第39話 ティンクVS聖なる三角錐

 岩場に散乱した白い羽が、赤く染まる。その周辺で数十匹のスカーレットキメラが血を流していた。

「この程度か。つまらないな」

 金髪スポーツ刈りの男が動こうとしないスカーレットキメラを見下すように呟く。


 その男、マエストロ・ルークの隣には大柄な体型に茶髪のショートカットの女、クシオンがいる。その大柄な女性は岩場の上で腰を落とし、散乱している白い羽を拾い上げた。


「このスカーレットキメラの白い羽は、トールが欲しがっている錬金術の材料よ。大収穫祭になったけど、いいんじゃないかしら? 本当は私もやりたかったんだけどね!」


 ルクシオンの肩に乗る黒猫、エルフが鳴く。

「この程度のミッション。第五位の俺だけでも十分だ!」

 マエストロ・ルークが右隣の大柄な女性に怒りの視線を向けた。だが、拳を握り締める相手に対して、ルクシオンは失笑する。

「あら、その順位が気に入ったのかしら?」

「うるさい。俺は必ずお前らを倒して最強の殺人鬼になってやる!」


 マエストロ・ルークが決意表明した瞬間、地面の上に何かが落下した。砂埃と火山灰が宙を舞い、二人と一匹は真剣な表情で前方を睨みつけた。

 そんな中で、男の声がマエストロたちの頭の中で響く。


「お前らか? アイツらを痛み付けたやがったのは?」

 

「仲間が来たらしいな」

 呟きながら、マエストロが右腕を斜め下に振り下ろす。そうして、砂埃に向かい切断された空気を飛ばすと、砂埃と声の主が消滅した。


「何だと。不意打ちを避けやがった。どこ行きやがった!」

 手刀使いが周囲を見渡しながら大声で叫ぶと、彼の目の前に無傷のスカーレットキメラが姿を現す。

「お前ら。絶対的能力者か? 面白い。俺の能力がお前らに通用するか実験してやるよ。アイツを殺したクソ野郎が、不当な方法で絶対的能力者になったらしいからな!」


 そのスカーレットキメラ、ティンク・トゥラが白い牙を光らせる。

 だが、マエストロは怯むことなく白い歯を見せ、手刀を目の前にいるスカーレットキメラの白い羽に当てた。

 だが、目の前のスカーレットキメラは無傷のままで、マエストロは思わず目を大きく見開いた。


「どうした? 俺から飛行能力を奪うんじゃないのか?」

「お前も絶対的能力者か?」

「そうだ。じゃあ、クイズだ。俺の絶対的能力は、どのような物か?」

「愚問だな。テレパシーだろう。普通のスカーレットキメラに発声能力はない!」

 目の前のスカーレットキメラからの問いかけに対して、マエストロが言い放つ。だが、ティンクは首を左右に振った。

「残念。不正解だ。そっちの茶髪の姉ちゃんは分かるか?」

 そう言いながら、マエストロの隣に立つ茶髪の女に視線を移す。その瞬間、ティンクの目が一瞬丸くなった。


「さあね」

 その女、ルクシオンは握り拳を作り、空気を殴る。それにより腹部に衝撃を受けたティンクの体が後方に飛ばされていく。


「このアッパーは結構痛いな。だが、その程度の拳では、俺を倒すことはできないぜ。茶髪の姉ちゃん!」

「これで分かったよ。あなたの能力では、私の能力を打ち破ることはできない」

「それはどうかな?」


 大柄な女に背を向けたティンクが地上を駆ける。そうして、相手との距離が離れていくと、ルクシオンは頬を緩めた。


「バカね。勝てないと思って逃げるなんて……」

 遠ざかっていく怪物から視線を逸らさないルクシオンが右の拳を強く握りしめ、空気を殴った。

 衝撃波が銃弾のように前方へ飛ばされていく。だが、その一撃は、突如として出現した煉瓦造りの壁で塞がれてしまう。

「何、これ? まさか、どこかに人間の仲間が隠れてるの?」


 ルクシオンが唖然として場を分断する大きな壁を見上げた。そんな彼女の目に白い羽で宙を駆ける一匹のスカーレットキメラが飛び込んできた。

 その怪物は、一瞬で彼女の眼前に降り立つ。その瞬間、ルクシオンは目を大きく見開いた。茶色い小槌がキメラの長い尻尾に巻き付いている光景を目撃したマエストロは、声を失う。


