第29話 手刀でなんでも切断できる戦闘狂 VS奇襲を仕掛ける優男

 灰色の埃や粒子が漂う空間の中で、所々に置かれた蝋燭の炎が揺れた。

 アルケア八大都市サラマンダーにある廃墟にあった二つの白い影の視線が重なると、金髪スポーツ刈りの男、マエストロが右手を握り締め、白いローブを脱いだ。

 動きやすい緑色の長ズボンに黒い半袖Tシャツを合わせ、迷彩柄の革ジャンを羽織るその男の服装をチラリと見た対峙する影が、同じように白いローブを脱ぎ捨て、素顔を晒した。

 ショートボブの低身長な黒色の髪の好青年。

 一重瞼と尖がった耳が特徴的な少年の前髪は、左に向けて曲がっている。

 水色を基調にした半袖シャツと黒の半ズボンを着たその少年は、優しく微笑みながら、相対する新メンバー候補に右手を差し出した。


「ラス・グースです。よろしくお願いします!」

 一方で少年の耳に視線を向けたマエストロは首を傾げた。


「その尖がった耳。お前、ヘルメス族か? 瞬間移動が得意という希少な種族と聞いたことがある。初めて会った」


 差し出された右手に触れることなく、ジッと相手から視線を逸らさない新メンバーに対して、ラスはゆっくりと溜息を吐く。


「どうやら、まだ心を開いていないようですね。まあ、初対面なら仕方ありません。一応説明しますと、僕とルスお姉様はヘルメス族として生まれました。さて、こちらの簡単な自己紹介は終わりましたので、今度はマエストロ、自己紹介よろしくお願いします!」

「断る。自己紹介なんて必要ない!」

 マエストロが怒りを露わにして、固い地面を右足で強く踏みつける。

 そんな姿を見て、ラスは顎に右手を置く。

「なるほど。それにしても、あのルクシオンがあなたのような男を仲間にしたいと言い出すなんて、想定外ですね。知ってますよ? あなたがパラキルススドライで百人以上の人間をその手で殺してきた殺人鬼だって」

「それを知っているのなら、自己紹介なんてやらなくてよさそうだな!」


 強く言い切ると同時に、どこかから花火が弾ける音が響き、マエストロは右手を一直線に伸ばし、手刀を近くにある頑丈なコンクリートの壁に当てた。

 当然のように、壁は一瞬にしてボロボロに崩れてしまう。


「戦闘開始だ。お前をこの壁みたいにしてやるぜ!」


 その現象を目の当りにしたラスは、恐怖することなく冷静な顔付きを貫く。


「なるほど、手刀で何でも切断する能力。でも、バカですね?」

「何だと?」

「先手必勝で僕の体をそのチカラで切り刻むこともできたはずなのに、あなたは最初の一手を自分の能力をアピールするために使った。後悔しますよ」

「後悔しない。あれは挨拶だ。お前に恐怖を植え付けるためのなぁ」

 マエストロは相手の標的となる仮面を顔に装着した。薄ら笑いを浮かべる白い仮面で顔を隠す残忍な男と視線を合わせたラスは首を縦に動かしてみせた。


「結構残忍ですね。流石、殺人鬼です。では、こちらは……」

 そう言いながら、黒髪の少年は左手で持っていた仮面を前方に投げてみせた。

 軽いそれはマエストロの目の前の床の上へ落ちていく。

 突然のことに、マエストロは動揺しながら、首を傾げる。

「なぜ、標的を俺の目の前に落とした?」

「トールは殺人以外なら何をしてもいいって言っていたでしょう? だから、あなたの標的をあなたの目の前に落としたのですよ。面白くないから」

「面白くないだと? お前、ルール分かってるのか? この仮面を俺が壊したら、お前の負けだ!」

 マエストロがイライラしながら、目の前に落ちている白い仮面を指差す。だが、ラスは考えを変えず、右手の人差し指を立てた。

「相対する敵が弱いと判断した場合、ヘルメス族は手加減します。つまり、あなたの絶対的能力と僕の能力では、圧倒的に僕の能力の方が有利ということです。マエストロが僕に勝つ確率は僅か一パーセントにも満ちません」

