第74話 霊異の音楽家

「アルカナ・クレナー。心配していたんだよ。ボクとの繋がりが途切れたから」

 スシンフリが冷酷な瞳で正気を取り戻したアルカナの瞳を見つめた。それと同時に、アルケミナが街の支配者の顔を瞳に焼き付ける。

「スシンフリ。もうあなたの思い通りにならないから」

 強い意志を胸に宿したアルカナが舌を出す。そんな仕草を見たスシンフリは両腕を広げながら、アルケミナたちに歩み寄った。


「キミを倒したフェジアール機関の五大錬金術師。彼らのチカラもボクは評価しているんだ。人為的にヒュペリオンを召喚できた高位錬金術師集団なんて、そうそういないから。つまり、キミたちのチカラには価値がある。ボクのために使うチカラとして相応しいと評価しているのだよ。さあ、ボクの仲間になってくれないか? 悪いようにはしないからさ」



 自信満々な独裁者が、アルカナから視線を逸らし、彼女の近くにいるアルケミナとティンクの姿を瞳に映しだす。

 それから、すぐにティンクが一歩を踏み出した。


「断る。俺はお前を許さない。性別を偽って俺たちに近づいたからだ!」

 鬼のような形相で小柄な独裁者を睨みつけるティンクと顔を合わせたアルケミナはジド目になった。

「ティンク。怒るポイントが違う」

「コイツは俺を騙した。それが許せないんだ! 俺はオカマ野郎が大嫌いだ!」

 そんなやり取りを見せられたスシンフリはクスっと笑う。


「行方不明になった助手を探しに来たっていう件はウソだけど、それ以外はホントさ。リオはボクの胸の中にいるし、ディーブは正真正銘、ボクの助手。正確に言うと、リオの助手かな? ともかく、リオをオカマ呼ばわりするのは、やめてほしい」

「胸の中に……」と気になることをアルケミナが呟く。すると、スシンフリは両手で胸を押さえた。


「そう。この際、正直に告白すると、ボクはリオの中で生まれたんだ。ヘルメス族の過酷な錬金術修行を受けたリオは、ボクのような男の子の人格を生み出した。さて、キミたちは素直に仲間になるつもりはなさそうだな。残念だ。黙ってボクのモノになれば、良かったって後悔するがいい!」


「ふーん。フェジアール機関の五大錬金術師にケンカ売るんだぁ。こっちは三人もいるし、全員が錬金術を凌駕する能力が使えるんだよ? 今から仲間を呼んでも遅い」

 啖呵を切ったアルカナに同意するように、アルケミナも首を縦に振る。

「アルカナの言う通り、こちらが有利。これ以上は時間の無駄だから、みんなを元に戻して、大人しく罪を償った方がいい」

「それはどうかな? キミたちは誤解しているよ。まずは、アルカナ・クレナー。キミを取り戻そう」


 不敵な笑みを浮かべるスシンフリは、左手の人差し指を立て、素早く魔法陣を宙に記す。すると、次の瞬間、アルカナの腹に付けられた傷から、黒煙が放出され始めた。

「なんで……」と呟くアルカナの体が黒い煙に包まれていく様子を近くで目撃したアルケミナは、すぐに彼女の元へ駆け寄る。

 そんな彼女の動きを横目で見ていたスシンフリは、右手で漆黒の槌を叩き、召喚された黒色に染まった長刀を片手で握った。

 そうして、瞬時にアルケミナの目の前に姿を現し、剣を振るう。

 それよりも先に、アルケミナも朱色の槌を素早く叩く。

 召喚された朱色の太刀でスシンフリの剣を薙ぎ払う銀髪幼女と対峙した独裁者は、頬を緩めた。


「フェジアール機関の五大錬金術師、アルケミナ・エリクシナ。キミの錬金術を瞬時に使いこなすチカラは素晴らしく、評価に値する。さすがは、創造の槌に選ばれた高位錬金術師だ。ボクの仲間の黒騎士を一撃で撤退させたのは、キミが初めてだよ。だが、キミはボクたちには勝てない」

