第38話 火山灰と共に飛び降りた男
「……クルス、降ろして。何かが近づいてくる」
助手のクルスの背中に小さな体を密着させていたアルケミナが呟いた。
「何かって、何ですか?」
疑問に思いながら、クルスは近くにあった岩場に腰を落とす。そうして、助手の背中から飛び降りたアルケミナは、周囲を見渡した。
同じようにクルスも首を左右に振り、状況を観察する。そんな二人の目に岩の壁を滑り落ちるようにして近づいてくる何かが映り込んだ。
砂ぼこりで姿を隠す三つの影を視認したクルスは、思わず拳を握り締めた。
数秒の沈黙の後、三つの影がアルケミナたちの前へ飛び出す。地面に降り積もった火山灰が周囲を漂う中で、警戒心を抱く五大錬金術師の助手が、小さな銀髪の女の子の前に立つ。
やがて、砂埃が消えていき、二人の目に三匹のスカーレットキメラのが飛び込んできた。緋色の毛並みが特徴的なその怪物に前方を塞がれたクルスは、拳を強く握りしめた。
二匹の同一種のキメラを両端に固め、中央に鎮座していた一匹のキメラがアルケミナたちの元へ一歩を踏み出す。
その瞬間、クルスの背中に隠れていたアルケミナが顔を出し、その姿を瞳に捉えた。
「ティンク・トゥラ」
「えっ、先生。このスカーレットキメラの正体が、ティンクさんなんですか?」
驚きの声を出す助手の右隣に並んだアルケミナが首を縦に動かす。
「間違いない」
「久しぶりだな。アルケミナ」
アルケミナの推測を証明するように、彼女たちの元へ歩み寄ってくる怪物から聞き覚えのある豪快な声が届く。
頭の中で響く巨漢の声にクルスは納得の表情を浮かべた。
「本当にティンクさんなんですか?」
「そうだぜ。俺はティンク・トゥラだ。まさかこんなところでお前らに会うことになるとは思わなかった」
「なるほど。ティンクさんの絶対的能力はテレパシーで、EMETHシステムの影響で体がスカーレットキメラ化したということですね? 前にあのシステムの不具合でキメラになった人に会ったことがあります」
頭の中で響いてくる男の声に疑問を投げかけると、目の前にいるスカーレットキメラが首を左右に振った。
「違うな。そんな単純な奴じゃないぜ。ロングヘア巨乳姉ちゃん」
「クルス・ホームです。そんな変な言い方しないでくださいよ!」
クルスは赤面しながら、ティンクに怒鳴る。しかし、ティンクは彼女の反応を受け、笑い声を出した。
「ハハハッ。知っているだろ? 俺が巨乳の姉ちゃんが大好きなこと。貧乳の五大錬金術師アルカナよりも、巨乳のアルケミナの方が好きだった。だから、アルケミナのところの助手がロングヘア巨乳姉ちゃんに変貌して嬉しかったんだ。どうだ。アルケミナ。お前の助手を俺にくれ!」
「嫌」
アルケミナの一言に、ティンクは声を出して笑った。
「ハハハッ。冗談に決まっているだろうが! ところで、お前らはここで何をやってるんだ?」
「元の姿に戻るために、EMETHシステムの解除方法と残りの五大錬金術師を探す旅を続けているんです。五大錬金術師が所持しているEMETHシステムの錬金術書を集めて、読み解けば、どこに不具合があったのか分かるそうです」
「つまり、俺を探していたってことか? 面白い。確かに俺は、あの錬金術書を所持しているが、タダではやらん。俺の願いを叶えたら、俺が持ってる錬金術書をお前らに預けてやろう!」
「願いって……」
「再開を祝して、お前らと戦いたい。ロングヘア巨乳姉ちゃん」
願いをクルスとアルケミナに聞かせたティンクは、口を開け涎を垂らした。それに対して、クルスは苦笑いする。
「だから、その呼び方はイヤです。一般的にティンクさんは努力家の体育会系マッチョマンとして知られています。それなのに、変態な一面もあるなんて、みんなが知ったら、悲しみます!」
