第42話 再会

 EMETHプロジェクト試験運用開始から二週間後。


 ヴィルサラーゼ火山の岩場を一匹のスカーレットキメラが駆け上った。

 怪物の姿になったティンク・トゥラが整備すらされていない道なき道を進むと、周囲に隠れていた動物たちが、騒がしく鳴きだした。


 火山の上空で突風が吹き、雲一つない青空の上を数十匹の白い鳥たちが飛び立つ。

 異変を察知したティンクが顔を上に向けると、上空に停止する一台の黒いヘリコプターが彼の瞳に飛び込んできた。

 

 間もなくして、黒いドアが左右に開き、そこから黒い影が飛び降りた。

 開かれた白いパラシュートを風で揺らしながら、その低身長な少女は躊躇することなく落ちていく。


 数十秒の時間を使い、その少女は地上にある岩場の上に足を付け、綺麗にティンクの前で着地してみせた。腰の高さまで伸びた黒色の髪をポニーテールに結い、頭頂部の髪がアホ毛のように跳ねている低身長の少女を前にして、ティンクが目を丸くする。



『お前、マリアか? テルアカの助手だった。こんなに大きくなって、俺は嬉しいぜ』

 突然、ティンクの声が頭の中に響き、マリアは目の前にいるスカーレットキメラの姿を瞳に映し、パラシュートを外した。


「少し会わない内に大きくなった親戚の子供と再会したような口調、やめてくれますか? この体はシステムの不具合で大きくなっただけです。九歳から十五歳くらいに!」

『そうか。相変わらずの派手な登場の仕方だな。ヘリから落下してきて、対象の目の前で着地なんて、普通ならやらないぜ。兎に角、テルアカの差し金で俺を説得しにきたのかもしれないが、俺はアイツを殺したヤツを一発殴るまで、あのシステムの解除方法を考えるつもりはねぇ!』


 強い口調で言い放つティンクの声を聴いたマリアが首を横に振る。


「今日はアルケア政府の人間としてきました」

「いつもの堅苦しい役人じゃなくて、こんな子供を出してくるとは、政府も忙しいってことか? それとも五大錬金術師と関係の深いお前が交渉に向いているってことか?」


「お父様に無理を言って、交渉役に志願しました。是非、聖なる三角錐を壊滅させるために協力してほしいです。これは報道関係者には伏せている情報ですが、エクトプラズムの洞窟で発見された遺体の中に、あなたの助手も含まれています。彼らを無残に皆殺しにしたのは、聖なる三角錐のメンバーです。因みに、彼らはアイザック探検団からチップを奪い、絶対的能力を手に入れたという情報も入っています」


「聖なる三角錐。そいつらがファブルを殺したのか?」

 目の前の少女に尋ねたティンクの中で怒りが爆発する。瞳は赤く充血し、全身が小刻みに震え出した。

「はい。そのようです。何の罪も犯していないあなたの助手を殺し、不法な方法で絶対的能力を得た悪を、あなたは許せますか?」

「愚問だな。そんなの許せるわけねぇだろ? アイツを殺した悪いヤツが分かったら、この怒りをソイツにぶつけてやる。だが、この異能があいつらに通用するかも分からねぇ」

「それなら大丈夫です。戦うのはあなただけではありませんから。戦闘経験のある絶対的能力者数人と一緒に戦っていただきます。お父様は国家を上げて彼らを抹殺するようです」

「そいつは面白いな。同じ目的の仲間たちとの共闘で悪を滅ぼす!」

「はい。そうです。聖なる三角錐は悪の巣窟なんですよ。一刻も早く抹殺するべきなんです!」


 真面目な表情で同意したマリアの声を聴いたティンクが頷く。


「頼みがあるんだが、もう少しここで修行してから答えてもいいか?」

「保留ですね。分かりました。それではウンディーネのお屋敷で待っています」

 マリアが優しく微笑み、右腕を天に向けて真っすぐ伸ばす。

 すると、低身長のアホ毛少女の足元に魔法陣が刻まれた。

 白い光に包まれ、少女の姿がティンクの間の前から消えるのと同時に、上空に浮かぶヘリコプターのプロペラが回っていく。


 そして、上空の飛行物体は、モーターの音を響かせながら、街に向かい動き始めた。



「こうなってしまったら、いくらでも後悔できる。あの時、俺がアイザック探検団への同行を許可していなかったら。あの時、俺がコイツを渡していたら。こんなことにはならなかったってなぁ」

