第45話 交換会を開催する少女

 数十軒の商店が向かい合う形で建ち並ぶ商店街に二人が訪れたのは、それから五分後のことだった。その店と店の間には、人が一人入れそうな狭さの路地がある。

 右方に見える灰色のシャッターが閉まった正方形の店舗の前で立ち止まったアルケミナは、助手と向き合うように立ち、顔を見上げた。


「クルス。私はこの辺で物色しているから」

「やっぱり、別行動なんですね?」

「その方が効率的に動くことができる。とりあえず、食材と錬金術の素材を確保したい」

「先生。一応正確な待ち合わせ場所を決めた方がいいと思いますが……」

 クルスの提案を聞き、アルケミナは小さく縦に頷いた。

「そう。この店の前が待ち合わせ場所。三十分後、ここに集合。時間厳守」

「分かりました」と元気よく答えた助手と顔を合わせた小さな五大錬金術師

 は、無表情のまま背を向け、歩き出した。

 

 そんな彼女の後ろ姿が見えなくなり、クルス・ホームは深く息を吐き出す。


 それから、数軒先にある二階建ての長方形の建物へ向かうと、突然、誰かがクルスの右腕を掴んだ。

「えっ?」と驚き、視線を右に向けると、五大錬金術師の助手の瞳に灰色のローブを着た人物の姿が飛び込んでくる。フードで顔を隠した謎の人物は無言のままで、強引にクルスの右腕を引っ張り、目の前にあった路地に連れ去った。


 店と店の境界線になっている舗装されていない狭い路地は、当然のように人通りがない。そんな場所に連れてこられたクルス・ホームは、身を捩り、右腕を掴み拘束する謎の人物の手を振りほどいた。

「いきなり、何ですか?」と怒りを露わにするクルスと顔を合わせた謎の人物がクスっと笑う。その身長はクルスより一回り小さく、小さな胸の膨らみに女性らしいボディラインが浮かび上がっている。

「やっと見つけた。クルス」 

 その声を聴き、クルス・ホームは目を丸くする。そのまま、謎の人物はフードを脱ぎ、黒髪セミロングの女の姿を晒す。正体を現した茶色い瞳の女は右手を振った。

「探したんだよ。クルス」

「ノア姉ちゃん、なんでここに!」と驚き、目を見開いた弟に対して、ノアは優しく微笑む。

「もちろん、クエスト受付センターの仕事を辞めて、行方不明の弟を探してたんだよ。EMETHシステムの一件を受けて、フェジアール機関の五大錬金術師が雲隠れしたって報道されてたからね。あれから、クルスとも連絡できなかったから、多分失踪中のアルケミナ・エリクシナと行動を共にしているんじゃないかって思って、旅を続けていたってわけ。そうしたら、この街で偶然、クルスを見かけて、尾行してた」

「そこまでして、僕のことをって、今はそれどころではありません。時間がないんです!」

「もう、感動の再会ムードを壊さないでよ。忙しいのは分かるけど、これから喫茶店でお茶でもしようと思ったのに!」

 腹を立てる姉に対して、弟は宥めるように両手を広げた。

「心配かけて悪かったけれど、この通り元気でやってるから……」

 

 その瞬間、空気が一変し、クルスの全身に鳥肌が立った。目の前にいるノアの表情がうっとりとして、口元から涎が垂れ始める。頬も赤く染まり、茶色い瞳にはピンク色のハートマークが浮かぶ。


「はぁ。はぁ。はぁ。もう我慢の限界。愛しの弟が妹になったなんて、最高の展開だわ。筋肉が発達した男らしい体もいいけど、今の女性らしいシルエットもいい。私の数十倍は大きい胸、触りたい。いや、触らせろ!」

 グイグイと距離を詰めていく姉と顔を合わせたクルスが引き顔になる。

「ノア姉ちゃん、やめてください!」

「女体化した弟との再会を祝して、マッサージしてあげよう。そのあとで、かわいい衣服を買いに行こうではないか! そんな男モノのジーンズより、ミニスカートの方がかわいいよ! お姉ちゃんがいっぱい買っててあげるから」

