第33話 悪党たちの決闘④
廃墟の狭い部屋の中で敵意を向けられたルス・グースは溜息を吐き、椅子から降り、床に足を付けた。
「本当は戦いたくないのだけれど……」
そういいながら、その場にしゃがみ、真下の床に刻まれた魔法陣に右手を触れさせる。その一方で、マエストロは真っすぐ伸ばした右腕を斜め下に向け、少しずつ小さな子どもとの距離を詰めていく。その間、ルスの右隣にいるラスは一歩も動かず、相対する大柄な女と顔を合わせていた。
その手刀使いが駆け出すように前進していき、一瞬でルスの眼前に現れた。
そうして、冷酷な視線で白髪の子どもを見下ろすと、斜めに構えていた手刀を振り上げ、小さな右腕に当てた。
だが、それは切断されることなく、見えない何かで弾かれてしまう。その反動で殺人鬼の体が後方に飛ばされた。
「クソッ。なんだ、コイツ? 切り落せねぇ。だったら……」
涼しい顔で前方にいる殺人鬼の顔を見上げたルスを睨みつけたマエストロが素早く足を動かす。半円を描くように駆けた彼は、ルス・グースの後方に回り込む。
そして、冷酷な殺人鬼は、近くに置かれていた紅茶セットに手刀を当てた。
パリンとティーカップやソーサーが粉々に割れていくなかで、マエストロが右手の薬指を真下に立て、緑色の槌を召喚した。
それを床に叩き込むと、刻まれた魔法陣から風が吹き出し、粉々になったティーカップの残骸がルスの元へ飛ばされていく。
「はぁ」と息を吐き出す白髪の子どもが、マエストロの視界から消える。
突然のことに、マエストロは周囲を見渡しながら、唇を強く噛み締めた。
「クソッ。どこに行きやがった!」
「ここなのですよ!」
至近距離で白髪の子どもの声がマエストロの耳に届き、彼は思わず目を見開いた。
声がした方へ視線を向けると、風の発生源の魔法陣の上に、ルスの姿があった。
その子どもは、魔法陣に自分の右手を触れさせると、すぐに消え、マエストロから数メートル離れた位置に姿を現した。
その瞬間、風が発生していた魔法陣の中で何かが弾け、熱風と共に床が崩されてしまう。放たれた残骸は爆風で吹き飛ばされ、マエストロは落下を防ぐため、体を後方に飛ばした。
やがて、黒煙が消えていき、マエストロは前方にいるルスの姿を捉え、首を傾げる。
「魔法陣を爆発させる能力か?」
その問いに対し、ルスが人差し指を立てた。
「半分正解なのです。能力名は錬金術爆弾。私が指で触れた魔法陣は必ず暴発します。爆発の威力は魔法陣が精巧であるほど高くなるのです。因みに、この部屋に刻まれた魔法陣の威力は、壁や天井を吹っ飛ばす程度の物なのです。それともう一つ。この部屋には目視できないよう背景に溶け込ませた魔法陣も刻まれているのですよ」
そう説明しながら、ルス・グースは右手の人差し指を立て、空気をポンと叩いて見せた。すると、浮かんだ火の玉が出現し、一瞬でそれが爆発してしまう。
「悪趣味な能力名だな。ルス。その名前、お前が考えたのか?」
「違うのです。ラスが考えました。能力名は飾りに過ぎないのです。意味があるとするならば、愛着が湧くことでしょうか?」
「なるほど。ということは、ラスの能力にも名前が付いているということだな」
そう言いながら、マエストロはラスに視線を合わせた。
涼しい顔つきで嵐のような猛攻を繰り出す大柄な女と相対する少年の顔には余裕が宿っていた。
特に避けるような仕草も見せず、一歩も動かない黒髪の少年に対して、何度も見えない速さで蹴りや拳を入れても、攻撃は虚空に消えてしまい、少年の体に当たることがない。
「なるほど。光速で格闘技を繰り出す能力ですね? そのチカラは、プロの格闘家でも回避不可能のようですが、僕の絶対的能力、暗黒空間を破ることは不可能です」
「暗黒空間?」とルクシオンは聞き慣れない言葉に首を傾げた。すると、彼女の目の前でラスが首を縦に動かす。
