第72話 突然の襲撃者

「お前、スゴイな。スシンフリの側近を一撃で倒すなんて……」

 土埃が舞う中で、激闘を目撃したフゥは目を大きく見開いて驚きの声を出した。

 それに続き、フゥの近くにいたティンクも拍手する。

「アルケミナ。何をしたんだ? 早すぎて見えなかったが……」


「大したことない。アルカナの能力を創造の槌とこの剣で打ち破っただけ。この剣にはクラビティメタルストーンの他に、空気中を漂う元素の成分も入っているから、それを盾にぶつけたら、同じ元素が反応しあう。それを元に固く変化した元素を導き出して、それを創造の槌で元に戻したら、アルカナを守っていた盾は崩壊する。その隙を狙って、一撃を当てることがきたら、倒せる」」

 アルケミナは、そう説明しながら、右手に持っていた黒い太刀を振ってみせた。

 それから、すぐにティンクの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

「アルケミナ、そういえば、なんで温浸水柱の槌を使わなかったんだ? アルカナも不思議がっていたが、いつものお前なら得意のアレを使って、敵との距離を詰めていたはずだ」

「特に意味もないのに、創造の槌を片手で持ちながら戦っていたら、警戒されて、作戦が失敗する可能性が高くなる。あの作戦は1秒の狂いが命取りになるから、片手で創造の槌、もう片方の手で剣を持ちながら戦わないとダメ」

「理由の説明になってない。お前なら槌を使わなくても、人差し指だけで術式を記して、水の柱を召喚することもできたはずなんだ」

「確かに、それも方法の一つだけど、この街の異変に関して気になることがあったからできなかった」

「気になることだと?」

「無風状態なだけじゃない。風の力も弱くなっている。私の計算だと、1回空気を創造の槌で叩いただけで、上空10メートルの位置にいたアルカナに届くはずだったのに、あの時、私は2回も叩いた。最初に乱気流を発生させた時から、威力が弱まっていることは確信していた」

 

 銀髪の幼女は軽く説明しながら、視線を目の前であおむけ状態で気絶しているアルカナに向ける。同時に視線の先で金髪スポーツ刈りの男が立ち上がった。


「餓鬼!」と叫びながら、マエストロがアルケミナとの距離を詰めるために素早く足を動かす。そんな彼を見て、立ち止まったアルケミナは溜息を吐いた。

「時間の無駄」

 瞳を閉じ、右手人差し指を立て、空中に素早く魔法陣を記す。そうして、瞳を開け、残忍な殺人鬼の姿を捉えた彼女は、右手人差し指に浮かぶ魔法陣を自らに戦いを挑もうとした彼に飛ばす。


 その瞬間、マエストロの体に強烈な電流が駆け巡った。

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴が静かな街に響き、男が何もできずうつ伏せに倒れ込む。そんな彼のことを気にも留めずに、アルケミナはアルカナが気絶している場所に向かい、一歩を踏み出す。


「やっぱり……」


 アルカナが気絶している場所に辿り着いたアルケミナは、ジッと彼女の体を観察した上で呟いた。そんな声を聴き、ティンクが首を捻る。

「なんだ?」

「アルカナの腹部に特徴的な切り傷がある。そこから黒色の煙が出ている。これは、妖刀傀儡で付けられたモノ。アルカナは、その使い手に負けて、操られていたんだと思う。あの剣で斬られた人が気絶したら、傷口から黒い煙が放出されるから……」

 後方にいるティンクに説明している間に、アルカナの瞼が動く。


「……うっ……アル……ケミナ。なんで……」

 ゆっくりと瞼を開けたアルカナは、飛び込んできた仲間の顔を認識する。

 傷口から放出されていた黒煙が消え、瞳に光が宿り、意識を取り戻したアルカナは、体を起こして、立ち上がった。

 そんな彼女の様子を近くで見ていたアルケミナは、瞳に光を取り戻した彼女の顔を見つめる。


「アルカナがシルフにいると知って、探しに来た。それで、何があった?」

「ふーん。探しに来てくれたんだ。こうやって、自由に話せてるってことは、アルケミナがアタシの洗脳を解いてくれたんだぁ。あんまり覚えてないけど」

「ちゃんと、質問に答えて」

「あの儀式の日の直前、アタシはあの男、スシンフリに襲われたんだよ」


 アルカナは体を起こしながら、瞳を閉じた。



 あの日、アルカナ・クレナーは、シルフに昔から存在している空中神殿の中で「はぁ」と息を吐き、外の景色を見つめた。

 

 漆黒の幻想曲で空が暗闇に包まれていく中、アルカナが耳にしたのは、外から聞こえてくる熱狂する人々の声。


 儀式が始まるまであと5分。気を落ち着かせようと瞳を閉じようとした瞬間、彼女の瞳に白い影が飛び込んできた。


 漆黒の剣を構えた影が放つ斬撃が見えた瞬間、アルカナは咄嗟に右手人差し指を動かし、空中に魔法陣を記す。

 