「茶髪の姉ちゃんのパンチ力、スゴイなぁ。俺が召喚した壁に拳の跡が残ってるぜ!」


 真後ろにある壁を見たティンクが驚きの声を狩人たちの頭に響かせた。


「まさかあの壁、お前が……」

「そうだぜ。金髪の兄ちゃん」


あっさりと認めたスカーレットキメラに対して、マエストロは困惑の表情を浮かべた。

 人間と一部の種族以外は、錬金術を使えない。スカーレットキメラは錬金術を使えないはずなのに、目の前の怪物は、あっさりと錬金術を使い、壁を召喚した。


 テレパシー能力。


 瞬間的な回避能力。


 そして、長い尻尾で槌を叩くことで得た、錬金術を操る能力。


 どれが絶対的能力でもおかしくない。


 疑念を抱く手刀使いが怪物の姿を睨みつける。


「まさか、複数の絶対的能力を使うことができるとでもいうのか?」

 マエストロが驚愕を露わにすると、ティンクはテレパシーで笑い声を届けた。

「ハハハッ。違うな。俺の能力は一つだ。そもそも一度に複数の絶対的能力を持つ人間は存在しないぜ。それは証明済みだ!」


 次の瞬間、ティンクの体が白い光に包まれた。その様子を二人は茫然としてみることしかできない。

 やがて、白い光が消え、二人の目の前に巨漢の男が姿を見せた。

ルクシオンは自分とほぼ同じ身長の巨漢と対面を果たし、唇を噛み締めた。


「五大錬金術師の一人、ティンク・トゥラね。悪いけど、トールからの命令であなたを見つけ次第殺すよう命令されているの」

「トール。知らない名前だな。茶髪の姉ちゃん。俺は女を殴れない。美男子だから。変態だから!」

 ティンクがドヤ顔で親指を立てる。その言動に二人は思わず目を点にした。

「それはどういうことよ!」


 ルクシオンが尋ねると、ティンクは右手で額を触る。

「まあいいや。そういうことだから、そっちの姉ちゃんとは戦わない。そっちのスポーツ刈りの兄ちゃんとの一騎打ちで俺が負けたら、二人で俺を殺せよ。俺が負けたら、お前らに殺されても構わない!」

「だから、どういうことよ!」

 ルクシオンの疑問にティンクは答えない。

 すると、マエストロが突然手刀を岩肌に当てた。

 固いはずの岩が簡単に砕かれ、ティンクに襲い掛かる。だが、マエストロの攻撃がティンクに当たることはなかった。

 

 降り注がれていく岩の破片は、男の無駄のない動きで避けられてしまう。

 その巨漢は、そのまま体を前方に飛ばし、距離を詰めた。

 


「お前の攻撃は全て見切った!」

 マエストロの眼前に姿を見せたティンクの右拳が男の腹に当たる。振り上げられる拳が彼の腹に食い込み、その衝撃を受けたマエストロは歯を食い縛った。

さらに、強烈な痛みが男の体に響き、手刀使いの体な空中に飛ばされる。


「たった一発で戦闘不能か? これでも手加減したんだが……」


 硬い岩場の上に叩きつけられたマエストロに五大錬金術師が視線を向ける。

 それから、ティンクは呆然と立ち尽くす茶髪の女性の目の前で両手を一回叩いてみせた。

「あっ、やっと思い出したぜ。茶髪の姉ちゃん。誰かに似てると思ったら、二年くらい前に共闘した波長黒剣の兄ちゃんにそっくりだな。確か、名前はヴィータだっけか? アイツ、元気か?」


「兄ちゃんの知り合いみたいだけど、答える義務なんてないわ!」

 そう言い放つルクシオンの声を聴き、ティンクは腕を組み、頷いてみせた。


「なんか、答えたくない理由があるみたいだから、これ以上の詮索しねぇ。だが、お前らのチカラでは俺を殺せねぇよ。本気で俺を殺したいんなら、もう少し強い奴を連れて来い!」

「くそっ。次は必ず殺す!」

 捨て台詞を吐き捨てたルクシオンが、気絶している仲間の体を担ぎ、火山の四合目に向かい走り出した。

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