第30話 悪党たちの決闘①
激闘から数分が経過し、マエストロ・ルークの瞳が瞬いた。
ぼんやりと浮かぶ白い影がはっきりと映ると、目の前に白いローブを着た小さな女の子の姿が彼の視界に飛び込んでくる。
うつ伏せに倒れたはずの青年の体は、いつの間にか仰向けになっている。
そのことに気が付いた彼が顔を上げると、腹部に刻まれた傷口が緑色に光っていて、少しずつ痛みが和らいでいく。
「ふぅ。これで傷口は完全に塞がったのです」
マエストロの目の前にいる小さな子どもがホッとして、胸を撫で下ろす。
それから、目を覚ました彼が周囲を見渡すと、ラス・グースと激闘を繰り広げた廃墟の中に、トールたちが戻っていた。
その中にいたルクシオンは、右隣に立つラスの前で首を傾げた。
「ラス。あの触手は何だったの?」
頭の上に、マエストロの四肢を拘束した緑色の触手を思い浮かべたルクシオンに対して、ラスは首を縦に動かした。
「あの触手は恐ろしいモノです。人間の体には微弱な電気が走っているとされていますが、あの触手の体液には、体内に流れている微弱の電気を全てマイナスにする作用があるんです!」
「えっと、よく分からないのだけど……」とルクシオンは困惑の表情を浮かべた。すると、ラスは溜息を吐き、目の前に立つ大柄な女性の顔を見上げた。
「要するに、プラスとマイナスの電気がバランスよく存在していたら無害だけど、そのバランスが崩れたら感電するということです。そして、マイナスの電気しか持ち合わせていないマエストロが、僕の後方にある壁に設置した魔法陣に触れた瞬間、彼の体には強烈な電気が走りました」
「つまり、帯電状態だった魔法陣にマイナスの電気を大量に持つマエストロが触れた瞬間、電気のバランスが一瞬で崩れたってことなのですよ」
いつの間にか、ルクシオンの前に近づいていたルスの解説を聞き、ルクシオンはようやく納得することができ、彼女は頷いた。
その一方で、メランコリアは腕を組みながら、周囲を観察する。
「スゴイ。倒壊すると思ったのに、壊れたのが壁だけなんて!」
建物の内部は、マエストロが切断した壁とそれを支える柱が壊されただけで、ほとんどが無傷だった。
そんな空間の中で、マエストロ・ルークは絶望した。両ひざを立たせるような体勢で座り込み、目の前が真っ暗になっていく。
メランコリアは表情を明るくして、目の前で佇むルクシオンを右手で指差した。
「さて、無能を紹介したお仕置きを始めようかな?」
メランコリアが視線を犬猿の仲の仲間に向け、右足を振り上げる。
それと同時にトールは、ルクシオンを庇うように、彼女の目の前に立ち、両手を広げた。
「待て。メランコリア。誰が敗北したら、お仕置きだと言った? マエストロを仲間に加える」
「どうして? あいつはラスの能力に成す術もなく倒されたでしょう。なぜこんな無能を仲間に加える必要があるのよ!」
仲間の反論を耳にしたトールが、頬を緩め、立ち上がろうともしない新たな仲間に視線を向けた。その瞬間、暗くなったマエストロの瞳に光が宿る。
「分からないか? こいつの闇。屈辱から生まれる闇だよ。マエストロは良い物を持っている。彼が俺たちの中で最弱だとしても、素晴らしい原石だと思う」
「まあ、トールがいいなら、それでいいけど……」
肩と右足を地面に落としたメランコリアが顔を赤くしながら、ルクシオンから離れていく。
すると、ルクシオンは右手を大きく上げながら、首を横に振った。
「違う。マエストロは、最弱じゃないわ。最弱はエルフ。彼はエルフには勝つことができるもの!」
エルフという聞き覚えのない名前を聞き、マエストロが首を傾げる。
「エルフというのは誰だ? この場にいる六人以外にも仲間がいるのか?」
