第八章 少女A
第43話 最強VS最強
広大な土地にあるその森の多くは、巨大な大木で構成されている。緑色の木の葉の隙間から雲一つない青空が覗き、光が差す。
ルクリティアルの森の中心部の少し開けた円状の空間で、十人程度の黒いローブを着た錬金術師たちが前方に見えた女を睨みつけた。
それから、ウサギの耳を模したカチューシャに茶髪の短い髪を生やした、巨乳の女は円の中心に生えた大木に背を預けた。そして、彼女は一歩も動こうとしない錬金術師たちを嘲笑う。
「さっきまでの威勢はどこに行ったのかしら。やっぱり、あなたたちの錬金術研究なんて、学校の自由研究レベルよ」
その女、メランコリア・ラビの挑発を聞き、錬金術師たちを身を震わせた。だが、彼らは一歩も動くことができない。まるで金縛りにあったかのようである。
「うるさい。お前に俺たちの実験に有効性が分かるはずがない!」
メランコリアの前方で長身男性の錬金術師が怒りを露わにした。だが、メランコリアは錬金術師の声に耳を傾けない。
「うーん。負け犬の遠吠えにしか聞こえないなぁ。じゃあ、予告通り根こそぎ奪うから。あなたたちの槌や荷物を!」
全速力で男の前に駆け寄ったメランコリアが拳を握り、頬を緩めた。
「よーく見ててね。みんな同じ目に遭うんだから!」
そう呟いた後、女は男の頬に拳を叩き込んだ。それから、右腕や腹部といった箇所を次々に殴っていき、一歩も動けない男の体が反動で踊るように揺れていく。
そうして、男の体が仰向けに倒れると、女は右手の薬指を立てる。そうして、黒い小槌を一瞬で召喚すると、すぐに男の近くで腰を落とし、左手で彼の右手を持ち上げた。それから、自分の右手で握った黒い槌を男の右手の甲に叩く。
「やめろ!」と叫ぶ多くの声が静かな森の中で響く。仰向けに倒れた男の目は大きく見開かれ、肌も青白くなっていく。その表情には恐怖が刻まれていた。
その直後、彼の右手の甲から次々と小槌が召喚されていく。それは所持している槌が尽きるまで続き、数十秒で槌の山が出来上がった。
それをチラリと見たメランコリアは黒い槌を左手で持ち替え、次の標的との間合いを詰めた。
わずか五分ほどで全員の荷物を奪いとると、彼女は不敵な笑みを浮かべ、近くの大木の幹に身を預けた。
「早く終わらないかなぁ。暇すぎて死にそう」
そう呟きながら、メランコリアは空を見上げた。
ルクリティアルの森の奥にブラフマ・ヴィシュヴァがいた。
大木の鋭い枝に生えた最後の一枚の緑色の葉っぱが激しく揺れている。彼の周辺には、多くのモンスターの死骸しかない。
「この森で手に入る欲しいモノは全て手に入ったようじゃな」
そう呟いた緋色のローブで身を包む長身の男は、達成感を胸に抱き、青空を見上げる。
そんな時、男の腹が鳴った。
このまま狩ったモンスターの肉をアグレッシブに食べるのか?
それとも、隣町に行くのか?
