第46話 アソッド・パルキルス

 二階へと続く緩やかな階段を昇りきると、開けた空間が広がる。白い床の上に並ぶ多くの棚には、五大錬金術師のグッズが陳列されていた。

 中央に位置するレジを中心に四つに区切られた店内には、多くの五大錬金術師ファンたちが集まっている。



 入口を抜けた先にあるティンク・トゥラのグッズを集めたコーナーにいた筋肉を鍛え上げた男たちに視線を合わせることなく、クルス・ホームは時計回りにブースを回っていった。

 そうして、アルケミナ・エリクシナの助手が次に辿り着いたのは、アルカナ・クレナーのグッズコーナー。

 そこに足を踏み入れた瞬間、クルスの目に茶髪ショートカットで、ピンク色のフリル付きスカートが似合いそうなかわいらしい貧乳低身長女子の等身大パネルが飛び込んでくる。その隣では、多くのアルカナファンたちが記念写真を撮影していた。


 そんな空間の中で、クルスは周囲を見渡し、書籍を取り扱った棚の前で腕を組み唸り声を出す長身の男に視線を向ける。それからすぐに、男の元へと歩みを進めたクルスは、彼の右隣に立った。


「すみません。少しいいですか?」

 見知らぬ女の声を聴いた男は顔を上げ、視線を右に向けた。すると、美しいクルスの顔と大きな胸に見惚れた男の頬が赤く染まっていく。


「なっ、何だい? あっ、怪しい錬金術研究機関への勧誘だったら、お断りだよ!」

「違います。お兄さんに聞きたいことがあるんです。アルカナさんを最近どこかで見たなんてことはありませんよね?」

「ああ、行方不明のアルカナちゃんの居所を突き止めようとしているのか? 」

 そう男が聞き返すとクルスは首を縦に振った。

「はい。僕はこう見えてアルカナさんのファンなんです。アルカナさんは二か月くらい前から行方不明ですよね? それでファンとして気になっているんですよ。どこかに隠れ家みたいな場所があって、ほとぼりが冷めるまで雲隠れしているのではないかって思うのですが……」


 男はクルスの言葉に騙され、両手を一回叩く。

「そうか。ファンとして一度でいいから本物に会ってみたいよな? だったら、面白い情報があるぜ。二日くらい前に、シルフでアルカナちゃんを見たそうだ」

「それは本当ですか?」

「本人かは分からないが、現地の友達の証言だ。間違いないと思う」

「ありがとうございます。その証言だけでも収穫がありました!」

 頭を下げたクルスが男から離れていく。それからクルスは別の売り場へと足を踏みいてた。


「知らねぇな」

「居場所が分かったら、苦労しないわよ」


 売り場にいた人々に対して、手あたり次第に尋ねても、他の有力な証言は出ない。

 耳にした人々たちの声が頭から離れないクルスの顔の焦りが刻まれる。

「店内を一周して得たのが、アルカナさんの目撃情報だけだったら、先生、呆れそうですね」

 そう独り言を呟いたクルスは最後の売り場の中で立ち止まった。その先にあるレジの周辺には、テルアカのグッズが並べられている。だが、その棚の前には人がいなかった。

 売り場面積も他の四人と比べて圧倒的に狭い。

 

 これはマズイと焦るクルスの頭に一階で出会った若い女の顔が浮かび上がる。

 それから、レジの近くに設置された時計をチラリと見たクルスは首を縦に動かした。待ち合わせの時間まで残り五分。店内を飛び出したクルスが急いで階段を駆け下りる。


 

 二十分ほど前とは異なる光景に、クルス・ホームは目をパチクリとさせた。周囲を見渡して飛び込んでくるのは、数人の人々のみ。その中で奥にある白い丸の机の前に腰を落とした黒髪少女を見つけた五大錬金術師の助手が歩み寄る。

