第41話 ティンクの絶対的能力

 凝固した溶岩がゴロゴロと転がった山道の中で、スカーレットキメラの姿になったいたティンクの体が白い光の中へ包まれていく。

 そうして筋肉を鍛え上げた巨漢の姿を取り戻したティンクは、目の前にいる巨乳の女と顔を合わせた。


「さて、ロングヘア巨乳姉ちゃんとの決闘第二ラウンドをしようと思ったが、その必要がなくなった。さっき、能力者の狩人と戦って、圧勝したからな。能力者との戦闘経験も積めたから、もう満足だ!」

 豪快に笑いだすティンクに対して、クルスは目を点にした。

「えっと、この場合、錬金術書は……」

「ああ、そういえば、そんな話をしていたなぁ。EMETHシステムの錬金術書なら、お前らに預けてやる」

「その前に教えてほしい。どうして元の姿に戻っているのか?」


 クルスの右隣にいたアルケミナからの問いかけを耳にしたティンクは、首を縦に動かした。


「ああ、いいぜ。さっきも言ったが、俺は俺自身の絶対的能力の効果で、元の姿を取り戻したんだ。ただ、さっきの実験でこの能力は他人のためには使えないってことが証明されたけどな」

「ティンクさんの絶対的能力って……」

「ああ、俺の能力に名前を付けるとしたら、熱血理論という言葉が妥当だろう。漫画とかでよくあるだろう。何でも気合いで危機を乗り越える主人公の話。それと同じように、俺は気合いでどんな危機も乗り越えることができる。たとえそれが、錬金術では実現不可能なことだったとしても!」

「なるほど。その能力でティンクさんは元の体に戻ることができるということですか?」

「そういうことだ。俺の能力の応用力は半端ない。急速なスピードで相手の行動を避ける。長い尻尾で槌を掴み錬金術を使う。他にも使用用途は様々で、俺の能力は錬金術と同じように無限に可能性があるんだ! ただ、そんなチカラでも弱点があるんだぜ」


「弱点?」と疑問に思ったクルスが首を傾げる。


「覚えてるだろ? 俺がスカーレットキメラの姿でお前らの前に現れた時、俺はテレパシーでお前らと会話した。その時、俺は一歩も動いていなかったんだ。姿形はなんとか保つことができるが、能力使用中は数秒間動けなくなる。さらに、この能力は一度に一つのことしか実現できない。例えば、物凄いスピードと鋼のような耐久力を同時に得ることはできないんだ。それ以外の制約はないのも特徴だな」


 ティンクの能力の全貌を知ったアルケミナは、静かに彼に近寄った。

「なるほど。これで、EMETHシステム解除の鍵が何なのかが分かった。その鍵は錬金術にある」

「それはどういうことですか?」

 目を丸くした助手からの質問に対して、アルケミナは顔を上げる。

「錬金術師は、常に実現不可能なことを求めている。その思考こそが錬金術師に必要な最低条件。それをティンクの能力は錬金術を超越した形で証明した。だから、ティンクが絶対的能力で元の姿に戻ることができたのならば、彼の能力を解析することで、システム解除の手がかりが見つかるはず」

「おいおい、急に褒めるな。恥ずかしくなるだろ!」

 首を曲げ、小さな女の子を見下ろした大男は、顔を赤くしながら、視線を逸らした。

 その直後、アルケミナ・エリクシナは無表情でティンクに視線を向けた。

「ティンク。私たちの仲間になって」

 突然のことに驚きを隠せないティンクが深く息を吐き出した。

「悪いが、俺はあいつらに倒された仲間たちの手当てをしないといけない。それが終わったら、必ずお前らを追いかける。俺は逃げも隠れもしない!」


「逃げも隠れもしないって。それなら、どうして先生に責任を押し付けたんですか?」

 目の前の巨乳少女からの問いかけを聞いたティンクが真剣な顔つきで彼女たちと向き合う。

「別に俺はアルケミナに責任を押し付けたわけじゃねぇよ。ただ、あの儀式の後、突然俺の前に白熊の姉ちゃんが現れて、決闘を申し込まれてな。相手は女だから殴りたくなかったけど、俺の能力がどんなものなのか確かめたかったからなぁ。戦闘実験と称して、白熊の姉ちゃんと一戦交えた。その時に、連絡用の携帯端末が壊されて大変だったぜ」