 アルケミナは疑問に思いながら、前方にいるスシンフリに視線を向けた。そこにいた独裁者の左手には、いつの間にか黒い長方形の物質が握られている。

 スシンフリがそれを左手の親指で一回触った瞬間、アルケミナの頭の中で音が弾けた。

 頭の中で心を落ち着かせるようなキレイな音色が響き、片手で持っていた太刀が地面へ落ちていく。


「アルケミナ・エリクシナ。ティンク・トゥラ。もうキミたちはボクたちに勝てない。彼女の体に施しておいた再洗脳術式の効果で、アルカナはキミたちを助けられない。これ以上は時間の無駄だから、大人しくボクのモノになった方がいい」

 自信満々な表情でスシンフリはアルケミナに歩み寄る。同時にティンクは、右手を握って、アルケミナの元へ駆け出した。

 その動きを瞳に映したスシンフリは頬を緩める。

「動けたとしても無駄だ。今のキミはボクに勝て……」

 言い切るよりも先に、ティンクは拳を突き上げた。風圧と拳がスシンフリの体に当たる直前、自信満々な独裁者は、体を後方に飛ばす。


「どうした? 勝てないって言いたいんだろ?」


 力が抜けていく不思議な感覚を味わっているアルケミナの隣でティンクが言い放つ。

 予想外な展開にスシンフリは首を傾げた。

「何をした?」


「それはこっちのセリフだ。俺たちに近づいてきたリオが俺とアルケミナの体に、何かの術式を施しただろ? その左手で持ってるヤツを使って、術式を発動したらしいが、俺には効かない。能力を使えば、気合いで打ち消せるからな!」


「アルカナと同じくらい厄介な能力で、霊異の音楽家の異名を持つリオの術式を打ち破るとは非常に興味深い。さあ、ティンク・トゥラ。ボクのモノになってくれたら、シルフで暮らしていた人口の半分を開放してあげよう。彼らの体に施した洗脳術式も解除して、この地から逃がす。キミがボクのモノになるだけで、一千万人の人々が自由になるんだ。悪い話じゃないだろう?」


「断る。お前は、約束を守るようなヤツには見えない!」

 強く首を横に振ったティンクが、戦意をスシンフリに向けた。

 すると、スシンフリが両手を叩く。


「交渉決裂か。まあ、いいだろう。さあ、黒騎士八号。アルケミナ・エリクシナに敗れたキミに最後のチャンスをあげよう。この場にいる五大錬金術師を捕えることができれば、キミの失敗は水に流してあげよう」


 同時に、近くで仰向けに倒れていた黒騎士が起き上がる。その騎士の背中には、Ⅷという白い数字が刻まれていた。


 倒れたフリを続けていた黒騎士が剣を抜き、一瞬でティンクとの距離を詰める。


 黒騎士が剣を振るうのよりも先に、ティンクは鋼色の槌で宙を叩き、召喚された鋼の盾を左手で掴む。

 黒騎士たちが放つ斬撃を防ぐように、盾を動かし、攻撃を弾く。


「やはり、今のボクの仲間のチカラでは、キミほどの高位錬金術師を気絶させることすらできないようだ。キミは素晴らしいよ。キミのチカラはボクのために使うべきだ」

 スシンフリの拍手と同時に、黒騎士は体を後ろに飛ばす。

 そのあとで、スシンフリは左手で握っていた黒い端末を親指で2回触り、頬を緩めた。


 すると、間合いを取っていた黒騎士が長刀を構え、前方へ駆け出していく。

 視界に捉えた黒騎士が、剣を振るったのを見たティンクは、先程と同じように、盾で斬撃を弾いた。

 だが、それは黒騎士の斬撃が当たった瞬間に崩れてしまう。


 先程とは違う衝撃を肌で感じ取ったティンクは、近くにいたアルケミナの右腕を掴み、騎士たちに背中を向けて、走り出す。


「なんだ、コイツ。見違えるくらい、強くなってるぞ」

「これもリオの高位錬金術の効果だと思う。あの時、スシンフリは私の時と同じように、端末を操作していた」

 アルケミナの考察が聞こえたのか、スシンフリの拍手の音が静かな広場に響いた。


「正解。さすが、フェジアール機関の五大錬金術師だ。まあ、そうやって逃げていても、捕まるのは時間の問題。何もできない子供を二人も守りながら、ボクたちを倒せるわけないからね。さあ、黒騎士八号。一撃で気絶させなさい」