「相変わらずのマジメ野郎だな。さあ、拳で語り合おうぜ!」
「ちょっと待ってください。どうして、ティンクさんと戦わないといけないんですか?」
両手を左右に振り戸惑うクルスに対して、ティンクは首を左右に振り、両端を固める二匹にスカーレットキメラに視線を向けた。
「俺はこいつらと共に、二カ月間サバイバル生活をしてきたが、一度も絶対的能力者とは戦ったことがないんだ。俺はアイツのためにも、あのクソ野郎を倒さないといけねぇ。そのためには、どうしても能力者との実戦経験が必要になってくるんだ。あんまり女は殴りたくねぇが、元々男だったお前なら、安心して殴れる!」
「分かりました。ティンクさんを倒します」
「それでいい。ロングヘア巨乳姉ちゃんになったお前の格闘技を見せてくれ!」
闘志を瞳に宿すティンクと対峙するクルスのTシャツの裾をアルケミナが引っ張る。その動きに反応したクルスが顔を真横に向けると、無表情のアルケミナがいた。
「クルス。気を付けて。相手は好戦的な性格のスカーレットキメラ。その突進は岩場を砕くほどの威力で、並大抵の威力の攻撃は通用しない。それに、まだティンクに能力も不明だから、警戒しながら戦う必要がある」
「そうですね」と短く答えたクルス・ホームは目の前にいるスカーレットキメラの姿を瞳に捉えた。一歩も動こうとしない四足歩行の怪物から視線を逸らない巨乳の少女が岩の地面を右足で蹴り上げ、高く飛び上がる。
相対する五大錬金術師の助手の動きを察知したティンクは怪物の口を大きく開け、咆哮した。
衝撃波が空気を振動させ、クルスとアルケミナの後ろ髪が左右に揺れる。
その一方で、ティンクの端を固めていた二匹の怪物が後退りする。
「エェエエカァァールゥウゥラートォォォオオ」
独特な鳴き声を火山の岩場に響かせたティンクが地面を後ろ足で蹴り上げ、飛び上がった。
怪物が牙を光らせ、クルスとの距離を詰める。鋭い眼光は巨乳少女に右腕を捉えていた。
「はぁ」
自身の右腕に噛みつこうとする怪物の腹に左足で蹴りを入れる。だが、怪物の体は数センチ後ろに飛んだだけで、大したダメージにはならない。
一瞬で体勢を整えたティンクが口を大きく開け、クルスとの距離を詰める。
噛みつこうとする動きを察知したクルスは、目の前にいるスカーレットキメラの胴体に強く握られた右の拳を叩き込んだ。
ティンクは痛みを感じない涼しい顔でその場で立ち止まり、相手と視線を合わせた。
「どうした? それがロングヘア巨乳姉ちゃんの全力か? 全然痛くねぇぜ。女になって、筋力が落ちたみたいだな。俺がスカーレットキメラの姿になってるから、凡人の格闘技による痛みを感じにくいという可能性も否定できないが、兎に角、お前の技は俺に通用しないってことだ。格闘技はいいから、能力を使ってみろ!」
煽るようなティンクの声がクルスの頭に響く。それに対して、クルスは真剣な眼差しをティンクに向けた。
丁度、その時、巨漢だった五大錬金術師の瞳が大きく見開いた。そして、ティンク・トゥラは怪物の歯を強く噛み締める。
「悪いな。アルケミナ。三合目に現れた能力者の狩人が俺の仲間を全滅させたらしい。アイツらの仇討をしないといけなくなったようだ。ロングヘア巨乳姉ちゃんとの決闘は、また今度にしよう」
テレパシーで二人に要件を伝えたティンクが白い羽を羽ばたかせた。
すると、アルケミナが右手を前に出し、彼を呼び止める。
「ティンク。待って。私たちもそっちに向かう」
「そうだな。俺は逃げも隠れもしねぇ。三合目で会おう!」
ティンクはアルケミナに伝え、仲間のスカーレットキメラと共に、天空を駆けた。
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