「なるほど。それでティンクと連絡ができなかった理由が分かった」

「そういうことだ。お前らの連絡先は覚えてなかったから、俺が担当した座標から一番近いフェジアール機関の研究所へ迎いながら、体を鍛えてたんだ」


「ところで、白熊の姉ちゃんって誰なんですか?」

 気になったことを口にしたクルス・ホームが右手を挙げる。すると、ティンクは腕を組んだ。

「ああ、白いローブを着た女剣士だったぜ。顔はよく分からなかったが、剣の筋が良かった。白熊の騎士とかいう二つ名を明かしただけで、名前までは教えてくれなかったけどな!」

「そうだったんですね。じゃあ、先生と一緒にEMETHシステムの解除方法を考えてくれませんか?」

 

「悪いが、俺には無理だ。アイツを殺した奴を倒さないと、対策なんて考えられねぇ!」

 クルスの申し出に対してティンクは首を左右に振った。



「アイツを殺した奴?」

 アルケミナが疑問を口にした後で、ティンクは上着のポケットからある物を二人に見せた。それは、あの日体内に取り込まれ消えたはずの白いお守りだった。


「覚えてるか? ファブル・クローズ」

「確か、ティンクさんの助手の名前ですね?」

 そうクルスが聞き返すと、ティンクは首を縦に動かした。



「そうだ。コイツは俺の助手、ファブルに渡し忘れたヤツなんだ。複数個チップを持っていたとしても、得ることができる能力は一つっていう見立ては正しかったらしい。兎に角、俺は悔しいんだ。コイツを渡せていたら、アイツは殺されずに済んだかもしれねぇ」


 悲しみと悔しさを自身の顔に刻み込んだティンクが拳を強く握りしめた。

 その脳裏には、短い髪にパーマをかけ、黒の中折れ帽子を被った垂れ目の好青年の姿が浮かび上がる。

 

「分かるように説明してください! どうして、ファブルさんは殺されたんですか?」


 事情を説明するように要求するクルスの声を聴き、ティンクは真剣な眼差しを二人に向けた。


「知っているよな? EMETHプロジェクトを実行に移したあの日、アイザック探検団のメンバーが皆殺しにされたっていう事件が起きたこと。もしもあの時、俺がアイザック探検団が滞在していたエクトプラズムの洞窟へファブルを向かわせなかったら、アイツは死ななかったんだ」



 EMETHプロジェクト試験運用開始三日前。フェジアール機関の研究所内で、その灰色の瞳の青年はティンク・トゥラに頭を下げた。

 室内であるにも関わらず、黒の中折れ帽子を被った垂れ目の青年に対して、上半身裸の上に白衣を着た筋肉質の大男は目を丸くする。


「ファブル。どうしたんだ?」

「EMETHプロジェクト試験運用開始当日、エクトプラズムの洞窟へ行ってきます。そこにアイザック探検団が来るそうなので……」

「なるほどな。中々会えねぇあの姉ちゃんに会いたいってことか? 分かった。姉ちゃんに会ってこい!」

 助手の申し出の意図を読み取ったティンクが首を縦に動かした。

「ありがとうございます。ソフィーに会ったら、ちゃんと自分の気持ちを伝えるつもりです!」

「そうか! ついに告る気になったか? 頑張ってこいよ!」

 ティンクが彼の頭をポンと叩くと、ファブルは力強く首を縦に動かした。

「はい!」


 

 単独行動を許可した日のやりとりがティンクの脳裏に蘇り、大男の顔に無念が刻まれた。

 

「アイザック探検団に同行していたアイツは、聖なる三角錐に殺されたらしい」

「その話をどこで聞いたんですか?」


「あの儀式が終わり、絶対的能力者になった時、嫌な予感を覚えた。だが、さっきも言ったように、俺が持っていた携帯端末は白熊の姉ちゃんに壊されてしまったから、アイツと直接連絡できなかったんだ。そして、フェジアール機関の研究所へ向かうために旅を続けていたら、エクトプラズムの洞窟でアイザック探検団の遺体が発見されたってニュースを耳にして絶望したんだ。そんな時、どうやって俺の居場所を突き止めたのかは知らないが、テルアカの元助手が俺を尋ねてきやがった」

「テルアカの元助手」とアルケミナが呟いた後、ティンクはあの日のことを語り始めた。

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