 自身の体を後方に飛ばしながら、指先に浮かぶ魔法陣を飛ばし、斬撃を受け流す。緑色の支柱に斬撃が突き刺さり、破片と埃が飛び散った。


「誰? 五大錬金術師の命を狙うとか、何考えてるの?」

 首を傾げながら、彼女は近くで動く影をジッと見る。そのうち、目が暗闇に慣れてきたアルカナは、白いローブで身を隠す男の姿を認識した。

 自分と同じくらいの身長の襲撃者は、漆黒の細い剣を腰に付けられた紫色の鞘に納めてから、右手を前に伸ばす。


「ボクの名前はスシンフリ。ボクはキミのような錬金術師を探していたんだよ。アルカナ・クレナー」

 そんな仕草を見て、アルカナはクスっと笑った。

「プロポーズ? 悪いけど、いきなり襲い掛かってくるような人と結婚とか、勘弁してほしいなぁ」

「キミは少々誤解しているようだ。ボクは好きな人がいるからね。これはプロポーズではない。ボクとキミを共同研究者にしたいんだ」

「はぁ、いるんだよねぇ。そうやって優秀な高位錬金術師を引き抜こうとする人。悪いけど、そういう話は、フェジアール機関を通してからにしてほしいなぁ」

 溜息を吐いたアルカナが男に背中を向ける。そんな反応を示した五大錬金術師の背中を見たスシンフリは頬を緩めた。

「残念だ」


 そんな声を背後から聞いたアルカナが目を大きく見開く。いつの間にか、目の前に白いローブの男が立っていたことに驚く彼女は、腕を組んだ。

「ふーん。あなた、ヘルメス族だったんだぁ。初めて会ったかも♪」

「アルカナ。外が妙に騒がしいと思わないかね?」

「そういえば、そうね。どうせ、みんなが騒いでいるだけ……」


 言いかけた瞬間、外界から響く音は熱狂から悲鳴に変化する。その異変を察知したアルカナの頭に嫌な予感が過る。


「それはどうかな? キミに面白いモノを見せてあげよう」

 男が鼻歌混ざりでスキップしながら空中に魔法陣を記す。それを前方にある白い壁に当てた瞬間、外の様子が鮮明に映し出された。


 映し出されたのは、逃げ惑う人々。数万人規模の住人たちが、黒色の甲冑姿の騎士たちに追いかけられていた。

 恐怖に怯える人々の顔を目の当たりにしたアルカナは、ジッと前方に立つスシンフリを睨みつける。


「何してるの?」

「見ての通りさ。この街をボクのモノにする。街やそこで暮らす人々、全てがボクのモノになる。素晴らしいことだと思わないかね?」

 両手を広げて、体を半回転させた独裁者と対峙したアルカナが腕を組みなおす。


「ふーん。なるほどねぇ。あなたのような独裁者を倒したら、好感度上がりそう♪」

「それがキミの答えか? アルカナ・クレナー。後悔するがいい!」


 奇声を叫ぶヘルメス族の騎士が、鞘に納められた漆黒の細い剣を抜き取る。その仕草を目の前で見ていたアルカナは、咄嗟に緑色の槌を取り出す。

 それを素早く叩こうとした瞬間、いつの間にか、手にしていたはずの槌が石畳の上に落下した。

 瞬きの間に、白いローブで身を隠す騎士がアルカナの眼前に迫る。


「ウソ」と呟く五大錬金術師は、後方に飛びながら、右手人差し指で素早く魔法陣を記す。振り下ろされようとする剣先に向けて、生まれた空気の渦を飛ばし、斬撃を逸らした。

 それからすぐに、両手の指を素早く動かす。その直後、アルカナの指先に浮かんだ十個の円盤が、彼女の溜息と共に前方へ放たれる。

 すると、襲撃者の周りを白い煙が包み込んだ。周囲を粉々になった石が漂い始めていく様を見てから、アルカナは瞳を閉じた。


「はぁ。これで自慢できるわ。儀式の前にシルフを乗っ取ろうとした悪人を撃退できたって」


「そうやって、結論を急ぐのは、錬金術研究者失格だな」

 どこかから男の声が聞こえたアルカナは、鳥肌を立てた。その直後、体を引き裂かれたような激痛が彼女を襲う。

 何も分からないまま、悲鳴を上げた五大錬金術師の体は仰向けに倒れていく。そうして、体が石畳の上に叩きつけられる直前、無傷の襲撃者は、彼女の前髪を右手で強引に掴んだ。


「ウ……ソ……なん……で」

 弱弱しい声が五大錬金術師の口から洩れ、男は頬を緩める。

「あれはキミが得意な高位錬金術かい? 同時多発的に空気を引き裂く円盤を放つそのチカラをボクのために役立ててほしい」

「イ……ヤ……」

 無理矢理に膝立ちのような状態にされたアルカナは男を睨みつけた。そんな彼女の仕草を気にしないスシンフリは、彼女の腹部に付けられた大きな傷口に自分の左手を伸ばす。


「安心しろ。命だけは助けてやる。そして、これからキミが行おうとしている儀式も実施して構わない。それから、キミはボクのモノになる」

 スシンフリが左手で傷口に触れると、アルカナの瞳から光が消えた。

「いやぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!」

 貧乳短髪女子の絶叫が空中神殿に響く。やがて、彼女の体は暗闇に呑まれていった。

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