第五章 博士の陰謀
第22話 ラプラス・ヘア博士
焼けるような暑さを肌で感じ取りながら、銀髪の幼女と巨乳少女がアスファルトの道を歩く。熱せられた地面に落ちた人々の汗は、そのまま白い煙に変換されていく。
アルケア八大都市の一つ、サラマンダー。
毎日の平均気温が三十度を超える猛暑都市を訪れる人々の多くは、半袖姿で素肌を晒す。雑踏の中で通り過ぎていく人々と同じく、水色の半袖シャツを着た銀髪の幼女、アルケミナ・エリクシナは、右隣を歩く助手のクルス・ホームの顔を見上げた。
アルケミナと同じく水色無地の半袖シャツ姿のクルスは、思わず顔を下に向けた。薄手のシャツの胸元は、自分の大きな胸で押し広げられ、お腹が出てしまう。
そんな姿を、通り過ぎていく男たちにジロジロと見られ、クルスは恥ずかしくなり、顔を赤くした。
「先生。まだ何ですか?」
「……もうすぐ」と答えながら、銀髪の幼女が前方を指差す。その先に煉瓦により構築された地上五十階建ての高層ビルが見えてきて、クルス・ホームは「あっ」と声を漏らした。それから、その場に立ち止まり、右隣にいる小さなアルケミナに視線を合わせるように、中腰になる。
「そういえば、先生、アポイントは取ったんですか? 突然変異の権威として有名な研究者なら、すごく忙しいと思います」
「問題ない」と短く答えたアルケミナは、目の前に見えてきた研究所ビルに向かい、一歩を踏み出した。
そのビルの入り口の前に置かれた松明に灯された炎がゆらゆらと揺れる。
その様子を見ていたクルスは、「はぁ」と息を吐いてから、前方にある自動ドアに視線を向けた。
そして、隣のアルケミナと共に一歩を踏み出そうとすると、突然ドアが開き、白衣を着た一人の男が姿を見せた。
アフロヘアに黒縁眼鏡をかけた、長身の痩せた男は、目の前に小さな子供がいることに気が付くと、中腰になる。
「何の用でしょう?」
「ラプラス・ヘアに会わせて」
顔を上げたアルケミナが単刀直入に答えると、男は両手を一回叩く。
「もしかして、EMETHシステムの被害者ですか? 最近その問い合わせが多いんですよ。ですから、一時間に一回ペースで説明会を開いています。よろしければ、どうぞ。もうすぐ始まりますから! 会場までご案内しますよ」
中腰状態から真っすぐ立った男が微笑んだ。その視線の先は、クルスの大きな胸元へ向けられている。ニヤニヤと笑うその目を見たクルスは思わず右手を握り締めた。
それから白衣の男は後方を右手で指し、二人の女に背を向け、歩みを進めた。
「それはありがたい」と呟いたアルケミナが自動ドアを潜る。そんな後ろ姿を、助手が追いかけた。
一階入り口を真っすぐ進み、奥にあるドアを開けると、長方形の机が多く並べられた空間に辿り着く。
その中で三十八の異様な影たちが蠢いた。
狼男や犬に変貌した者たち。
老若男女の姿に変えられた者たち。
クルス・ホームは、ここにいる人々は全員EMETHシステムの被害者であることを理解した。それと同時に、ここのいる人々は氷山の一角に過ぎないとも思いながら、彼らの顔を瞳に焼き付ける。
この人たちのためにも、あのシステムの解除方法を探し出さないといけない。
そういう強い気持ちを胸に抱き、五大錬金術師の助手は前方に視線を向けた。
間もなくして、アルケミナたちを案内した白衣姿のアフロヘア男が前方にある大きな机の前に立ち、マイクを持った。
「皆様。大変長らくお待たせしました。それでは、当研究所の所長、ラプラス・ヘアさんの登場です」
拍手や遠吠えが会議室に鳴り響き、前髪を七三分けの黒い髪に、黒縁眼鏡の男が四十人の前に姿を現す。その男の肩には、赤色のトカゲが乗っている。
男はアフロヘアの助手からマイクを貰い、頭を下げた。
