第31話 悪党たちの決闘②
薄暗い廃墟の中を一つの大きな白い影が進んでいく。
目の前に広がる廊下を真っすぐ進むと、一辺が二メートルほどの正方形の空間に辿り着く。その場に足を踏み入れると、部屋の中央に白いローブで身を隠す小さな子どもの姿が彼女の目に飛び込んでくる。
その子どもは、前方から近づいてくるルクシオンに気が付くと、「はぁ」と息を吐き、その場でローブを脱ぎ捨てた。
白と水色を基調にした半袖シャツと黒のハーフスカート姿になったその子供の素顔は、ラスと同じ。
白髪で前髪の向きがラスとは真逆の右になっているショートボブの女の子は、緑色の瞳は侵入者の姿を捉える。
その幼女、ルス・グースは右手の人差し指を真下に立て、素早く地面に魔法陣を記した。
一瞬の内に壁や床に無数の魔法陣が刻まれていき、ルクシオンは頬を緩めた。
「見たでしょ? ルスが錬金術を使っているのを。彼女は格好のカモ。エルフ。最弱ではないことを証明しなさい!」
エルフは鳴き声を出すと、ルクシオンの肩から飛び降りた。
そうして、ゆっくりと自分に近づいてくる黒猫の姿を瞳に捉えたルスは、その場に座り込み、右手の人差し指で自分の真下に刻まれた魔法陣に触った。
それからすぐに、黒猫の目が赤く光り、ルスの真下にあった魔法陣が床を滑るように前進していく。
顔を真下に向け、その現象を把握したルスは納得の表情を浮かべた。
「なるほどなのです。そうやって、他人の錬金術を奪う能力なのですね。素晴らしい能力だと思うのですが、その能力では、私を倒すことはできないのです」
自信満々に顔を上げた小さな女の子の発言を聞き、黒猫が鳴き声を出す。
すると、次の瞬間、エルフの元へと近づいてくる魔法陣から黒い煙が噴き出した。
そして、固いはずの灰色の床が一瞬で崩れ、周囲を灼熱の炎と爆風が包み込んだ。
エルフの近くで浮いている仮面が爆発で破壊されるのを確認したルスは、黒煙の中で頬を緩める。
「やっぱり、推測通りなのです」
その一方で、ルクシオンは唖然とした。一矢報いることができるかもしれないと思った希望は一瞬で爆発と共に崩され、大柄の女性はその場から動けなくなる。
やがて、黒煙は消えていく。ルクシオンが周囲を見渡すと、そこにはルス・グースの姿が消えていた。
床に転がった黒猫がピクンと動き、その場から起き上がる。
その近くで浮き上がった白い薄ら笑いの仮面は修復され、額にはⅠという文字が刻まれた。
すると、ルクシオンは背後から気配を感じ取り、瞳を閉じ、拳を握り締めた。
そのまま体を半回転させ、瞳を開けると、頭からウサギの耳を伸ばしたスレンダーな獣人が素顔が飛び込んでくる。
動きやすいジーンズにピンク色の半袖Tシャツを合わせたその女、メランコリア・ラビは肩まで伸ばした後ろ髪を揺らしながら、距離を詰めていく。
「ルクシオン。ここで会ったら百年目。さあ、実験を始めようかしら」
その時、ルクシオンとエルフの体に異変が起きた。
対峙する仲間を前にして、体が動かなくなっていく。
ルクシオンは、歯を食いしばりチカラを全身に込めるが、その体は少しずつ抜けていき、思うように動かない。
そんな不思議な感覚を味わったルクシオンが目の前に立つメランコリアを睨みつける。
「何をしたの?」
「教えてあげるけど、その前に邪魔な黒猫ちゃんを排除しないとね」
巨乳の女が素早く動き、黒猫の尻尾を握った。そうして、身動きが取れない猫を軽々持ち上げると、半円を描くように右腕を動かし、壁に向かい投げ入れた。
猫の意識は一瞬で奪われ、壁には小さな跡が残る。
そのまま、地面に叩きつけられたエルフは、白い光に包まれ、消えてしまった。
「これでエルフが最下位確定。ということで、そろそろ、あたしの能力について説明しようかな? あたしの周囲、半径五十メートルにいる人間の内、あたしに対して敵意を向けた人物の動きを封じる。それがあたしの能力。その間、あなたはあたしの攻撃を受けることしかできない。残念ながら、この能力は自分でも制御できないの。本当は解除したいんだけど……」