「お断りします! 失踪中のブラフマさんたちの情報収集で忙しいんです!」

 強く言い放ったクルスの声を聴き、ノアは両手を合わせた。

「ごめんなさい。数年ぶりに再会した弟が女になってって、つい興奮しちゃいました。ああ、その怒った顔、なんと愛おしいのでしょう。今すぐにでも連れ去りたい」

 そう呟いた瞬間、いつの間にか、クルス・ホームはノアの前から姿を消した。慌てて、路地を飛び出し、周囲を見渡しても、ノアの目には弟の姿は映らない。



 一方で、クルス・ホームは目の前にあった五大錬金術師のファンショップ、『ヴァッターマーケット』に飛び込んだ。


 周囲を警戒しながら、自動ドアを潜ると、開けたイベントスペースの一階に辿り着く。

 床は白いタイルで埋め尽くされていて、多くの五大錬金術師ファンたちが雑談をしている。壁の端に沿うように黒い長方形型の機械が三台置かれ、その前には数十人の人々がお金を握り締めて並んでいた。


 そんな時、突然、少女が大声で五大錬金術師を愛する者たちへ呼びかけた。


「すみません。どなたかブロマイドを交換してくださりませんか?」

 

 クルスが周囲を見渡していると、十八歳くらいに見える、かわいらしい少女の姿が飛び込んできた。その声を聴き、茶髪に黒サングラスを掛けた色白の若い男が歩み寄る。


「姉ちゃん。何が欲しいって」

「ガチャ限定イラストのテルアカ様のブロマイドが欲しいのです。レアリティは何でもいいので。このファイルから自由に好きなブロマイドを選んでください。ガチャ限定ブロマイド、エスアール以上のヤツを三十枚程所持しています!」


 そう言いながら、彼女が手にしていた水玉模様のファイルを広げてみせた。そこにはレアなブロマイドがズラリと収められている。このファイルの中には、男が欲しかったものも含まれていて、交換を申し込もうとしていた彼は目の色を変えた。


「本気かよ。お前ら聞いたか! ここに神がいるぜ!」


 男が大声を出し、彼女の周りにファンたちが集まった。そのファンたちの手には、黒縁眼鏡をかけた優男のブロマイドが数枚握られている。

 その光景に依頼した少女は途惑いの表情を浮かべた。


「えっと。まさかこんなに集まるなんて思いませんでした。とりあえず、邪魔にならないように、一列に並んでくださいね。あっ、こっちは被っても大丈夫です。」


 ファンたちは五大錬金術師のブロマイドに執着している。交換を申し込むと叫べば、光に吸い付く虫の如く集まる。


 そんな異様な空間を目の当たりにしたクルスは、改めて若い女の顔を凝視した。漆黒に染まったショートボブヘアに二重瞼、黒子一つない綺麗な肌。十代後半に見える低身長の少女は、水色のワンピースを着ている。

 そんな彼女は、微笑みながら一枚一枚ブロマイドを交換していった。


「姉ちゃん。一ついいか? どうしてこんな交換を申し込んだ。いらないブロマイドは売れば金になるのに……」

 そんな疑問の声が飛び出し、女はクスっと笑った。

「簡単なことです。ガチャ限定ブロマイドをゲットしようと所持金を投資したら、一枚もテルアカ様のブロマイドが手に入らなかったからです。正直な話。運がなかったということですよ」

「いやいや。何回やったのかは知らないけど、一番珍しいスペシャルのアルケミナを三枚も所持しているなんて、相当な運の持ち主だ」


 交換相手の男はあっさりと少女の話を否定してみせる。それを聞いた少女はかわいらしい笑顔を見せた。

 男は納得し、テルアカのブロマイドを渡した。


「テルアカさんの熱狂的なファンでしょうか?」

 クルスは小声で呟き、店内で交換会を開催する少女の顔を見る。

 その女はクルスに顔を見られていることに気が付いたのか、一瞬クルスと顔を合わせた。

 あの少女にテルアカについて尋ねたら何か分かるかもしれない。クルスはそのように考え、行列を見る。

 現在行列に並んでいるのは十人の男達。交換に一人一分かかるとすれば十分後に彼女は交換会から解放される。

 クルスは一瞬行列に並び、少女と接触しようと考えた。だが、頭にアルケミナの顔が浮かぶ。

「先生だったら行列に並ぶより、店内での聞き込みを優先するはず」


 クルスは小さな声で呟き、行列を無視して店内を徘徊する。

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