を自分のモノにしたスシンフリを許せない」

 無表情で胸に正義感を燃やした幼女の声を聴いたフゥは、ホッとしたような表情になった。その瞳から涙がこぼれる。

「良かった。これでアイツらからみんなを取り戻せるんだ」


「その前に、スシンフリの仲間について教えてほしい。仲間の人数でもいいから、情報がほしい」

「うーん。俺が知ってるのは、黒い騎士たちが九人と、ディーブっていうスシンフリの部下が一人。それとそこにいる側近が一人。スシンフリ本人を合わせると、合計十二人だけど、それに加えてアイツらに操られていたみんなも仲間になっているから……」

 そういいかけたフゥが眉を潜めた。そんな仕草を近くで見ていたティンクは、右手を上げる。

「確か、シルフの総人口は、二千万人だったな。そいつら全員が敵か?」

「そうだ。俺以外のみんなは、スシンフリの仲間に……」

 フラフラになったフゥの体が倒れていく。それをアルケミナは咄嗟に支えた。


「大丈夫?」

 男の子の両肩を掴んだアルケミナは、ジッと気絶した男の子の体を観察する。弱弱しく痩せ細った軽い体。男の子の腹からは空腹を示す音が鳴りやまず、呼吸も弱くなっている。

「どうして?」

「言ったでしょ? この街はスシンフリのモノになったって。ほら、見たでしょ? この街の人たちの首元に紋章が刻まれてるの」

「ああ、そういえばそうだな」とティンクが頭を掻く。


「あれはスシンフリに忠誠を誓う証。それがなければ、この街では暮らせないんだよ。食料も売ってもらえないし、仕事もできなくなる。住処だって、紋章がないからって理由だけで不法侵入扱いされるの。そうなれば、黒騎士や操った住人たちが、紋章がない人たちを捕まえて、強制的に仲間にされちゃうんだ」


「酷い」と呟くアルケミナは背後を振り返って、アルカナの悲しそうな顔を見た。


「かわいそうだけど、この街で生きるためには、スシンフリの手駒になるしかない」

 非情な事実を打ち明けたアルカナの声を聴いたアルケミナが咄嗟に緑色の槌を取り出して、地面に叩きつける。

「許せない」と呟き、地面に刻み込まれた魔法陣の上に男の子を仰向けの状態で寝かせた。

 数秒後、緑色に光った魔法陣の上で、男の子の瞼がピクリと動く。

 

 ゆっくりと瞼が開いていくのを近くで見ていたアルケミナは、ティンクに視線を送った。

「ティンク……」

「ああ、分かっている。その子に食料を分ければいいんだろ?」

「そう。回復の槌を使ったが、まだ危険な状態。こんな状態ではスシンフリと戦えない。どこか安全な場所を探して、安静にする必要がある」


「悪いけど、この街に安全な場所なんてないよ。殆どの場所は、スシンフリに占領されているし、外に出るためには、東西南北にある4か所の門のうちのどこかを通らないといけない。この街から逃げようとした住民たちは、そこで捕まって、スシンフリの仲間にされたから、フゥくんを街の外に連れ出すのは難しいかも。門を通過するのが住民以外だったら、この街で起きていることを思い出せなくされるんだけどね」


 首を横に振り実情を明かしたアルカナに対し、アルケミナはティンクの顔を見て頷いた。

「ティンク。フゥを守りながら、この街から脱出して」

「待て。アルケミナ。まさか一人でスシンフリを倒すつもりか? 敵は数千万人規模だから、一人で戦うなんて無茶だ!」

 驚きを隠さないティンクの反論を耳にしたアルケミナは真剣な眼差しで仲間と顔を合わせる。

「アルカナと一緒なら大丈夫。確かにアルカナは爆弾を抱えているが、問題ない」


「ああ、なんか考えがあるってのは分かった。だけど、納得できない。俺は逃げないからな。フゥの安全を確保できたら、すぐに助けに行く」

 ティンクが頭を掻きながら決意の言葉を口にする。

 キメ顔になったティンクを見て、アルカナは溜息を吐いた。

「正直、そこまでカッコイイとは思わないなぁ」

 仲間の発言にティンクが苦笑いする。

 その直後、彼の背後で土埃が舞い上がる。

 異変を素早く察知したアルケミナとアルカナがキョロキョロと周囲を警戒する中で、ティンクが背後を振り返った。


 その瞬間、彼の目に空から体を縦に回転しながら落ちてくる女の子の姿が映り込んだ。

 桃色のショートカットが特徴的なその子の耳は尖っていた。

 

