第23話 アルケミナVSラプラスの助手 前編
等間隔に並べられた黒い柱の先端のガラス球の中で小さな炎が揺れる。この街特有の街灯と夕日に照らされた歩道を、銀髪の幼女は無言で歩いた。
そんな彼女をクルス・ホームは慌てて追いかけた。
「待ってください。先生」
その呼びかけに対して、アルケミナはその場に立ち止まり、体を半回転させる。それから、彼女は無表情の顔を上げた。
「ラプラス・ヘア。私は許せない」
「ラプラスさんが何をしたのですか?」
クルスは戸惑いながら、中腰になり、視線を目の前にいる小さな女の子に向ける。
「EMETHシステムには、必ずフェジアール機関が試作段階で見逃したバグがある。この一言を私は許せない。フェジアール機関に対する悪口に聞こえた。クルス。悪いけれど、ラプラスの意見は聞かない」
「先生。待ってください。ただ悪口を聞いただけで、突然変異の権威であるラプラス・ヘアの意見を聞かないのですか?」
「悪口だけではない。ラプラスはとんでもないことを考えている。突然変異の権威という称号を悪用した陰謀」
「どういうことですか?」
クルスが首を傾げると、アルケミナは一歩を踏み出す。
「ラプラスたちが、絶対的能力者たちから検出したデータを元に何かしらの悪事を働いているとみて間違いない。システムの不具合を探すのは、フェジアール機関が行う。全くプロジェクトに関わっていない、ラプラスの研究所が不具合を探しているのはおかしい」
アルケミナの意見は一理あるとクルスは思った。だが、それと同時に助手の頭にクエスチョンマークが浮かび上がった。
「でも、証拠がありませんよ。ラプラスさんは、僕たちと同じように、システムの不具合で別の姿にされた人たちを救おうとしているんだと思います。システム開発に関わってない第三者としての視点で元の姿に戻る方法を探すために」
「それなら、あの演説でそれを強調するはず。突然変異の権威という立場を利用して、能力実験を行い、悪事を企んでいると考えた方が自然。証拠はあの研究所に潜入して探し出す。絶対的能力を利用した悪事を見逃すことはできない」
アルケミナが打倒ラプラスに燃えていると、クルスはさらに質問を投げかけた。
「聞きたいことがあります。あの質問の意図です。最後の質問が悪事を探るための物なら、その前の二つの質問にはどのような意図があるのですか」
「個人的興味。ラプラスの見解が聞きたかっただけ。これだけでも当初の目的であるラプラスに意見を聞くというのが達成できた。これ以上の意見は必要ない」
意外な答えにクルスが肩すかしを食らい、目を点にした。
「えっと、先生……」
これ以上反対意見が思いつかない助手はアルケミナの勝手な推理を尊重することしかできなかった。
そんな出来事から数時間程が経過した頃、辺りはすっかり暗くなり、夜空に星々が輝きだした。
数時間ぶりにラプラスの研究所があるビルの前に立ったアルケミナが、ジッと前にある自動ドアを見つめる。その右隣に立つ助手のクルスは、満天の星空を見上げながら、首を傾げた。
「ところで、なぜこの時間帯に研究所に潜入するのでしょうか?」
「悪事が行われるのは夜」
「だから、まだ悪事が行われていると決まったわけではないでしょう!」
「証拠がないから潜入捜査を行う」
簡潔に助手からの質問に答えたアルケミナは、堂々と研究所の玄関に向かい、一歩を踏み出した。その行動を見ていた、クルスの目が点になる。
「えっと、先生。堂々と玄関から侵入するのですか?」
「回りくどいのは嫌い」
「だから、玄関から侵入すれば、すぐに捕まるでしょう。ここは裏口から侵入しましょうよ!」
助手の話を聞かないアルケミナに対して、クルスは溜息を吐いた。
