第34話 悪党たちの決闘⑤
「ふむふむ。なるほど。ラスの能力は錬金術の効果も取り込むことができるようなのですね。触れた物質を九十秒間限定で三倍の速さで飛ばす効果を持つ魔法陣を、暗黒空間に取り込み、同時に召喚した幻水短銃で水玉を放ち、ルクシオンの真下に再配置した暗黒空間からイッキに放出。流石なのです」
戦闘の一部始終を横目で見ていたルス・グースが納得の表情で頷くと、ラスは目の前で仰向けに倒れている大柄な女に目を向けた。その間に壊れた彼女の仮面が元通りに修復されていく。
「ルスお姉様に褒めてもらえて、嬉しいです」
そんな姉妹のやり取りを目の前で見せられたマエストロが、突然腹を抱えて笑いだす。
「ルス。お前はバカだ!」
新メンバーの発言を不快に思うラスは、静かに全身を震わせ、右手に持っていた水色の短銃の銃口を狩れに向ける。
「マエストロ。ルスお姉様を侮辱するなんて、許しません!」
「本当の話だ。自分の能力なら、俺やエルフを倒せると豪語していたが、実際に蓋を開けてみたら、錬金術の魔法陣を爆破できるだけの能力だった。そんな能力で俺を倒せるなんて、バカの考えることだな。今から、それを証明してやろう!」
悪魔のように笑う冷酷な殺人鬼は、視線を真下に描かれた魔法陣に向けた。そうして、上半身を曲げ床に真っすぐ伸びた自分の手を当てると、固いはずの床が一刀両断さていく。
真下の床が崩れ去るよりも先に、体を前方に飛ばした彼は、そのまま体を半回転させ、真横に見えた壁に手刀を叩き込んだ。
すると、壁がひび割れ、そこに描かれた無数の魔法陣が塵となって消えた。
最後にルス・グースの眼前に迫り、彼女が足を付ける床に向けて、右腕を振り下ろし、衝撃波を叩き込む。すると、徐々に彼女の足場が崩され、そこに大きな穴が開いた。
そこから小さな白髪の女の子が短い後ろ髪をゆらゆらと揺らしながら、背中から落ちていく。
その子の体が固い床に叩きつけられる直前、ルスは左手を後方に伸ばし、床を左手で二回触った。
その直後、穴を見下ろすマエストロの視界から一瞬で消えてしまう。
「まさか、魔法陣まで切断できるとは、驚きなのです。でも、マエストロは私の能力を誤解しているようなのです」
「なんだと!」と後方から聞こえてきたルスの声に驚き、マエストロは背後を振り返った。そこには、穴の下に落下したはずの小さな女の子の姿がある。
「錬金術の魔法陣を爆破できるだけの能力という見解は間違いなのですよ」
「どういうことだ?」
「気が付かないのですか? まずは、真下に空いた大きな穴を見下ろしてほしいのです」
言われるまま、マエストロは真下にぽっかりと空いた穴を見下ろした。すると、彼の目に、青白い光が自動的に円を描くように動き出す様子が映し出される。
光の線は一瞬で薄暗い一階の床に大きな魔法陣を刻み込む。
それと同時に、二階の部屋に刻まれた無数の魔法陣から白い煙が噴き出した。
部屋に充満していく煙を吸い込んだルクシオンが、咳き込みながら瞳をうっすらと開け、うつ伏せの体を起こす。そんな彼女の目に左手を自分に伸ばすラスの姿が飛び込んできて、ルクシオンは困惑の表情を浮かべた。
「ルクシオン。説明は後です。ここは危ないので、避難します!」
「えっと、何がどうなって……」と状況を理解できない大柄な女の右肩に自身の左手に触れさせたラス・グースは、一瞬でルスとマエストロの視界から消えた。
その直後、壁や床に刻まれた魔法陣から次々に炎の柱が伸び出し、周囲を業火の炎が包み込んだ。
同時多発的に爆破が起き、周囲の酸素が徐々に消滅していく。
息苦しさと高熱に苦しむマエストロの体は、後方から噴き出す爆風で煽られ、穴の下に落とされた。
