第24話 アルケミナVSラプラスの助手 後編

 白衣姿の長身アフロヘア男が、槍を右手に持ち替え、同じ赤い槌をポンと叩く。すると、地面に魔法陣が出現し、柄が赤い槍がもう一本召喚された。

 それを左手だけで持ち上げた男は、出入口に置かれた松明の炎に先端を近づけ、炎を灯した。


 ラプラスの助手を務める男が、燃え盛る槍を両手に一本ずつ持ち、前後左右に振り回し始めた。

 周囲の温度も上がり、アルケミナの額から汗が落ちた。そのタイミングでクルスが一歩を踏み出し、突然変異の権威の博士の助手と相対する五大錬金術師の元へ歩み寄る。

 だが、その動きを察知したアルケミナは、右手を斜めに降ろし、助手と視線を合わさずに首を左右に振った。


「クルス。助けは必要ない」

 真剣な眼差しで、目の前の敵と相対する五大錬金術師の気迫を肌で感じ取ったクルスの足が止まる。

「分かりました」と短く答えたクルスが首を縦に振った。

 その間に、アルケミナは顔を下げ、地面を見た。そこには、空気が温められたことのよって生成された水滴がいくつも落ちている。


「戦闘中に余所見ですか?」

 前方から男の声が聞こえ、二本の槍が銀髪の幼女の前で振り下ろされる。

 オレンジ色の炎が宿る矢の先端が幼女の体に触れるよりも先に、アルケミナを右手の人差し指を地面に向け、素早く魔法陣を描く。

 すると、円柱状の水柱が生成され、小さな体が上空へ持ち上げられた。

 そんな現象を目の当たりにしたラプラスの助手が、槍で水柱を斜めに切りつける。

 水滴が宙を舞い、崩されていく水柱を瞳に映したアルケミナが、夕空から落ちていく。

 小さな体が宙を舞う中で、彼女は右手の薬指を立て、空気をポンと叩いた。

 全長二メートルほどの大きさの神々しい大槌が召喚され、右手で掴むと、その幼女は体を半回転させ、研究所出入口の前に着地した。

 アルケミナは、「ふぅ」と息を吐き、相対するラプラスの助手に視線を向ける。


「場に残された水滴を素材にして、錬金術で水柱を生成できれば、ここまで飛べると思った。もちろん、今の私の体重も計算して」

「フッ、咄嗟にそんな術式で攻撃を避けたようだが、距離を詰めれば同じこと」

 二本の槍を手にしたラプラスの助手が出入口へ迎い、駆け出した。

 その瞬間、アルケミナは右手で掴んていた創造の槌で松明を叩く。すると松明が白い光に包まれ、赤色の大太刀に変化した。

 突然の変化に、ラプラスの助手は目を見開く。


「聞いたことがありますよ。万物を創造する槌が存在するという話。確かアルケミナ・エリクシナという五大錬金術師の一人が所持しているとか。そんな珍しい槌を持っているとは。スゴいですね。どうでしょうか? 取引しませんか? その槌とラプラスさんとの面会許可」

「断る。ラプラスは自分で探す」

「命を助けるというお話だったのですが、残念ですね」


 ラプラスの助手が両手の槍を上下に振り回しながら、銀髪の幼女との距離を詰めた。

 槍が同時に半円を描くように振り下ろされると、銀髪の幼女が自分と同じ程の大きさの太刀で猛攻を受け止める。

 そのまま、赤の太刀が半円を描くように振られると、二本の槍がひび割れ、破片が周囲に飛び散っていく。


「ガハッ!」

 一瞬の内に太刀が長身の男の腹に叩き込まれ、衝撃でその体が宙を舞った。

 炎が宿った槍の先端が地面に刺さり、白い煙が昇りだす。


 それから、地面に叩きつけられ、うつ伏せに倒れたラプラスの助手に視線を送ると、戦闘の一部始終を見ていたクルスが、出入口に向かい、駆け出した。

 即席で生成した太刀を眺めているアルケミナに追い付くと、彼女はクルスのTシャツの裾を引っ張り、助手の顔を見上げた。


「クルス。この太刀は素材がいいから、記憶の槌で保存しようと思う」

「分かりました」と答えた助手は、背負いなおしたカバンから純白色の槌を取り出し、目の前にいる小さな女の子に手渡した。

 そして、地面の上に赤い太刀を置き、手にしていた槌でそれを叩くと、白から赤に色が変化していき、白い光に包まれた太刀が地面から消えた。

 そうして出来上がった新しい槌を手に取ったアルケミナは首を縦に振り、研究所への入り口に向け、足を踏み入れた。


「今の間に堂々と正面から潜入する」

 そんな彼女の声を聴いたクルスは、小さく縦に頷き、アルケミナの背後を追いかけた。


 それから一分程が経過した頃、二つの白い影がうつ伏せに倒れた男の顔を覗き込んだ。その内の白いローブを着た低身長の少年は、その場でしゃがみこみ、男の背中を揺さぶった。