二つの選択肢を頭の上に浮かべた五大錬金術師は何かを感じ取り、自身の右手で地面に触れる。
一瞬の内に二本の黒色の太刀が出現したのと同じタイミングで、白いローブで身を隠す少年が姿を現す。彼は水色の短銃を手にしていた。
「聖なる三角錐の刺客か? 命知らずじゃのぉ。ワシは最強じゃとおぬしの仲間に言ったのに……」
前触れもなく現れた少年の姿を、吊り上がった目に映し出したブラフマが呟く。もちろん一本の太刀を構え、戦闘態勢に入った状態で。
一方で少年は白いローブを脱ぎ、その身を晒した。尖った耳に一重瞼の少年の黒髪は短く、左の太ももに絶対的能力者であることを意味する「EMETH」という文字刻まれている。
この特徴を見ても尚、ブラフマの自信は揺るがない。
「ヘルメス族か? おまけに絶対的能力も使えるようじゃ。錬金術の礎を築いた種族を連れてきても、ワシを倒すなんて無理じゃな。高度な錬金術と絶対的能力を組み合わせて戦おうとしとるようじゃが、ワシは負けぬ」
「それはどうでしょうか?」
少年の返した言葉をブラフマは鼻で笑った。
「面白いこと言うのぉ。お前とは経験や才能が違う。俺は最強だ」
最強を自負する五大錬金術師は、一歩も動こうとしない刺客に太刀を振り下ろした。
一撃を見切っていた刺客は、一瞬で消え、ブラフマの眼前に再び姿を現す。
「早いのぉ。ヘルメス族の特殊能力の一つ、瞬間移動。じゃが、その程度では勝てんよ」
ブラフマの自信と同じように、少年の心は乱れない。
「そうでしょうか?」と少年が呟いた刹那、背中に衝撃を受けたブラフマの体に痛みが走った。咄嗟に地面に触れ、体を半回転させた五大錬金術師は、思わず目を丸くした。
その先には何もなく、ただ木々が生い茂った森の景色が広がっている。
「なんじゃ?」と息をするように呟いたブラフマの周囲を囲むように、透明なバリアが展開された。
しかし、どこかから放たれた水玉は、バリアさえ溶かしてしまう。この現象を見て、ブラフマは察した。逆立った彼の緋色の髪が風で揺れる。
「おぬしが持っておるのは幻水短銃の槌で生成した短銃じゃな? ワシのバリアを溶かすとは、中々やるのぉ」
「褒めてくださり、嬉しいです。ここで問題です。僕はどうやって銃弾を見えなくしているでしょうか?」
「絶対的能力か? 銃弾を消して奇襲する能力じゃ」
ブラフマの答えを聞き、少年は銃弾の引き金に手を掛ける。相手の能力さえ分かれば、対策は簡単。幻水短銃の槌でも壊せない程強度な盾を絶対的能力で生成すればいいだけ。
だが、それは愚策。銃弾が解き放たれるよりも早く、ブラフマは強度なバリアを生成した。これならば、どんな攻撃も防ぐことができる。
そんな時、完璧な守りを貫き、斬撃が五大錬金術師の背後を襲う。一撃を受け、ブラフマは膝をつく。
「こんな簡単な策に引っかかるとは思いませんでした。あの言葉、そっくりそのままお返しします。その程度では僕に勝てません」
「こっちのセリフじゃ。そういえば名前を聞いとらんかったの」
「ラス・グースです。よろしくお願いします」
森の中で轟音が響く。遠くの大木が一瞬の内に倒れる現象を目撃した彼女は、横たわる研究者の男を踏みつけながら、頬を緩めた。
その時、白いローブで身を隠す子供が、メランコリアの前に突然現れる。短い白髪の幼女の耳は尖っていて、おっとりとした表情を浮かべている。
「ルス。準備は終わったの?」
そう尋ねられ、ルスは首を縦に振った。
「終わったのです。問題ないのです。あれが破られた時は、メランコリアの出番なのですね?」
「暇になりそう」
「そんなメランコリアのために、トールからプレゼントなのです」
ルスは笑顔を見せながら迷彩色の槌を仲間に手渡す。
「これは何?」
「新兵器なのです。これの性能を確かめろという指示をトールから受けました。何でも、これを使えば、無敵になれるそうなのです。最も、ここじゃなかったら、一つ手間がかかるそうなのですが」
「そう。トールからのプレゼントなら嬉しいわ。ところで、何でトールはあなたじゃなくて、ラスをブラフマと戦うように仕向けたのかしら? 相手はあのブラフマよ。トールからの情報によると、彼は全盛期の頃の若い肉体を手に入れたそうじゃない?」
「ラスなら大丈夫なのです。かなりの長期戦になりそうだけど、私の妹なのですから。勝ちます」
ラスの姉は宣言の後、一歩を踏み出し、メランコリアと顔を合わせた。
「そろそろ私は帰るのです。一日一回様子を見に来ます。ラスとブラフマの決着が付くまで、よろしくなのです」
そう伝えたルスは、メランコリアが瞬きをした瞬間に消えた。
二人の実力者の激闘は、アルケミナたちがティンクと再会した日に始まった。
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