落下の衝撃で、マエストロの仮面が粉々になり、焼けるような熱さの中で、冷酷な殺人鬼は薄暗い穴の下で意識を失った。
爆破炎上する部屋の中にいたルス・グースは呼吸を止めたまま、両手の薬指を立て、二つの青い槌を召喚し、地面に落とした。
すると、魔法陣の上から大量の水が噴き出し、燃え上がる炎が一瞬で消え去った。
「消化完了なのです」と呟いた小さな子どもが焦げた部屋を見渡す。
そんな時、彼女の眼前にルクシオンとラスが現れた。
ラスはルクシオンの右肩から手を離すと、穴に近づき、薄暗い中でうつ伏せの状態で気絶しているマエストロの姿を見下ろす。
「ルスお姉様。やりすぎですよ。殺したらお仕置きです」
「大丈夫なのです。死なない程度に手加減しましたから。あの程度の火傷なら、私の回復術式なら全治一週間程度で治るのです」
「ルス。何をやったの?」
難を逃れたルクシオンが尋ねると、ルスは大柄な女の顔を見上げた。
「簡単に言うなら空気感染なのです。私の場合、能力の発動条件が二つあります。一つは、私が右手で魔法陣に触れた場合。もう一つは、爆風に乗って空気中を漂う粉塵が、魔法陣に付着した場合。その場合は、粉塵が付着した魔法陣やそれから召喚された物を爆破させることができるのですよ。左手で任意の魔法陣に触ったら、起爆スイッチがオンになって、相手の武器諸共破壊可能なのですよ」
「ルスお姉様。怖いです。ところで、マエストロをどうしますか? 殺人以外何でもありならば、気絶している状態の相手を攻撃しても悪くないのでしょう?」
「私は嫌いなのです。身動きが取れない人を攻撃するなんて。だから、攻撃するのなら、ラスかルクシオンにお任せなのです」
「ルスお姉様。一つだけ聞きます。僕たちの真下に書かれている魔法陣。それをお姉様は触れました。なぜ爆発が起きないのでしょう?」
頭にクエスチョンマークを浮かべ、腑に落ちないような表情になったラスに対して、ルスは無表情で首を縦に動かした。
「あの時、私は二回魔法陣を触ったのです。その結果、魔法陣を時限爆弾にできるのです。爆破時間まで残り三分ほどだと思うのですよ!」
ルスの告白にラスの思考回路が停止した。その右隣でルクシオンが目を大きく見開く。
「ルス、どうして、そんな大技仕掛けたの? そんなことしなくても、あなたなら……」
「タイムリミットがあった方が面白いと思ったのですよ。因みに、私たちの真下に描かれている魔法陣が爆発すれば、この建物は、確実に倒壊します」
笑顔でそう答えたルスを前にして、その妹は目を点にした。
「ルスお姉様。建物が倒壊すれば、みんな死にますよね?」
「そうなのです。その前に、私たちのチカラでマエストロとルクシオンを瞬間移動すればいいだけの話なのです。まあ、一分以内に決着が着くから問題ないのです」
「決着?」
白髪の子どもの発言を聞き、ルクシオンは首を傾げた。
「私はラスに勝てないのです」
「そんなことはないはずよ。だって、あなたには……」
ルクシオンの異議を唱える声を遮り、ルスは瞳を閉じて一歩を踏み出した。
「あの絶対的能力を初めて試した時にラスと戦いました。その結果、私は負けたのです。ラスには私の本当のチカラを破る方法を教えているので、当然の結果なのです。無益な戦いをしないのが、私の流儀なのですよ。よって、残りはルクシオンと私の戦い。この勝負を一分以内に終わらせたら、トールも満足すると思うのです」
「分かったわ」と呟くルクシオンが右の拳を強く握る。
一方で相対する白髪の子どもは、右手の薬指を立て、白いチョークを召喚した。
右手を開き、それを手に取る間に、穴の下で気絶していたはずのマエストロが起き上がる。
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