「実際に拳を交えて分かったと思いますが、ルクシオンが大技を僕に当てたとしても、その攻撃は僕に当たりません」
「もしかして、見えないバリアを能力で張ったのかしら?」
「うーん。不正解です。では、そろそろ、反撃開始です!」
ようやくラスが目の前で体を後ろに逸らした。その瞬間、ルクシオンの目の前で直径一メートルの黒い円が浮かび上がり、そこから右の拳を振り下ろした黒い影が飛び出してくる。
その影が振り下ろされた彼女の右手に対して、一瞬でパンチを叩き込むと、その反動で大柄な女の体が後方に飛ばされた。
「クッ、何よ。これ?」
全身を駆け抜ける痛みに耐えるため、ルクシオンは白い歯を食いしばった。
「直径一メートル程度の大きさの黒い円に、あらゆる攻撃を閉じ込め、任意のタイミングで跳ね返す。閉じ込めた攻撃はエネルギーに変換することもできて、高威力の技に変化させることも可能です。つまり、先程のパンチは、これまで僕が受けるはずだったルクシオンの格闘技の二割を一撃に込めて、お返ししたのですよ」
「なるほど。これまで私はラスに百発の技を仕掛けてきたから、さっきのパンチは私の技の二十発分の威力があったということね!」
「その通りです。それにしても、あの一撃を受けても気絶しないなんて、やりますね。でも、これならどうでしょうか?」
関心を抱く黒髪の少年が頬を緩めた瞬間、ルクシオンの周りを囲むように。四つの黒い円が召喚された。
先程パンチを放ったのと同じほどの大きさの円の中心で、ルクシオンが周囲を見渡すと、自分と同じ程の体型の四つの黒い影が浮かび上がる。
まず、前方に見える影がルクシオンとの距離を詰め、彼女を同じフォームで右の拳を振り下ろす。その動きを視認したルクシオンは床を蹴り上げ、後ろへ体を飛ばした。
すると、今度は背後に迫っていたもう一つの影が、同じように拳を振るう。
その攻撃を真面に受け、彼女の背中に拳が叩き込まれる。
それから、左右から迫る二つの影が、彼女の腹に蹴りを入れると、ルクシオンの膝両膝が地面に落ちた。
「なっ、なによ。これ。この技、この動き、私の……」
大ダメージを受け、呼吸を荒くしたルクシオンが前方に見える黒髪の少年を睨みつけた。
「そうです。暗闇の中へ閉じ込めたルクシオンの攻撃を反射してみました。どうですか? 自分の技で痛みつけられる気分は?」
「そうね。最悪な気分だわ。でも、いくら私と同じ技を放つ人形を増やしたところで、その動きは全て見切っているから……」
瞳を閉じながら大柄な女が立ち上がる。その間に、右の方から影が強く握られた拳を叩き入れる。だが、その動きを見切っていたかのように、右手を開き、拳を受け止めた彼女は真剣な表情で影を左足で蹴り飛ばした。
だが、影は一瞬で消え、攻撃はまたもや虚空に消えてしまう。その隙を狙い、前方の影が左の拳を彼女の腹に食い込ませた。
「ルクシオンの格闘センスは見事ですが、残念です。その程度のチカラでは、影を消し去ることはできないようですね。では、これならどうでしょうか?」
右手と左手薬指を立て、赤と緑のツートンカラーの槌と水色の槌を同時に召喚する。
そして、右手で握った水色の槌を叩き、もう片方の槌は地面に落とした。
すると、槌が何かに飲み込まれるように消えた。
そんな少年の右手には水色の短銃が握られていて、銃口は真下に向けられていた。
そこから水玉放たれていくと、ルクシオンの真下に黒い円が浮かびあがり、ものすごい勢いで放出される。
全身に当たる球を避けようと体を上に飛ばす女性の大柄な体に、前後左右から迫る影が同時に蹴りを入れた。
激痛が全身を駆け抜け、ルクシオンの近くで浮いていた仮面が粉々に崩された。
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