身動きのできない相手の周りを一周しながら、能力の説明を口にしたメランコリアがニヤニヤとした笑みを浮かべた。
そうして、彼女は無防備な大柄な女の腹を狙い、自身の右足を振り下ろした。
いつもなら防ぐことができた一撃を受け、ルクシオンの体が後方に飛ばされていく。
その反動で後方にある壁際まで追い詰められる直前、ルクシオンの目の前からウサ耳の獣人が素早く迫った。
両手を強く握りしめた彼女は、まず右の拳を相対する大柄な女性の腹に叩き込み、続けて、左の拳を彼女の右頬に殴りつける。
何度も打撃技を一方的に受け続けたルクシオンの体が、まるでサンドバックのように左右に揺れた。
「あたしの能力って、ホントに最高ねぇ。特に今回のような自分以外全員敵ってシチュエーションなら、負ける気がしないわ。あっ、この能力で無双して、相手を制圧できたら、トールの役に立てるかも♪」
メランコリアが一方的に殴りつける相手の前で嬉しそうに笑った。
丁度、その時、獣人の右耳は壁が壊される音を捉え、メランコリアは思わず顔を右に傾ける。壁があったはすの場所は廊下と繋がり、周囲には粉々になった瓦礫が漂う。
そこから金髪スポーツ刈りの男が飛び出し、壁際まで追い詰められたルクシオンは思わず目を丸くした。
その男、マエストロ・ルークが、ルクシオンを守るように彼女の前に立ち、相対するうさ耳の獣人の顔を睨みつける。
そうして、彼は背後にいる女と顔を合わせることなく、呟いた。
「ルクシオン。勘違いするな。お前を助けたわけじゃねぇ。俺はこの巨乳女とルスっていう餓鬼を倒す。そして、余裕があったらお前とラスにリベンジする。それだけだ!」
残忍な雰囲気を漂わせるマエストロの登場に、メランコリアが腹を抱えて笑いだす。
「カッコイイじゃん。イケメン金髪男子! でも、この場はあたしが支配している……」
語尾で締めくくろうとした瞬間、メランコリアの頭にクエスチョンマークが浮かび上がった。
今、自分の目の前には、ヒロインのピンチに駆けつけたヒーローのような男がいる。
だが、それは不可能のはずだった。この部屋はメランコリアのテリトリーになっていて、彼女が侵入者の存在を認識しなくても、敵意を向けた者は、必ず行動不能になってしまう。
もちろん、この効果は解除不能。
何がどうなっているのだろうかと思わず首を傾げた獣人に対して、マエストロが失笑する。
「どうした? 戦わないのか?」
「うるさい」とイラついた声を返した獣人が目の前に立つ金髪男子が右の拳を振り下ろす。だが、その手はマエストロの右手で掴まれてしまう。
そのまま、相手の右腕を捻られ、痛みを感じたメランコリアが、顔を上に上げ、冷酷な男の顔を見た。
その体からは、禍々しい黒のオーラが放たれ、瞳は氷のように冷たいものになっている。
放出されていく残忍な雰囲気と狂気は敵意という生易しいものではない。
「この程度か。くだらない」
耳元で聞こえた男の声にメランコリアは、目を大きく見開き、体を小刻みに震わせた。そうして、彼女の近くで浮いていた薄ら笑いの白い仮面に相手の手刀が叩き込まれ、メランコリアの仮面が一撃で壊された。
「さて、もう一発殴ってやろうか?」
残忍な視線を獣人に向けたマエストロが左手を強く握りしめる。
そんな動きを見ていたメランコリアは、左手の薬指を立て、宙を叩いてみせた。
召喚された黒い槌が地面の上に落ち、床に刻まれた魔法陣から黒い煙が放出されていく。
その煙がメランコリアの体を包み込み、マエストロが掴んでいた彼女の右手が霧のように消えていく。
そして、獣人は彼らの前から姿を消した。
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