すると、どこかから別の足音が反響を始める。その足跡が徐々に大きくなっていき、自動ドアが開き、アフロヘアのラプラスの助手が姿を現す。
その男は、周囲を見渡し、視線の先に銀髪の幼女がいることに気が付くと、頬を緩めた。
「誰かと思えば、好奇心旺盛なお嬢ちゃんと子守りのデカパイ少女ではありませんか。こんな時間に何の用でしょう?」
ラプラスの助手の問いかけに対して、アルケミナは彼の顔を見上げた。
「ラプラスが絶対的能力者たちを集めている理由を教えて?」
銀髪の幼女から質問を返されたラプラスの助手がクスっと笑う。
「愚問ですね。ラプラスさんは、EMETHシステムの被害者たちを救済するために行動しているのですよ」
「それはフェジアール機関の仕事。ラプラスたちの仕事ではない」
「私たちは被害者を救済するために行動しています。あのプロジェクトの試験運用開始からもう二週間も経過するのに、何もせず、ただ責任を放棄したあの五大錬金術師たちに代わって。まあ、ただの餓鬼には分からないでしょうね」
「何もせず、ただ責任を放棄したあの五大錬金術師たちに代わって……」
ラプラスの助手の言葉を復唱したクルスは、右手を握り締め、右隣に立つアルケミナの顔を見た。相変わらずの無表情だが、その瞳はラプラスの助手の姿を捉え続ける。
「ただの餓鬼じゃなかったとしたら?」
銀髪の幼女の声に激怒したラプラスの助手は、込み上げた怒りを右足に籠め、地面に蹴り落した。それと同時に、彼は白衣のポケットから手のひらサイズの赤い槌を取り出し、地面に叩きつけた。
「面白い。ラプラスさんの研究の邪魔をするのなら、この場で倒します。この火炎槍の槌で!」
東に火星。
北に金星。
西に牡牛座。
南に双子座。
中央に三角形。
その記号で構成された魔法陣が地面に刻まれ、円の中心に一本の柄が赤い槍が召喚される。それを両手で持ち上げ、松明に灯された炎を槍の先端に近づける。
槍の先端に炎が宿ると、槍の柄を長く持つ姿を視界に捉えながら、アルケミナ・エリクシナは素早く金色の槌を取り出し、叩いてみせた。
中央に地の紋章。
東に太陽。
北に火星。
西に牡牛座。
南に双子座。
その記号で構成された魔法陣によって召喚された黄金の盾を両手に持つと、男の槍の突きが弾かれ、盾の正面が黒く焦げていった。
「面白いですね。凝固金盾の槌で召喚した盾で身を護るとは。ラプラスさんの説明会に来ていたということは、あなたも絶対的能力者なのでしょう。それなのにあなたは絶対的能力を使わない。研究者として興味があります。なぜあなたは絶対的能力を使わないのか? 能力を使っていれば、瞬殺だったのにね」
ラプラスの助手が興奮したように笑うと、アルケミナは白い煙が昇り始めた盾をジッと見つめた。黒くなり使い物にならなくなった盾を、その場に捨てたアルケミナは、小さく首を左右に振った。
「私が能力を使わないのは、自分の能力が錬金術という理念を根底から破壊する物だから」
「やっぱり面白い。絶対的能力は、錬金術という理念を根底から否定する物でしょう。そういうものだと分かっているのに、なぜ実験に参加したのでしょう?」
「あなたは絶対的能力と錬金術は共存できないと思っている。でも、その考えは間違い。錬金術と絶対的能力が共存できる日は必ず来る!」
「それは幻想に過ぎませんよ。いずれ錬金術が滅び、絶対的能力がこの世界を牛耳る世界がやってくる。そのためにも絶対的能力に関する実験を進めなければなりません。それを認めないというのなら、本気で戦いますよ」
ラプラスは盾から槍を遠ざけ、距離を開ける。
静かな風が吹き、松明の炎を揺らす。
この瞬間、ラプラスの助手とアルケミナの戦いが始まろうとしていた。
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