 破格外な交換会を開催した少女は赤面しながら、ファイルに収集されたテルアカのブロマイドに見惚れている。

 そんな彼女の右隣に立ったクルスは、若い女に尋ねる。

「すみません。少しいいですか?」

「どうぞ」

「実は今、テルアカさんを探していまして。熱狂的なファンと思われるあなただったら、彼の居場所が特定できるのではないかと思いました」

「……そうですか」

「率直な話。テルアカさんの居場所を知っていますか?」


「えっ?」と少女の顔に戸惑いが浮かぶ。それでもクルスは焦る気持ちで質問を重ねた。


「ここに立ち寄るのではないかと思う場所。ファンの間で隠れ家と思われている場所。どこでもいいのですが、心当たりはありますか?」


「ごめんなさい。私には分かりません!」

 そう強く口にした少女が頭を下げる。それと同時にクルスも頭を下げた。

「こちらこそ変なことを聞いてごめんなさい」

「ところで、なぜテルアカ様を探しているのですか?」

 キョトンとした少女が首を傾げる。その問いかけに対して、クルスは彼女と視線を合わせながら答えた。

「僕もテルアカさんのファンなんですよ。だから、彼が二か月以上行方不明だと知って、どこで何をやっているのかが気になったということです。要するに好奇心ですね」


「行方不明って……」

 突然の呟きを耳にしたクルスが首を傾げる。

「テルアカさんはEMETHプロジェクトの一件を受けて行方不明になったのですが、知らなかったのですか?」

「はい」


 その瞬間、クルスの脳裏に疑問が浮かんだ。

 なぜこの人はテルアカが行方不明になったことを知らないのか?

 五大錬金術師があの一件以来行方不明になったことは、周知の事実のはず。それを知らないということは、報道に無知ということなのか?

 何も分からないクルスは彼女の言動に戸惑う。すると、目の前にいる若い女が頭を下げた。


「ごめんなさい。私はテルアカ様の熱狂的なファンではありません。ただ私の真っ白な頭の中に、テルアカという名前があったから彼について調べているだけなのです」

「真っ白な頭って、記憶喪失ですか?」

 クルスが尋ねると少女は静かに首を縦に振った。

「そうです。覚えているのは、アソッド・パルキルスという私の名前とテルアカ様の名前だけ。それ以外は何一つ分かりません。だから、テルアカ様は私のことを知る唯一の手がかりなのです。だから、私は働いて手に入れたなけなしのお金を使って、限定イラストのガチャを引いて、彼のイラストをコンプリートしようと思っています。その中に私とテルアカ様との繋がりを示した手がかりが隠されている気がして……」

 瞳を閉じ答えを口にするアソッドの隣でクルスは納得の表情を浮かべた。


「なるほど。そういうことでしたか……」

「数日前にテルアカ様が在籍しているフェジアール機関を訪れても、特に何も思い出せませんでした。一応、テルアカ様の研究施設の研究者全員の顔写真のデータと私の顔を照合してもらいましたが、一致せず。謎は深まるばかりなのです。まあ、この街で出会った親切なお姉さんたちがお仕事と住処を与えてくださったので、生活には困らないのですが。あっ、ごめんなさい。私のつまらない身の上話なんて、聞きたくないでしょう?」


 そう言いながらアソッドは席を立ちあがり、左手に持っていた水色のファイルを右手の薬指で触れさせた。すると、ファイルが手元からなくなる。

 アソッドはそのままクルスに背を向け、自動ドアの方向へ一歩踏み出した。

「記憶が戻るといいですね」

 クルスは去り際のアソッドに声を掛けた。その彼女の声を聞きアソッドは体を半回転させ、優しく微笑み返した。

「ありがとうございます。あなたとはまた会えるような気がします。そういえば再会できると感じたのはあなたで二人目でした」

「二人目ですか?」

 クルスがアソッドに聞き返す。

「最初にまた会えるって思った人は男の人でした。名前は聞き聳えましたけど」

 アソッドはそっと瞳を閉じ、数日前の出来事を思い出した。

 

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