第21話 洞窟の主との戦い

 トールが姿を消してから四十秒ほどが経過した頃、ブラフマは気配を感じ、背後を振り返った。

 その視線の先には、銀髪の幼女と巨乳の少女が並んで立っていた。

 その女たちの顔を見たブラフマは、思わず頬を緩める。


「予言通りじゃな。アルケミナ・エリクシナ。久しぶりじゃな。わしの名前はブラフマ・ヴィシュヴァ。覚えておるか?」

 そう言いながら、青年は銀髪の幼女に視線を向けた。すると、銀髪の幼女は顔を上げ、青年と顔を合わせた。

「ブラフマ。会いたくなかった」

 アルケミナが率直な言葉を告げると、ブラフマは腹を抱えて笑いだす。

「そんな小さな子供になっても、相変わらずじゃな。そんなにわしが嫌いか?」

「嫌い」

 アルケミナが簡潔に言葉を告げると、ブラフマは視線を彼女の右隣にいる巨乳の少女へ向けた。


「そっちは助手のクルス・ホームじゃな? あのシステムの不具合で性転換したようじゃな?」

「はい。ところで、ブラフマさんはこんなところで何をしているんですか? 僕たちはシステムの解除方法を探すために、失踪した他の五大錬金術師を探しています。あのシステムの錬金術書が集まれば、どこに不具合があったのか分かると信じて」

「システムの解除方法と申したか?」

 アルケミナの助手の疑問の声に対し、ブラフマは首を捻った。

「えっと、もしかして、ブラフマさんは、EMETHシステムの解除方法を知っているんですか?」


 当然のように湧いて出た疑問の声に対し、ブラフマは首を左右に振ってから、真顔になった。


「それが目的なら、わしが持っておる錬金術書は渡さぬ」

「どういうことですか? 突然、人喰い生物にされた人や残忍な性格を植え付けられて殺人鬼になった人もいるんです。システムが解除されたら、みんな元の姿に戻ることができるんですよ!」

 五大錬金術師の助手の真っすぐな意見を、ブラフマは鼻で笑った。


「十万人もの人々の姿形を変えてしまったことによる責任感か? 残念じゃが、そんなものは必要ないのじゃよ。今回は不具合で十万人もの人々の人生を大きく変えてしまったかもしれんが、EMETHプロジェクトは、人類を進化させるための実験じゃ。人間が足を踏み入れてはいけない領域へと踏み込んだ代償として、人々の姿形が変わってしまったかもしれぬ。人々が、この代償を受け入れることができれば、解除方法を探す必要なんてなくなる。そう思わぬか?」


「……ようするに、ブラフマは元の姿に戻りたくないということ。嫌い」

 今まで黙って話しを聞いていたアルケミナが口を開くと、ブラフマは溜息を吐いた。


「EMETHは人類を進化させるのじゃ。錬金術ではできないことが、今後できるようになり、今まで使ってきた錬金術は消えてなくなる。それは人類の大きな一歩ではないか?」

「錬金術には無限の可能性がある」

 アルケミナは我儘な子供の如く、自身の信念を貫く。だがブラフマはあっさりとアルケミナの意見を否定する。


「無限の可能性か。錬金術の無限の可能性なんて、EMETHシステムと比べたら屁のカッパ。逆に聞くが、錬金術で若返りができるか? 永遠の命が実現できるか? 不可能じゃろう。賢者の石さえ創造できない錬金術に、できるはずがない。EMETHシステムを開発すれば、永遠の命という夢が現実化するかもしれぬ」


「永遠の命。ブラフマは腰の曲がった白髪交じりの老人だった。この世の法則だと今後あなたは老いていく。それでもブラフマは永遠の命を手にしたいと考えている。それが許せない。死に逆らって生きるあなたの生き方が許せない。錬金術を冒涜する人を許さない。同じ五大錬金術師だとしても……」


 洞窟の岩に付着した雫が地面に落ちる中で、ブラフマとアルケミナの激論が続く。ブラフマは高笑いをしながら、自分の意見を熱弁した。


「永遠の命と永遠の若さ。わしはそれが欲しい。EMETHシステムにはわしの夢を叶える手がかりが隠されている。お前だってEMETHプロジェクトチームのメンバーだった。お前もEMETHシステムに興味があったのではないのか」