「ここにいるでしょう? 私の肩に乗っている黒猫の名前はエルフ・トレント。相手の錬金術を奪う絶対的能力の持ち主。あなた相手なら、楽に倒せるでしょう?」
「確かにそうだな。そんな能力、俺の前だとクソだからなぁ」
腕を組み納得したマエストロが首を縦に動かした。
それから、トールがマエストロの前に歩み寄り、右手を差し出す。
「マエストロ。ようこそ。聖なる三角錐へ」
その名を聞き、マエストロは眉を潜めた。
「聖なる三角錐。少数精鋭の錬金術研究機関か? 噂でしか聞いたことがなかったが実在したとは思わなかった」
そんな新メンバーの声を耳にしたラス・グースは腕を組み、トールの右隣に立つ。
「自分たちで言うのも何ですが、錬金術研究機関としては危険な部類に入る組織です」
「なるほどなぁ。コイツらといると退屈しなさそうだ」とマエストロが呟くと、トールは両手を叩いた。
「さて、こうやって久しぶりに集まったわけだから、検証してみよう。私たちの中で一番強いのは俺。最下位がエルフ。二位から六位までの順位が気になるな?」
そんなボスの疑問を聞きルスが手を挙げる。
「先程の戦いで私の能力ならマエストロとエルフを倒すことができることは分かったのです。ルクシオンとメランコリアの絶対的能力がどんなものか分からないから何とも言えないけれど、相性が良かったら私が三番目に強いということになるのです」
小さな子供の推測を聞き、マエストロがルスの顔を睨み付けた。
「俺がこんな餓鬼に負けるだと! ふざけるな!」
「まあまあ。ルスお姉様の分析力は、聖なる三角錐の中で一番です。見解は正しいでしょう。ルスお姉様なら、絶対的能力を使わなくてもこの場にいる僕とトール以外の人間を瞬殺できるかもしれません」
両手を広げながら仲裁に入ったラスの横で、トールが両手を一回叩く。
「いいじゃないか! バトルロイヤルを始めて、順位と能力を把握しよう。俺は参加せず、激闘を見守る。みんなで拳を交えて、新人との交流を深めようではないか!」
そんな発言を聞いていたマエストロがトールにイラつく視線をぶつけた。
新参のメンバーがトールに手刀を向け、空気を切り裂く。
「待て、トール。お前が俺達の中で最強だってなぜ分かる?」
だが、放たれた衝撃波はトールの体に当たることなく、自然に消滅していった。
「何をしやがった!」と驚く新メンバーと顔を合わせたトールが不敵な笑みを浮かべた。
「マエストロ。お前の本気があの程度なら、一秒でお前を戦闘不能にできる」
「クソッ」と睨みつけた顔付きで手刀使いが唇を強く噛む。
一方でトールはマエストロの襲撃を注意することなく、右手の薬指を立てた。
そうして、召喚された灰色の槌が地面に叩かれる。
地面に刻まれた魔法陣の上で六つの薄ら笑いを浮かべる仮面が円を描くように回り続けると、トールは両手を広げた。
「さあ、仮面を取るが良い!」
その指示に従い、五人と一匹が回り続ける仮面を一人一枚手にした。
その仮面の額には『Ⅱ』という数字が刻み込まれていて、手にした者の周囲で浮かぶ。
「その仮面に数字が刻み込まれているだろう。一度仮面が壊されたら、額の数字が減る仕組みだ。仮面に刻み込まれた数字がゼロになったら、強制的に外へ排除される。ルールは先ほどと同様に、殺人以外は何でもあり。もしも、この場にいる誰かが死ねば、死で償ってもらおう。つまり、最後まで生き残った人物が二位の称号を得ることができる。では、ゲームに参加しない俺は外でお前らの戦いを監視しようと思う。さあ、参加者たちよ。最初から乱戦はつまらないから、散り散りになるが良い」
そう言いながら、トールは仲間たちに背を向け、出口へ迎い歩みを進めた。
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