第七章 熱血系五大錬金術師

第36話 ヴィルサラーゼ火山へ

 アルケア八大都市の一つ、サンヒートジェルマンへと向かう道中には、大きな火山がある。

 同一箇所の火口から噴火を繰り返し、その周囲に溶岩と火山砕屑岩が積み重なったことで誕生した成層火山の麓には、小さな村があった。

 ヴィルサラーゼ村と呼ばれる比較的小さな村で、狭い土地にレンガ造りの家が建ち並ぶ。

 猛暑という言葉が似合う気候の中、半袖半ズボン姿の子どもたちが歩道を駆けまわった。四人ほどの小さな子どもの後ろを丸坊主の男の子が右手を前に伸ばして追いかける。

 すると、その男の子と正面から向き合うように、ふくよかな体型の女性が姿を現し、その子の両肩を掴んだ。


「錬金術の勉強は終わったの?」

 そう語り掛けてくる母親から男の子が視線を逸らす。


「だって、勉強なんてしたって意味ないじゃん!」

 子供が開き直ると、母親は無理矢理子供を自宅に連れ戻すため、子供の右腕を優しく掴んだ。


「そんなことないわよ。五大錬金術師のティンク・トゥラさんだって、錬金術の才能がなかったのに、努力して五大錬金術師になったんだから! 彼みたいに錬金術の研究者になれとは言わないけど、一般常識程度の錬金術はマスターしてもらわないと、生活に困るよ!」


 日常茶判事な親子の会話を聞きながら、夕日に染まった村を二人の女が通り過ぎていった。


 腰より少し上くらいまで長く伸ばされた漆黒の髪に、男たちが目を奪われそうなほどの巨乳にスレンダーな体型が特徴的な女の名前は、クルス・ホーム。

 一方、彼女の隣を歩くのは幼い少女。腰の高さまで伸びている銀色の髪に、切れ長の青い瞳。少女の年齢は五歳くらいに見え、身長は年相応だ。

 彼女の名前はアルケミナ・エリクシナ。先程の親子の会話にもでた、五大錬金術師の一人。


 道中で懐かしい名前を耳にしたクルスは、隣を歩くアルケミナの顔を見下ろした。


「こんな場所でティンクさんの名前が聞けるなんて、思いませんでした」


「あの親子の会話は普通の話。錬金術の勉強をしない子供に対して母親は、必ずと言っていいほどティンク・トゥラの名前を出し、勉強するよう促す。彼の逸話はアルケアでは有名な話だから。運動馬鹿だったにも関わらず、血が滲むような努力で錬金術師としての才能を開花させた天才。子供たちに努力の大切さを伝えるためには、最適な教材と言える」


 相変わらずの無表情で助手と視線を合わせたアルケミナが顔を上げた。

 それと同時に、クルスの額から汗が落ちる。


「それにしても、僕には理解できません。熱血漢のティンクさんが、なぜ五大錬金術師の一人になれたのか?」

「彼は錬金術師に必要な物を持っているから。私は彼の才能を評価している」

「先生。それは何なのですか?」

「……その疑問の答えは、自分で考えてほしい。ということで、今日は遅いから宿に泊まる」


「珍しいですね。先生が宿に泊まるって言い出すなんて。いつもは野宿なのに……」

 クルスは物珍しそうにアルケミナの顔を見つめる。

「この村には野宿ができそうな場所がないし、テントを張る行為も条例で禁止されている。ヴィルサラーゼ火山を登るための所要時間は十二時間。夜の火山は危険だから今日は登らず、明日の早朝から動く。場合によっては、別の道を通ってサンヒートジェルマンに向かうかもしれない」

「場合によっては?」

「早朝、有毒ガスが観測されたら、入山できなくなる。その情報は、朝にラジオを聞いたら分かる。もしも観測されたら、この村に留まらず、別の道でサンヒートジェルマンを目指す」


 アルケミナの説明を聞きながら、クルスは目を丸くして尋ねる。


「先生。宿も同じ部屋ですか?」

「もちろん。幼い女の子とお姉ちゃんが一緒に寝るのは普通のこと。この小さな体ならベッドが一つあればいいから、一番安い部屋でも大丈夫」

「ですよね」

 そう呟いたクルスは溜息を吐きながら、瞳を閉じた。



 EMETHシステムによって、絶対的能力を得てから二か月が経過。

 その日から、巨乳女性になってしまった彼は悩んでいた。


 この体になって以来、同じテントの中などでアルケミナと添い寝する夜が続いている。

 この生活に慣れているのではないかと思い始めた彼は体を震わせた。

 毎日のように同じ布団で小さくなった彼女と寝る度に、互いに元の姿に戻った状態で添い寝するイメージが浮かび、毎日のように鼻から血が垂れるようになった。

 

