第40話 異常気象

 激闘から数十分が経過した頃、アルケミナ・エリクシナとクルス・ホームは集合場所として指定された火山三合目にある岩場の前に姿を見せた。

 そんな彼女たちの目の前に広がるのは、数十匹のスカーレットキメラの中心に佇む一人の大男。

 見覚えのあるその男は、ティンク・トゥラだった。

 衝撃を受けたクルスは思わず目を大きく見開き、呆然とその場に立ち尽くした。


 すると、ティンク・トゥラがアルケミナたちの前に歩みを進める。


「何だ? どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしやがって!」

「ティンクさん。その姿は……」

 その巨乳少女の声を聴いたティンクは、両手を腰に当てた。


「ああ、どうして元の姿に戻っているのかってことか? 答えは絶対的能力の効果だ!」

「それは興味深い。ティンクの能力がEMETHシステム解除の鍵になるかもしれない。だから、私はティンクの能力の実験体になる」

 無表情なアルケミナの発言を聞き、クルスの思考が停止する。

「えっと。先生。この場でティンクさんの能力実験を行うということですか?」

「そう」

「そんなことしたら、今着ている服が破けて大変なことに……」

「大丈夫。服は創造の槌で作り直せばいいから」

「そんな問題ではありません!」


 クルスとアルケミナの会話を聞かされたティンクの鼻から血が垂れる。


「失礼。その様子を想像したら、反射的に鼻血が出た」

 咄嗟に指で鼻血を拭き取ったティンクが頭を下げた。

「変態」

「だって、実験が成功したら、俺の目の前に全……」

「ティンクさん、これ以上言わないでください!」

 ティンクの言葉を遮るように、大声を出したクルスが両手を左右に振った。

 