 過去の話を少女たちに聞かせた後で、ティンクは後悔を漏らした。そのあとで、アルケミナが幼い顔を上に向け、首を傾げながら大柄な男と視線を合わせる。


「どうする? マリアの仲間になって仇を討つのか?」

「それは、マリアがいるウンディーネで答えるさ。兎に角、一言謝らせてくれ。あの時は悪かった。許してくれとは思わないが、ちゃんと償いをさせてくれ。必ず俺はお前らの仲間になる!」

 銀髪の幼女に対して大柄なマッチョ男が頭を下げると、アルケミナは無表情で彼と顔を合わせた。

「……分かった」とアルケミナが一言告げた後で、ティンクは右手の薬指を立て、茶色い槌を召喚して、右手でそれを掴んだ。


「これに俺が持ってるEMETHシステムの錬金術書が記録されてるからな。約束通り、コイツをお前らに預けてやるよ。俺は仲間の手当てが終わったら、お前らと合流するぜ」

 右手の中にあった茶色い槌をティンクがアルケミナに渡す。それを受け取ったアルケミナは首を縦に動かした。

「分かった。私たちはサンヒートジェルマンに向かっている」

「了解だ」という答えを返したティンクに背を向けた銀髪の幼女が歩みを進める。

 その間に、ティンクは自身の姿をサーベルキメラに変化させ遠ざかっていく五大錬金術師とその助手の姿を見つめた。



「あれ? マリアさんの話、おかしくありませんか?」

「どういうこと?」

 道なき道の岩場の前でアルケミナが首を傾げると、クルスは腑に落ちない表情を浮かべた。

「殺されたアイザック探検団のメンバーは六人でした。それにティンクさんの助手も含めると七人。だけど、ニュースではエクトプラズムの洞窟で六人の遺体が発見されたと報道されています」

「……一人足りない」


 二人の中で疑念が生まれた頃、煉瓦造りの地下室の中で、小さな蝋燭の炎が多く揺れた。開けた空間にあるのは大きな檻。その中に囚われているのは、黒の中折れ帽子を被った垂れ目の好青年。

 この牢獄を白いローブで身を隠す四歳くらいの小さな子供、ルス・グースが訪れた。

 四肢に巻き付く鎖で動きが制限された檻の中の男が、真っ赤な瞳でルスを睨み付ける。その次の瞬間、煉瓦の床から水晶が出現した。地面に突き刺さる透明なそれは、物凄いスピードで増殖しようとしている。

 小さな子供は、右手の人差し指を立て、空気に触れた。すると、水晶は一瞬で砕かれてしまう。

「油断も隙もないのです」


 ルスはニッコリと笑い、後方の出入り口の扉に背を向けて、檻に向かい歩みを進める。その行く手を水晶が防ごうとするが、彼女は何事もないように足を進めた。

 その子供には、檻の中の男の攻撃が届かない。

 鉄格子の前まで数センチの距離まで詰めた所で、ルスの後方から女の声が聞こえて来た。

 その声は扉の外から聞こえてくる。

「そこにいるんでしょう? ルス」

 扉を開けようとしない女からの問いかけに、ルスは背後を振り返ることなく答えた。


「はい。扉は開けない方がいいと思うのです。視界に入った物を全て破壊するようなのです。まあ、クラビティメタルストーンで生成した檻には傷一つ付いていないようなのですが……」

「ご忠告ありがとう。じゃあ、この状態で話を進めますね。あの計画の進捗はどうですか?」

「第二段階が始まった所なのです」

「そう。じゃあ、任せます」

 そう伝えると、扉の向こうにいる女はルスと顔を合わせることなく、出口へ向かい歩き始めた。

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