 スシンフリの高笑いを聞きながら、手にしていた端末のボタンを十回タッチする。

 その間にティンクは倒れているフゥを左手で抱えた。

 その直後、ティンクの背後に迫った黒騎士が黒く光らせた剣を振り下ろす。

 衝撃が全身を駆け巡り、背中に付けられた傷から血が垂れていく。


「……残念だ」


 意識が飛びそうな痛みに歯を食いしばって耐えたティンクが背後を振り返る。

 それと同時に、血が花びらのように飛び散り、ティンクは顔を強張らせた。


「キミのチカラを最大限まで引き出してあげたのに、一撃でティンク・トゥラを気絶させられなかったか。どうやら、ボクはキミのチカラを過信していたらしい」


 黒騎士の腹に刺さっていた刀が引き抜かれた。

 ティンクと対峙していた黒騎士の体がうつ伏せに倒れていくと、残忍な目をした独裁者の顔が浮かび上がる。

 

「お前、仲間を……」

 非道な行為を目の当たりにしたティンクが叫ぶ。だが、スシンフリは気にする素振りを見せず、端末のボタンを押していた。

「弱い騎士は必要ないからね」


 いつの間にか、スシンフリの真横に別の二人の黒騎士が出現し、ティンクを目指して駆け出した。


「クソッ」と声を漏らしながら、巨漢の五大錬金術師が右腕で抱えていたアルケミナの体から手を離した。

 そうして、右手を自由にした彼は右腕を後ろに伸ばした。


「アルケミナ。逃げろ!」と叫ぶのと同時に伸ばされた右手の人差し指で素早く円を描き、浮かび上がった魔法陣を地面に落とす。


 その一秒以下の間にティンクの背後から迫った黒騎士たちが長い刀を振り下ろす。

 だが、その斬撃はティンクに届かない。目の前に出現した何かに阻まれた衝撃で、黒騎士たちの体が後方に飛ばされていく。


 周囲を土埃と細かくなった石の粒子が舞う中で、ティンクは再びアルケミナを右腕だけで抱え、振り返ることなく、素早く足を動かした。

 

 一方でスシンフリは、黒色に染まった長刀を上下左右に振った。

 土埃が消えていくのと同じく「はぁ」と息を吐いてから瞳を閉じる。

 

 瞼が開き、取り戻された穏やかなピンク色の瞳は、目の前を塞ぐ巨大な石壁を映し出す。


「ふわぁ。すごいです」と石壁を見上げて呟くリオは、体を半回転させた。

 そうして、周囲を見渡し、三人の黒騎士を認識した彼女が溜息を吐く。


 その間に尻餅をついていた二人の黒騎士が立ち上がった。

 それから近くで血を流して倒れている三人目の黒騎士を認識したリオが、瞬時に薄いピンク色の槌を叩く。


 地面に刻まれた魔法陣の上に出現したピンク色のショルダーキーボードを手にしたリオは、「はぁ」と息を吐いた。

 そうして、キーボードに繋がれた白いベルトを右肩から斜めにかけ、視線を背後を振り返りながら、石壁に視線を送る。


「この壁の遮音性が分からないけど……」

 疑問を頭に浮かべたリオは、首を左右に振り、キーボードを叩いた。

 癒しの音色が響き、黒騎士たちの体が白い光に包まれていく。

 赤い傷口も塞がれていき、瀕死状態だった黒騎士が体を起き上がらせる。


 それを見てホッとしたリオは、演奏をしながら視線を近くで倒れていた黒騎士に向ける。


「黒騎士八号。あなたはヘルメス村に戻っていいです。そこでちゃんとした治療を受けてもらいます」

 リオの優しい微笑みに対し、首を縦に動かした黒騎士は、リオの前から一瞬で消えた。



 そのころ、アルケミナはシルフの街中を全速力で走っていた。そんな彼女の右隣を気絶したフゥを抱きかかえたティンクが並走している。


 荒い息を吐きながら、周囲を警戒して、素早く足を動かす。

 そんな中で、同じように走っていたティンクが声を漏らした。


「なんだ? 痛みが消えてるみたいだ」

 そんなティンクの声を聴き、彼に視線を向けたアルケミナは目を丸くした。

 彼の体は白い光に包まれ、背中に刻まれた傷も消えていく。


 謎の現象を目の当たりにしたアルケミナの目に狭い通路が飛び込んできたのは、それからすぐのことだった。

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