第44話 情報収集


 そのニュースをアルケミナとクルスが聞いたのは、ヴィルサラーゼ火山噴火から一週間が経過した頃だった。


 アルケア八大都市の一つ、サンヒートジェルマン。一年中温暖な気候が続く街には多くのビルが建ち並び、歩くたびに熱気を感じる道を人々は汗を掻きながら歩いていた。朝日と共に仕事へ出かける様々な人々に混ざり、銀髪の幼女と黒髪ロングの女が横に並んで歩く。


「それにしても遅いですね。ティンクさん。あれから一週間も経過したのに、まだ合流しないなんて。まさか、あの言葉は嘘だったのでしょうか?」

 大きな胸元に注目した男たちの視線を感じながら、クルス・ホームがぽつりと呟く。

 心配の声を隣で聞いたアルケミナ・エリクシナは無表情のままで、再会を果たした共同研究者の言葉を思い出す。


「悪いが、俺はあいつらに倒された仲間たちの手当てをしないといけない。それが終わったら必ずお前らを追いかける。俺は逃げも隠れもしない」


 あの時ティンクは、このように言っていた。だが、当のティンクは一向に姿を見せない。そのことにクルスは困惑しているとアルケミナは表情を変えず、首を縦に動かした。


「大丈夫。ティンクは嘘を吐かないから」

「先生。手当をするだけで一週間もかかると思いますか? まさかティンクさんは迷子になったのではありませんかね?」

「方向音痴のテルアカだったらあり得るかもしれない。ティンクに限ってそれはあり得ない」

「……ですよね」


 相変わらずの無表情の幼女の右隣を歩くクルス・ホームが苦笑いした。すると、突然、彼女が歩道の上で立ち止まった。

「先生?」と首を傾げたままで立ち止まったクルスが、視線を右隣の小さな五大錬金術師に向ける。その先で商店に設置されたテレビからニュースが流れた。



「ルクリティアルの森で錬金術師たちを狙った強盗事件が発生しました。被害に遭った錬金術師たちの証言です」


 テレビの画面は黒いローブで身を包む長身の男性を映す。その周りを数十人の同じローブを着用した錬金術師たちが囲んでいる。


「突然ウサギの耳の巨乳の獣人が、俺たちを挑発しました。そして、その直後、金縛り状態となった俺たちから次々と槌や錬金術研究に必要な物品などを奪って逃走したんですよ!」


 悲痛な錬金術師の声をテレビで聞いたアルケミナの顔を助手のクルスが覗き込む。

 

「先生。どうしたんですか?」

「強盗犯を許せない。犯人は絶対的能力か呪言の槌を使い錬金術師たちを金縛り状態にして、全てを奪った」

「呪言の槌?」

 クルスが聞きなれない言葉に首を傾げた。すると、アルケミナはようやく一歩を踏み出した。


「呪言の槌。別名、錬金術の負の遺産。洗練された呪言の槌を叩けば、大量殺人も可能。金縛り程度なら軽度な奴を使えば可能だと思う。いずれにしろ危険な槌に変わりないから、法律で所持が禁止されている」

「そういえば学校で学んだような記憶があります」

「これは常識問題。この程度のことを忘れているようでは、立派な錬金術師になれない」


 クルスはアルケミナの言葉を聞き、頭を掻いた。

「すみませんね。ところで、次の目的地は、この街にある五大錬金術師のファンショップですよね?」

「そう。この街の商店街には、五大錬金術師のブロマイドを取り扱ったファンショップがある。そこに行けばアルカナとテルアカの情報が手に入るかもしれない。ティンクやブラフマとは偶然再会できたけど、テルアカとアルカナの行方は分からないまま。運任せで残りの五大錬金術師を探すより、手がかりを得た方が残りの二人の居場所を突き止めやすい」