「私はラプラス・ヘアです。よろしくお願いします。早速ですが、EMETHシステムの不具合について語りますね。私はシステムには一切関与していませんので、好き勝手に見解を述べることしかできませんが、それでもよろしい方は、私の話をお聞きください」
ラプラスは笑みを浮かべながら、マイクを握りなおした。
「EMETHシステムの不具合により皆様は突然変異されたわけですが、対処方法は私にも分かりません」
そのラプラスのハッキリとした発言を聞き、人々は騒然とした。
「どういうことだよ!」
「話が違うじゃねぇか!」
怒号が会議室に響き渡る中で、ラプラスが咳払い一つで人々を黙らせた。
「お静かに。私が言いたいのは、あくまで対処方法が分からないということだけです。どのようにすれば体が元に戻るのか。その方法が分からない。唯一分かるのは、突然変異の原因は、EMETHシステムの不具合であること。具体的ことは分かりませんがね。そこで皆様には、私の実験に協力していただきたい。EMETHシステムには、必ずフェジアール機関が試作段階で見逃したバグが存在するはずです。それを皆さんで探そうではありませんか。私からは以上です!」
ラプラスの演説を聞き、アルケミナとクルス以外の人々は一斉に拍手する。
ドッと押し寄せるような音が響く中でアルケミナはジッとラプラスの顔を見ていた。
「それでは、質問コーナーを始めます」
アフロヘアの助手がマイクを握ると、顔が狼になっている男が挙手した。
「どうぞ」
助手は男にマイクを渡す。マイクを受け取った男は早速ラプラスに質問する。
「実験の具体的な方法が知りたい」
ラプラスは質問を受け、再びマイクを手にする。
「簡単に説明しましょう。皆様には研究所の敷地内や国内で絶対的能力を使用してもらいます。我々研究員が絶対的能力に関するデータを収集し、不具合を見つけるという流れを繰り返します」
狼男は会釈し、マイクを助手に渡す。
「他に質問はありませんか?」
ラプラスの助手が、集まった絶対的能力者たちに聞く。すると、アルケミナが手を挙げた。
それに気が付いた助手はしゃがみ、アルケミナにマイクを渡す。
「質問する。なぜシステムの不具合によって突然変異したのか? この場にいる絶対的能力者は全員多種多様な存在。本当にシステムに不具合があったのなら、突然変異するのは一種類のみのはず」
その五歳児からの質問にラプラスは笑み浮かべた。
「システムの不具合で個別性が生まれるのはあり得ないと。確かに君の言う通りです。あくまで仮説ですが、突然変異と絶対的能力には因果関係があると思うのですよ。その答えで満足ですか?」
ラプラスの質問を聞き、アルケミナが質問を続ける。
「次の質問。性格だけが変化した絶対的能力者を私は知っている。そのメカニズムはどう思う? 仮説で構わない」
「そういうレア物もいるんですね。システムの不具合により、精神が異常になったということでしょう。もういいですか?」
ラプラスが呆れたような顔を見せると、アルケミナは最後の質問をラプラスに伝える。
「最後の質問。EMETHシステムの不具合を解析したら、万人が絶対的能力を使用できると思うのか?」
「面白いことを言いますね。理論上は可能でしょう。EMETHシステムの不具合で一般公募を含む十万人が突然変異したんです。ただの一般人が使えないはずがない」
「ありがとう」
アルケミナはマイクの電源を切り、ラプラスの助手にマイクを渡す。
その後、何も質問が出なかったため、説明会は打ち切られる。最後に助手が集まった絶対的能力者たちに伝える。
「以上の説明で、当研究所の実験に協力したいと考えている方は残ってください。それ以外の方は帰って構いません」
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