 なんとかしなければならない。

 クルスがそう決意した瞬間、誰かが右腕を引っ張った。

 瞳を開けたクルスの顔を、無表情のアルケミナが覗き込む。


「クルス。何か悩んでいるのなら……」

「えっと、早く元に戻る方法を考えないといけないって思いました。あれからもう二か月も経っているのに、元に戻る方法も分かっていないのはマズイですよ。一刻も早く、姿形を変えられた人たちを元の姿に戻したいんです」

 率直な意見を口にすると、アルケミナは首を縦に振った。


「確かにそうだけど、この問題は私だけの力では解決できない。だから、残りの五大錬金術師を探し出して、あの錬金術書を入手する」

「そうですね」と納得したクルスは前方に視線を向けた。


 早く元の姿に戻って、この生活を終わらせたい。


 そんな思いを抱いた五大錬金術師の助手は、アルケミナの幼い手を握り、宿へと歩き始めた。



 薄汚れた壁のシミが目立つ立方体の建物の前で、クルス・ホームは目をパチクリとさせた。


「えっと、先生……」

「ここがこの村で一番安い宿。今日はここに泊まる。安さを全面的に押し出すために、食事は一切出ないが、食料は持ち込んでも良いから大丈夫」

「そういう問題じゃないんです。こういう宿は防犯対策が出来ていないという話を聞いたことがあります。確か、安い鍵を使っているので、針金一本で鍵を開けて客の荷物を奪うこともできるんですよ。ここはやめといた方が……」

「鍵が使い物にならないのなら、錬金術で対処する。創造の槌で備品を勝手に最新鋭のモノに変換したら怒られるが、自分たちの身は自分たちで守ればいいと思う」

 反論の言葉が見つからないクルスは溜息を吐き、一番安い宿の入り口へ迎い一歩を踏み出した。


 目の前にある灰色のドアを開け、真っすぐ進んだクルスは受付に辿り着いた。

 そこで手続きを済ませると、簡易的な鍵を受け取り、一階奥にある部屋に向かい、銀髪の幼女と共に向かう。


 二分ほどでその部屋へ辿り着いたクルスは、目の前に見えたドアを開けた。

 その先で三畳ほどの狭い空間が広がっている。奥にシングルベッドが置かれ、その近くには簡易的な机や椅子があった。

 風呂やトイレもない殺風景な灰色の壁で覆われた空間を見渡したクルス・ホームは妙案を思いつき、両手を叩く。

 それから、中腰になり、近くにいた小さな女の子と視線を合わせた五大錬金術師の助手が首を縦に動かした。


「先生。僕は床の上に置いた寝袋の中で寝ますから、先生はこのベッドで寝てください!」

 そう言いながら、クルスは後ろにあるベッドを右手の人差し指で指した。

「遠慮しなくてもいい。クルスと私が一緒に寝るスペースが確保できている程度の大きさのベッドだと思う」


 アルケミナが視線を前方に見えるシングルベッドに向けると、クルスは溜息を吐き出した。


「先生。少しは女としての自覚を持ってください。本当のあなたは年上の女性。本当の僕は青年。そんな二人が同じベッドで一緒に寝ると考えたら……」


 言い切るより先にクルスの鼻から血が垂れた。それを右手の人差し指で押さえる仕草をした顔を合わせたアルケミナは相変わらずの無表情で語りかける。


「寝心地が悪いと思うが、久しぶりにベッドの上で寝ることができる。ある研究者の話によると、床の上で寝るよりベッドで寝た方が体力回復効率が良いらしい。明日は過酷な登山があるのだから、クルスもベッドで寝た方がいい」


「ごめんなさい。やっぱり先生と一緒のベッドに寝れません。同じテントで一緒に寝るまでが僕の限界のようです」


 頭を下げたクルスは、目の前にいる銀髪の幼女から視線を逸らした。

 その間に夕空が徐々に暗くなっていく。

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