第35話 悪党たちの決闘⑥
ぽっかりと空いた穴を、冷酷な殺人鬼が右手の薬指を立てながら見上げた。
そして、召喚された茶色い槌が叩かれると、彼の真下に魔法陣が刻まれる。
その瞬間、ゴツゴツとした岩の柱が数メートル伸び、一階に落とされたマエストロ・ルークの体が二階にいる敵の元へ運ばれた。
岩の足場の上からルス・グースの目の前へ飛び降りた彼は、周囲を見渡し、勝ち誇ったような顔つきを見せた。
「やっぱりなぁ、お前はバカなんだよ。ルス! 周りをよく見ろ! どこにも魔法陣なんて刻まれてないだろ? つまり、お前の能力はもう使えないんだ。新しく魔法陣を記したり、槌を召喚して叩いたりすればいいって思ってるかもしれないが、俺はお前の動きを見逃さねぇ。妙な素振りを見せたら、槌や魔法陣を切り刻んでやる!」
勝利を確信する冷酷な殺人鬼に対して、ルス・グースは溜息を吐いた。
「マエストロ。その言葉、そっくりそのまま返すのです。ヘルメス族のことを何も理解していないのですね?」
「はぁ? 瞬間移動ができる希少な種族だろう。それがどうした?」
「ヘルメス族は錬金術師の祖。賢者の石生成に一番近い種族のようなのです。私は幼い頃から過酷な錬金術の修行を受け、祖先が残した最高難易度な錬金術を継承したのです。それだけではなくて、私は昔、こう呼ばれていたのです。ヘルメス・エメラルドの再来」
「ヘルメス・エメラルドの再来だと!」
「ヘルメス・エメラルド。正真正銘の錬金術の祖と崇められている彼は、多くの錬金術を開発してきたのです。その数は計り知れなく、教科書に載っている錬金術の殆どは彼が開発した物とされているのですよ。この程度の知識は一般常識なのですが、彼は世界に数人程度しかいない
顔を上に上げた白髪の子どもがペラペラと解説を口にする。その瞳は青く輝いているようだった。
「それでヘルメス・エメラルドの再来か」
「はい。そうなのです。EMETHシステムで人類は一つの異能力を手に入れたのですが、私は聖人だけが持つ七つの異能力とヘルメス族のみが使える二つの能力。さらに、EMETHシステムで獲得した絶対的能力の合計十種の特殊能力が使えるのです。さて、説明はここまでにして、聖人七大異能を使うのです」
そう説明しながら、瞳を青く輝かせたルス・グースは、焦げた天井に向かい右手の人差し指を立てた。その瞬間、マエストロの頭上に十個の魔法陣が浮かび上がり、そこから同時に白い雪が降り注いだ。
白い結晶がマエストロ・ルークの右肩に落ち、彼は頭上の魔法陣に視線を向け、頬を緩めた。
「バカだな。そんな魔法陣、俺の手刀でいくらでも切断できるんだ!」
強く言い切ったマエストロ・ルークが右腕を振り上げようとした。
その時、体が急に冷え、違和感を覚えた彼は不意に自分の右腕を見た。そこには冷たい氷でコーティングされた自分の右腕があった。
腕が氷で固まった間にも、白い雪が彼の体の上へ落ちていく。
それがマエストロの肌に触れた瞬間、体が冷え、氷の結晶が全身を蝕むように広がっていった。
やがて、マエストロ・ルークの体は氷漬けにされ、動かなくなる。
「この餓鬼!」
怒りに任せマエストロが叫んだ。
そんな彼の目には、パラキルススドライで出会った小さな銀髪の子供の姿とルスが重なってみえた。
目の前にいる子供は、あの餓鬼と同じかそれ以上の錬金術の使い手。
ルスは絶対的能力を使わなかったとしても、マエストロに勝つことができる。
完全敗北という言葉が彼の頭を支配した頃、ルスは適当に床に書き込んだ魔法陣に右手で触れ、雪降る魔法陣を吹き飛ばした。
その爆風でマエストロの体を固めた氷が溶けていく。
それから、ルスはと顔を見上げ、視線をマエストロに合わせた。