「大丈夫ですか?」と優しい声を聴いたラプラスの助手の瞼が開き、長身の体が起き上がる。

 その少年の隣には、大きなアタッシュケースを抱えた白いローブで身を隠す子供の姿がある。

 そんな二人と顔を合わせたラプラスの助手は、少し体を小刻みに揺らしながら、目を丸くした。


「遅かったですね。取引時間ピッタリに来たら、興味深い錬金術師さんと戦うことになって、怪我を負いましたよ! この通り、右腕に大きな傷口が刻まれました」

 ラプラスの助手の説明を聞いていた少年が腕を組む。


「そうでしたか? ところでアレは戦闘で壊れていませんよね?」

 少年の確認に対して、助手が首を縦に振る。

「もちろん」と言いながら、男は白衣のポケットから黒色の槌を取り出した。それえを手に取った少年は、しばらくそれを眺めてから、首を縦に動かす。

 

「確かに、僕たちが求めているアレのようですね」

 少年がチラリと右隣にいる小さな女の子に視線を向ける。すると、子どもは首を縦に動かして、目の前にいるアフロヘアの男にアタッシュケースを渡した。

「報酬の十億ウロボロスなのです」


 大きなケースを開け、中に敷き詰められた大金を瞳に映したラプラスの助手は、満足したような表情を浮かべた。


「ありがとうございます。ところで、先ほどの戦いになぜ加勢しなかったのでしょう? 近くまで来ていたはずなのに……」

 不意に浮かび上がった疑問をラプラスの助手が口にすると、小さな子どもが優しく語り掛ける。


「私は争いが嫌いなのです。それに、私たちとあなたが取引をしていることは、ラプラスさんしか知らないのです。そんな状況で戦ったら、騒ぎになって、取引失敗という結果に陥ると判断したので、隠れていたのですよ」

「いや、そうはならないでしょう? あなたならあの二人を瞬殺できたはずです」

 謙遜する子どもに対して、アフロヘアの男は首を左右に振る。

「買いかぶりすぎなのですよ。相手は創造の槌に選ばれた高位錬金術師なのです。瞬殺なんでできるはずがないのです。あの子と近くにいた連れの女の子の能力は未確認ですが、それでも勝てると思うのです。たとえ二人相手にしても……」

「やっぱり、勝てると思っているんですね!」とラプラスの助手が目を丸くした。


 その直後、ラプラスの助手の視界から小さな子どもの姿が消えた。

「それにしても、面白い代物だと思うのですよ。創造の槌。素材を見極める目がないと使い物にならないという弱点もありますが、あの松明から緋色の太刀を生成できたのですから。おまけに、あなたが所持していた矢を一振りで折るほどの攻撃力も兼ね備えているとは、流石なのです」


 前方から小さな子どもの声を耳にしたラプラスの助手が、出入口前にある松明を見る。そこには、いつの間にか、白いローブで身を隠す小さな子どもの姿があった。

 フードを脱ぎ、白髪ショートボブのかわいらしい顔を晒した女の子の緑色の瞳が青く光る。その状態のままで右手人差し指を立て、松明に触れた瞬間、そこにあったはずの松明が白い光に包まれていく。

 一瞬の内に自分を倒した相手が使っていた赤い太刀が目の前に現れ、ラプラスの助手は思わず息を飲み込む。


「あの術式なら、一目見れば再現できるのですが、やっぱりスゴイと思うのですよ。

 あの小さな体でラプラスの用心棒を兼ねているあなたを倒したことは、評価に値すると思うのです」

「ルスお姉様。遊んでないで、そろそろ行きましょう。みんな待ってるんですから!」

 いつの間にか、ラプラスの助手の近くにいたはずの少年が、地面に刺さった太刀を引き抜こうとする小さな女の子の背後に現れ、彼女の右肩を掴んだ。


「そうなのですが、その前に一つだけ。面白いことを教えてあげるのですよ」


 そんな子どもの声を耳にした瞬間、ラプラスの助手の眼前に、突然、白髪の女の子の姿が飛び込んできた。

 突然のことに驚いた助手が後退りすると、女の子は瞳を青く光らせながら、彼の耳元で囁く。


「今から三十分後、研究所三階の第三ラボ。その場所に侵入者が現れるのです。そこに劣悪な素材の紙を用意すれば、侵入者を窮地に追い込むことが容易にできるのです」

「なっ!」

 驚き首を真横に向けたラプラスの助手は、思わず目を見開いた。

 その先には、小さな女の子の姿もなく、出入口に前にいたはずの取引相手も忽然と消えていた。

 

 その場には、白いローブを着た取引相手が生成した緋色の太刀が残されていた。

 

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