「EMETHシステムと錬金術が共存すれば世界が変わる」

「EMETHシステムと錬金術が共存できない。それが分からないなら、戦うしかないな」

 ブラフマは地面に手を触れさせ、魔法陣を発動させた。その円からは巻が発生する。


 その竜巻は増殖し、アルケミナたちに襲い掛かる。

「先生。危ない!」

 クルスは咄嗟に竜巻に触れる。すると、竜巻が自動的に消滅した。

 その様子を見てブラフマが拍手する。

「素晴らしい能力だ。アルケミナも能力を使え」

「嫌。ブラフマと同じ能力だから絶対に使いたくない。その能力は錬金術を冒涜している」

「まだそんなことをいうのか。意地っ張りを止めないとわしに勝てない。わしは全盛期の若い肉体。錬金術の才能。長年積み重ねてきた経験。絶対的能力。全てにおいてお前らを超越している」

 ブラフマは壁に触れながらアルケミナたちに近づく。すると無数の魔法陣が壁に現れた。


 一方でアルケミナは槌を召喚して、地面で叩く。だが、

 それより早くブラフマの絶対的能力によってハエトリ草のような食虫植物が召喚される。

 その数は十を超えている。これだけの数を一斉に召喚することは錬金術では不可能だと、クルスは思った。


「アルケミナ・エリクシナ。この状況をどうやって切り抜ける」

「それは地に生えた植物。ツタを伸ばし獲物を捕食する。ある程度の距離を保ちつつ錬金術で対処すれば何とかなる」

 そのアルケミナの判断を聞き、ブラフマが笑う。

「その知識は正しい。だけどその知識は通用しない」

 ブラフマによって召喚された食虫植物のツタは、近くで気絶している緑色の毛に覆われた三つ目の怪物を突き刺す。すると怪物の瞳に光が戻った。


「このツタに突き刺されたモンスターは、体力を回復して凶暴になる。これも錬金術ではできない芸当だな。こいつは夜凶暴化した主と同じかそれ以上強い。夜に凶暴化した主を仕留めるのは、プロでも難しい。それでも倒せるのか」

 ブラフマはアルケミナに問うと、出口の方向に向かう。


「凶暴化した主は暴走する。わしも攻撃に巻き込まるかもしれん。必要な物は手に入ったから、ここは脱出する。次はサンヒートジェルマンで狩りを楽しもうかな」

 ブラフマは笑顔を見せ、洞窟の出口から脱出する。彼が脱出した後、凶暴化したモンスターは出口を塞ぐように立つ。

 この状況からアルケミナは察する。このモンスターは撃破しなければ、洞窟を脱出することはできない。

 三つ目のモンスターは、アルケミナに考える隙を与えず、彼女に襲い掛かる。


 そのモンスターは、体中の体毛を猛スピードで生やす。その体毛は一秒間に十センチほど伸びる。

 アルケミナはモンスターとの距離を開ける。だが、それより早くブラフマが召喚した食虫植物がツタを生やし、アルケミナを襲う。

 クルスは、アルケミナの背後に立ち、伸びるツタに触れる。その瞬間ツタは枯れるが、また新しいツタが生え変わる。


「先生。きりがありません」

「大丈夫。ここは私に任せて。ブラフマが召喚した食虫植物は距離を開けて私が錬金術で対応すれば一発で対応できるけど、問題は主。凶暴化したうえに体毛が生えるスピードが通常の十倍になっている」

「何か弱点はないんですか」

「それは……」


 モンスターは会話中にも容赦せず、攻撃を繰り返す。アルケミナは小さな体でモンスターの攻撃を避けながらクルスに言い聞かせる。

「左目が弱点」

 アルケミナは素早く、そこに転がっている石を四つ地面に置き、創造の槌を叩く。


 ただの石は石炭へと変化する。その後アルケミナは東西南北を牡牛座の記号で構成され、中央に上向きの三角形が記された魔法陣を硬い地面に記した。

「烈火炎上術式」

 そう呟いた直後、発生した紅蓮色の炎の力が強まっていく。


 それらがアルケミナの回りを包み込む。モンスターたちは攻撃を続ける。だが、アルケミナの回りに置かれている石炭が炎を上げる。

 炎はツタに引火。炎は瞬時に食虫植物を包み込んでいく。

 それは主も同じだった。主がアルケミナを攻撃しようとすると、炎が体毛に引火する。

 主は一瞬動きを止める。その隙を突きクルスが主の左目を攻撃する。


 たった一発の攻撃により主は気絶した。

 アルケミナは炎を消し、目の前に聳え立つ岩場まで歩く。その後をクルスが追いかけた。


「凄いですね。あのピンチを切り抜けるなんて」

「凄くない。あの主はブラフマの能力で凶暴化していたけど、無理やり暴走させられたから動きが鈍かった。ただ体毛が伸びるスピードが十倍になっているだけ。鈍かったと言ってもクルスの絶対的能力がなかったら、今頃殺されていたかもしれない。絶対的能力がなかったらあり得ないシチュエーションだけど……」


 そうして二人は、岩場を昇り切り、洞窟の出口へと足を踏み入れた。


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