 そんなやりとりの後、アルケミナがティンクの太ももに触る。

「ティンク。お願い。あなたの能力で私を元に戻して」

 アルケミナの行動に、ティンクは赤面し鼻血を出す。

 そして、彼は首を縦に振り、アルケミナの頭に右手を置いた。


「分かったぜ。俺の能力が他人を助けるために使えるのか、気になっていたところだ」


 マズイと思ったクルスは、咄嗟に目を瞑った。


 このままティンクの能力でアルケミナが元の姿に戻ったとしたら、確実にクルスは出血多量で死亡するだろう。

 数秒の沈黙の後、妙な自信を持った五大錬金術師の助手は、ティンクの一言で瞳を開けた。


「アルケミナ。悪いがこの能力の使用範囲は俺だけのようだ」

 クルス・ホームの右隣には、先程までと同じ小さな子どもの姿のアルケミナがいた。

 嬉しさと悲しさが共存する気分の中で、クルス・ホームは隣にいる小さな五大錬金術師の顔を見つめた。

 そこにいたアルケミナは、ティンクの能力に興味津々な視線をぶつけている。


「ティンク。詳しくあなたの能力を教えて。そこにEMETHシステム解除の鍵が隠されているはずだから」

「分かったぜ。俺の能力は……」

 ティンクの説明が始まろうとしたその時、地面が小刻みに揺れ始めた。

 クルスが顔を上に向けると、数キロメートル先に見えた火山の噴火口から赤色のマグマが噴き出しているのが見える。


「先生。どういうことですか? ラジオの情報では、今日は登頂可能だって……」

 クルスが突然の出来事に取り乱す。そんなクルスを他所に、アルケミナは冷静に状況を分析する。

「原因不明の異常気象」

「ああ、予兆がなかったのは厄介だな!」

 アルケミナの言葉に続くように、ティンクが続ける。

「ティンク。どうする?」

「決まっているぜ。火山の噴火を止める!」


 アルケミナとティンクが互いの顔を見合わせる。だが、クルスは不安な表情を彼らに見せた。

「先生。大丈夫ですか? 火山の噴火なんて止めることができるのですか?」

「錬金術では天災を止めることはできないけど、絶対的能力は錬金術を超越した能力だから、火山の噴火くらい防ぐことは可能」

 アルケミナの説明の後で、ティンクはクルスの前で拳を握った。

「ということだ。分かったか? ロングヘア巨乳姉ちゃん!」

「こんな状況なのに、よくこんなことが言えますね!」

「ハハハッ。冗談のつもりではなかったのだが。そんなことよりも時間がない。作戦を話し合おうか!」

「私が錬金術で巨大な土の壁を作るから、クルスとティンクで岩を壊して。それで溶岩を塞き止めるダムを造る」


 アルケミナが作戦を説明している間、ティンクの体が突然、白い光に包まれた。

 みるみるうちに巨漢の体がスカーレットキメラの姿に変化していき、クルスは目を大きく見開いた。


「ロングヘア巨乳姉ちゃん。驚いてる暇ないぜ。詳しい説明は後だ。俺はその辺りにある岩肌を破壊するから、ロングヘア巨乳姉ちゃんは、適当に岩を破壊しろ!」

「分かりました!」

 頭の中で響いてくるティンクの声に反応したクルス・ホームが右の拳を強く握りしめる。


 その間にアルケミナは、その場に佇み、右手の薬指を立てた。すると、青色のチョークと黒い槌が召喚される。右手でチョーク、左手に黒い槌を握った彼女は、その場に腰を落とす。


「はぁ」と息を吐き出すクルスの目の前には、巨大な丸い岩があった。それに右の拳を打ち込むと、岩が粉々に崩れていく。

「次は……」

 呟きながら、五大錬金術師の助手は、周囲を見渡し、破壊可能な岩を探した。

 そんな彼女の目に飛び込んできたは、物凄いスピードで体当たりを繰り出し、岩を破壊していくティンクの姿。


「スゴイです」

「感心してる場合じゃねぇだろ!」

 クルスの呟きにティンクがツッコミを入れる。頭に響いてきた声を聴いたクルスは首を縦に動かし、左方に見えた岩に視線を向けた。

 そこに向かい、駆け出した巨乳の少女が岩場に回し蹴りを叩き込む。


 その間にアルケミナは右手に持った青いチョークで魔法陣を記した。

 まず、彼女は逆三角形に横棒を加えた記号を記し、丸で囲んだ。

 土を意味するその記号を東西南北に描き、それを一つの円になるように繋ぐ。

 円の中央に牡牛座の記号を書き込み、丸で囲んだ瞬間、デコボコとした岩の足場の上に描かれたキレイな青い線が白く光り始める。


「凝固土壁術式か。さすがだな。アルケミナ。記号が歪めば錬金術の効果が薄まる。それにも関わらず通常通りの魔法陣が書けるとは。さすがだ!」

 褒める声が銀髪の幼女の頭の中で響く。それから、彼女は顔を上げ、岩を打撃で壊し続けるクルスに視線を合わせた。


「このくらいの芸当。五大錬金術師だったら普通にできること。そんなことより、クルス、溶岩の進行状況を教えて」

「五合目付近を通過。物凄いスピードで溶岩が迫っています!」

「普通の火山噴火の三倍くらいのスピードだ!」

 ティンクの補足説明を耳にしたアルケミナが、マグマに侵食されていく山肌をジッと見つめた。


「予想より早いが、問題ない」

 銀髪の幼女が左手で握っていた黒い槌を右手に持ち替え、それを自身が刻んだ魔法陣の上で叩く。

 すると、十メートルほどの黒色の壁が生成された。

 それは、周囲に散らばる岩の残骸を飲み込み、少しずつ大きくなっていく。


 数十秒後、道なき道を分断するような数百メートル規模の巨大な壁が出来上がり、波のように押し寄せるマグマが急激に冷やされていった。


 凝固の効果は徐々に広がっていき、クルスはホッとしたような表情で背後を振り返った。


「先生、これで大丈夫ですね!」

「間に合った。ティンクがいなかったら、大変なことになっていたかもしれない」

 無表情な銀髪の幼女がチラリと目の前にいるスカーレットキメラを見る。

「ハハハッ。いきなり、そんなこと言うな。照れるだろ!」


 豪快な笑い声をアルケミナたちの頭に響かせたティンクが彼女たちから視線を逸らす。

 その間にアルケミナは場を分断する壁を黒い槌で叩いた。

 すると、巨大な壁が一瞬で消滅し、その先で溶岩で構成された道が広がった。

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