 ティンクは咄嗟に両手を伸ばし、落ちてくる女の子を受け止めようとする。

 だが、彼女の体は、ティンクの頭に激突してしまう。


 痛みを感じた頭を右腕で押さえた瞬間、その子は見事に地上に着地。それからすぐに、その子は巨漢に駆け寄り、頭を下げた。


「ふわぁ。ごめんなさい。ぶつかってしまって。痛くありませんでしたか?」

「ああ、そんなに痛くなかったが、ビックリした。いきなり、こんなかわいい子が……」


 言いかけながら、目の前に現れたかわいらしい女の子の体を見たティンクは目をパチクリとさせた。ピンク色の瞳をした女の子の胸はまな板のように平らだった。

「えっと、女の子でいいんだよな?」

「はい。女の子です」


 笑顔で答えるその子を一目見たアルケミナは警戒心を強める。

「ティンク、気を付けて。その子はヘルメス族だと思う。もしも、その子がスシンフリの仲間だったら……」

「大丈夫だ。こんなかわいい子があんな悪いヤツの仲間なわけないだろう」


 アルケミナの話を聞かないティンクは胸を躍らせながら、目の前にいるヘルメス族の少女に話しかけた。

「ところで、お嬢ちゃんの名前は?」

「リオです」

「そうか。リオちゃんか。どうして空から落ちてきたんだ?」

 そうティンクが首を傾げると、リオは後ろを振り返りながら、数メートル先を指差す。土埃が消えた先では、黒い鎧を纏う騎士が仰向けの状態で倒れていた。


 そんな光景を目の当たりにしたティンクは目を丸くする。


「まな板の姉ちゃん。あの黒騎士を倒したのは、お前か?」

「はい。そうですよ。この街へ行ったきり戻ってこないウチの助手を探して、来てみたら、あの騎士に襲われました。それで、あの騎士を倒した反動であなたにぶつかってしまったということです。ところで、あなたたちはディーブという錬金術師をご存知ですか? 同じヘルメス族の男の子で、お河童頭の……」


 リオの事情を知ったアルケミナが「ディーブ」と呟く。その隣でアルカナは右腕を挙げた。

「その人なら、スシンフリと一緒にいると思う」

 アルカナの答えに反応したリオは体を半回転させ、声がした方に視線を向けた。

「ふわぁ。本当ですか? ありがとうございます」


 嬉しそうに笑うリオは、アルカナに頭を下げた。

「良かったな。まな板の姉ちゃん。それで良かったら、俺たちの仲間にならないか?」

 ティンクが近くにいるはずのリオに声をかける。だが、近くにいたはずのリオはいつの間にか、アルケミナの近くまで駆け寄っていた。

 情報を教えてくれた女性の隣にいる銀髪の女の子を一目見たリオは目を輝かせながら、女の子の頭を優しく撫でる。

「ふわぁ。かわいいです」

 自身をかわいがろうとする初対面の相手に対しても、アルケミナは無表情。

 小さな女の子に優しくする仕草を近くで見ていたティンクは、微笑ましく思った。

 

 その間に、アルケミナはリオに尋ねる。


「リオ。スシンフリというヘルメス族の錬金術師のことを教えてほしい。それとあなたの助手だっていうディーブのことも」


 そんな幼女の問いかけを聞いたリオは、一瞬顔を曇らせたかと思うと、すぐに瞳を閉じた。

「ふわぁ。良かったです。これでリオも戦えます」


 リオの呟きを不思議に思うアルケミナの隣で、アルカナは頭を両手で押さえた。

 それからすぐに、リオは瞳をゆっくり開ける。

 その瞳の色はピンクから赤に変わっていて、表情は今までの優しそうな雰囲気から冷酷なモノへと変化している。


「スシンフリ」

 突然目の前に現れた街の支配者の名前をアルカナが呼び、周囲は緊迫の空気が流れ始めた。

 


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