「自信満々だな。その顔が絶望色に染まるのが楽しみだ!」



 そう言いながら、マエストロは右に見えた鉄柱の元へ駆け寄り、手刀で叩いた。

 周囲が砂ぼこりに包まれる中で、何度も手刀を鉄の柱で叩き、四つの鋭い柱が出来上がる。

 周囲に轟音が鳴り響く間にラスは、マエストロに向けて右手の中指も立てた。


「もう一つサービスです。僕は一歩も動きません。あなたなら動かない標的を仕留めることも容易でしょう」

「笑わせるな!」

 激怒する殺人鬼が出来上がった即席の四本の鉄柱を、一歩も動かない標的新向井投げ入れた。それはものすごいスピードでヘルメス族の少年の体を貫くため、前進していく。

 だが、それはラスの体に当たることなく、忽然と消えてしまう。まるで、見えない何かに飲み込まれたように。


「これで終わりですか?」

 不敵な笑みを浮かべる少年と対峙したマエストロの頭に血が上る。

「うるさい。床に落ちてる獲物を狩るより先に、お前を切り刻んでやる!」

 怒りを露わにしながら、冷酷な殺人鬼が前方へ迎い駆け出していく。


「お返しします!」とラスは臆することなく笑顔を見せた。

 すると、前進するマエストロ・ルークの真下に半径一メートルほどの大きな円が現れた。思わず真下を向くと、そこから鋭い四本の鉄柱が文字通り飛び出してくる。

 鋭く尖ったそれが瞳に映ると、殺人鬼は体を上に飛ばし、自身の体を貫こうとする凶器に手刀を何度も入れた。

 鉄の柱が粉々に砕かれていき、破片が周囲に漂い出すと、床の上に現れた黒い円が消え、その場に着地したマエストロが「ふっ」と笑みを浮かべた。

 無傷で自分と相対する新メンバーに対して、ラスは舌を巻く。


「想定外でした。まさか、不意打ちを見抜くとは、中々やりますね。では、これならどうでしょうか?」

 相手に対して敬意を表す優男が右手の薬指を立て、空気を叩く。すると、緑の上に黄色いギザギザ模様が塗られた槌が召喚され、ラスはそれを素早く地面に叩いてみせた。

 すると、灰色の床に魔法陣が浮かび上がり、それが這うようにマエストロが立っている地面に向かい動き出していく。


 怪しい動きを察知したマエストロは、思わず体を後方に飛ばした。

 だが、それよりも早く、魔法陣から先端が丸い緑色の触手が伸び、殺人鬼の右足に巻き付いていく。

 それから続けて、三本の同じ色の触手が魔法陣から伸び、左足と両腕に一瞬で巻き付いた。

 四本の触手で体を持ち上げられた殺人鬼が真下に視線を向ける。そこに刻まれた魔法陣の上に触手が生えていることに気が付くと、四肢に巻き付いた緑の触手の先端が同時に開き、ギザギザの刃が殺人鬼の体に食い込んでいく。


「くっ、うぅうううぅ。ああああぁぁああ!」

 全身を捻らせ痛みに耐える殺人鬼を嘲笑うように、ラス・グースは顔を上に向ける。

「安心してください。毒ではありません……」

 言い切るよりも先に、殺人鬼は両手を斜め下に伸ばし、両手に巻き付いた触手に手刀を入れる。

 すると、すんなりと切断され、断面から緑色のドロドロの液体が飛び出した。

 体を前に曲げ、両足に巻き付いたそれも切断したマエストロは、唇を噛み締め、前方にいるヘルメス族の少年の方へ向かう。


「クソ。俺の体に何をした!」

 叫びながら、距離を詰めてくる相手から視線を知らすことなく、ラス・グースは右手の薬指を立てながら、右腕を後方に伸ばす。

 今度は黄色の槌を召喚すると、それを壁に向かい投げた。

 そして、マエストロ・ルークは右手を真っすぐ伸ばし、目の前にいるラスの首筋に手刀を入れた。だが、その一撃は届かない。

 何度も叩いても首は飛ばず焦る新メンバー候補に対して、ラスが笑みを浮かべる。


「ふぅ。ちょうど十発ですね。これだけあれば大丈夫です」


 瞳を閉じたラスが彼の右手首を掴む。

 その瞬間、殺人鬼の体が一瞬消えた。そして、次の瞬間、マエストロの全身を強烈な電流が駆け抜けた。前方にはラス・グースの後姿が見え、驚く殺人鬼が顔を真横に向けると、壁の上に魔法陣が浮かんでいることが分かる。


 その直後、マエストロの目の前で黒い穴が開き、そこから黒い腕が飛び出した。

 動き出す黒い影は斜め下に振り下ろされ、壁を背に追い詰められた殺人鬼の腹に切り傷を刻む。


 強烈な一撃に耐えられない殺人鬼に体がうつ伏せに倒れていく。

 同時に彼の仮面が粉々に砕かれ、激痛で歪む男の顔が晒され、マエストロは意識を手放した。

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