「無益な戦いをやめるのです。あなたには私の高位錬金術、触感氷結術式を打ち破るチカラはないのですよ。その結果を変えることはできないのです!」
「うるさい。俺は負けたくない。二度と負けたくない。敗北感を味わうのがイヤだ。ここで終わったら、また敗北感を味わうことになる!」
自由を取り戻したマエストロが子どもの前で怒鳴った。そんな声を聴き、ルスは溜息を吐き出した。
「弱いのですね。私は無益な戦いが嫌いなのです。だから、説得します。先程の戦いで、絶対的能力を使わなくとも、聖人の異能を使えば私はマエストロに勝つことができることが証明されました。これ以上やっても無駄なのです」
マエストロはルスの説得に負け、唇を噛みしめた。
「分かった。今回は見逃してやる」
爆破時刻まで残り一分。ルスとマエストロの戦いを目の当たりにしたルクシオンは、表情を強張らせた。
「幼児化しても、錬金術の才能が健在なんて聞いてないわ。おまけに聖人としての異能も使えるなんて。勝ち目ないじゃない!」
「一撃だけなら受けてもいいのです。一応決着しないとトールが怒るでしょう」
「それもそうね」
ルクシオンは一瞬でルスの前に詰め寄り、小さな子どもに蹴りを入れた。
一方、ルスは瞳を青く光らせ、右手の人差し指を立てる。すると、瞬時に鉄製の盾が召喚され、彼女の蹴り技が防がれた。
傷や凹みも付かない盾に弾かれたルクシオンの体は反動で後方の壁まで飛ばされた。
「打撃の威力を踏まえた強度の盾を瞬時に生成して攻撃を防ぐ。ルスお姉様。流石です」
ルスの右隣で戦いを傍観していたラスが腕を組むと、ルスは照れ顔になった。
「この体になってもあの能力が問題なく使えて、良かったのです」
「何が絶対的能力よ。こんなの絶対的能力者が百人束になっても勝てないじゃない!」
ルクシオンが不満を口にすると、ラス・グースは彼女の元へ歩み寄る。
そんな動きを視認したルスは近くにいたマエストロの太ももに幼い手を触れさせた。
「マエストロを瞬間移動させるのです」
「なぜ太ももに触れた?」
「本当は肩に触れるのです。だけど背が届かないから、太ももを触りました」
直後、マエストロの体がルスと消えていく。
次に、ラスがルスと同じようにルクシオンの肩に触れた。
爆風が届かない丘の上まで轟音が響く。
そこから少し離れた廃墟が爆炎と共に崩れ去るのを、七つの影が見ていた。
円を描くように集まった部下たちの中心には、腕を組んだトールの姿がある。
「早速だが、これから独断と偏見による順位発表を行う」
激闘を戦い抜いた五人と一匹と顔を見合わせたトールが、結果を淡々と発表していく。
一位。トール・アン。
二位。ラス・グース。
三位。ルス・グース。
四位。ルクシオン・イザベル。
五位。マエストロ・ルーク。
六位。メランコリア・ラビ。
七位。エルフ・トレント。
結果発表が終わり、ルスがトールの顔を見上げながら、首を傾げた。
「これからどうするのですか?」
「五大錬金術師を暗殺しよう。所在不明の彼らを見つけ次第、殺せ。あの五人を一番多く殺しヤツには褒美をやろう」
トールの野望を聞き、ルスは身震いした。恐れる姉の肩をラスは優しく叩く。
「ブラフマ」
ルクシオンが憎き相手の名前を呟き、黒猫エルフはルクシオンの肩に乗り鳴く。
メランコリアはご褒美という言葉に胸を躍らせ、マエストロは残忍な顔付きになった。
「次は三か月後に集合しよう。集合場所は後日連絡するとして、それまでは自由に動き回るが良い。もちろん、私からの指令もこなしてもらうがなぁ。では、解散!」
号令と共に七つの影が別々に動き出す。
七人の刺客がアルケミナたちに迫る日は遠くない。
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