「なるほど……」と納得を示したクルスは、体を小刻みに震わせた。

 突然、ゾクっとする嫌な予感が心に纏わりついた五大錬金術師の助手は、後方から視線を浴びる。そんなクルスは異変を感じ取り、背後を振り向いた。

 だが、その先には誰もいない。



 一方で、助手の妙な仕草が気になったアルケミナは、助手の顔を見上げた。

「どうかした?」

 そんな疑問の声を耳にしたクルスは、その場に立ち止まり、両膝を曲げて小さな五大錬金術師と視線を合わせた。

「誰かから見られてるような気がして……」

 周囲を見渡し始めたクルス・ホームに対してアルケミナ・エリクシナは冷静に呟く。

「男たちがクルスの胸を見ているだけだと思う」

「いいえ。そうじゃないと思うのですが……」

「謎の視線の件は保留にして、クルスはファンショップに潜入して、五大錬金術師の行方に関する情報を収集してほしい。テルアカとアルカナの目撃情報はもちろんのこと、ブラフマに関する情報も欲しい。私はその間に商店街で買い物をする」

「先生。商店街での買い物が目的なのではありませんか?」

 

 目を点にしたクルスが隣にいるアルケミナの顔を覗き込む。すると、アルケミナは淡々とした口調で答えた。

「情報収集と買い物。時間を有効活用するために、二手に別れて行動する。クルスに情報収集を任せたい」

「えっと。先生。それはどういうことですか?」

「そのままの意味。私はアルカナと違ってああいう場所が苦手だから。あそこに行ったら数時間は足止めされる。そういう無駄な時間を過ごすくらいなら行かない方がマシ。クルスは顔バレしていないから、大丈夫」

「先生は幼児化していますよね。だからファンは、アルケミナ・エリクシナ本人だとは思わないのではありませんか。この一か月と一週間、アルケアで旅を続けてきましたが、誰も先生がアルケミナ・エリクシナ本人だとは疑わなかったようですし……」


「念のため。ファンショップに通うような熱狂的なファンだったら、この姿を見て一発でアルケミナ・エリクシナ本人ではないかと疑う。そうなったら足止めされる。私はそんな無駄な時間を過ごしたくないから、クルスに情報収集を任せる」

「分かりました。僕はファンショップに行って情報収集を行います。その間、先生は、商店街で買い物してください」



 分担が決まり、二人は一本道を歩き出した。石の壁で作られた小さな窓が特徴的な住宅が多い住宅街を抜けると、すぐに交差点に差し掛かる。

 そんな時、二人の目の前を見覚えのある二人の男が通り過ぎていった。

 交錯する道を横切ったのは、前髪を七三分けにした高身長の男と、アフロヘアの髪型に黒縁眼鏡をかけた男。そんな二人の周りを黒いローブを着た数人の錬金術師たちが囲んでいる。

 その姿を目にしたクルスがボソっと呟く。

「あの人たち、確かラプラスさんとその助手ですね」

「ラプラス・ヘア。まさかこんな所で再会するなんて思わなかった」

 そう言いながら、アルケミナは東方へ向かう集団に視線を向けた。

 その間に、アルケミナとクルスの存在に気が付いていないラプラスたちは遠ざかっていく。


 「先生。どうします? もしかしたら、ラプラスさんは、この街で戦闘訓練をするつもりなのかもしれません」

 クルス・ホームが指示を仰ぐとアルケミナは無表情のままで首を横に振った。

「まだ証拠がない。決めつけだけで判断するのは錬金術師として望ましくない。ここは尾行して悪事の証拠を掴むより、情報収集が先決。それに、ラプラスたちの行先は方角的にルクリティアルの森の可能性が高い」

「どういうことですか?」と驚く助手に対して、アルケミナは右手の人差し指と中指を立てる。

「まず、ラプラスが悪事を企てていることを一般人が知らない以上、アルケア八大都市内で大規模な戦闘訓練を実施する可能性は限りなく低い。こんなところで騒ぎを起こすようなバカな真似はしないと考えられる。次に、ラプラスたちは東方に向かっている点が気になった。その先で戦闘訓練ができそうなのは、ルクリティアルの森しかない」

「そうなんですね! 分かりました」

 そうして二人は、ラプラスたちを無視して商店街へと足を進めた。

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