第20話 ブラフマVS謎の組織

 その場所は、ゴツゴツとした岩が周囲を覆う半円の空間だった。天井の中心には、数メートルほどの大きさの円形の穴が開き、周囲をほんのりと明るく照らす。

 その天井より数メートル下には、左右二つ存在する楕円形の穴があり、そこからも外の光が取り込まれている。

 

 この場所、エクトプラズムの洞窟最深部へ足を踏み入れたブラフマは、眉を潜めた。


 目の前には、気絶した一匹の緑色の毛に覆われた三つ目の怪物。

 この怪物はエクトプラズムの洞窟の主とされる存在。その怪物が易々と倒されたという事実。

 おそらくブラフマが洞窟の出口に到着する直前、何者かが怪物を倒したのだろう。


 思考を巡らせ、そんなことを考えた五大錬金術師の耳に、女の声が届く。


「弱かったよ。そのモンスター」


 背後に感じ取った気配を元に振り返ると、その先には右肩に黒猫を乗せた白いローブで顔を隠す大柄な女と金髪スポーツ刈りの男がいた。

 いち早く、その女たちが主を倒したと察したブラフマは彼らに視線を向けた。


「殺してはないよなぁ。このモンスターの血液は錬金術の実験に必要なアイテムなのよ」

 ハンサムな声を耳にした女は首を縦に振った。

「もちろん。私もあなたと同じ物が欲しかったからね。手加減したよ」

「錬金術を使用した形跡がないということは絶対的能力者か?」

「そう。私たちは絶対的能力者。血液を分けて貰おうという考えは捨てなさい。イケメンだからって手加減しないから!」

 女がブラフマに敵意を向けると、ブラフマは白い歯を見せる。

「ほぅ。うぬがわしを倒すと申すか? じゃが、わしは強いよ。何ならルール無視のガチンコ勝負でどうだ?」

「きゃっはっははっ。あなたって、ホントにバカだね。ただの錬金術師が三人もの絶対的能力者に勝てるわけがないじゃない!」

 腹を抱えて笑う大柄な女の隣で、金髪の男が右手を真っすぐ前に伸ばす。


 それと同時に、ブラフマは体を後方に飛ばし、左手でゴツゴツとした岩の壁に触れた。すると、突然、魔法陣が浮かび上がる。


 その様子を視認した女は頬を緩めた。同時に黒猫の瞳が赤く光る。

 だが、何も起こらず、唖然とした女は思わず口元を両手で隠した。


「どうした? 戦わぬのか?」と首を傾げながら、五大錬金術師は壁から召喚した黒い剣を抜き取った。

 左手だけで長剣を握り、女たちに黒く光らせた剣先を向ける。

「うるさい!」と焦る女の顔をチラリと見たブラフマは、納得の表情を浮かべた。

「なるほどのぉ。黒猫の絶対的能力でわしを錬金術使用不能状態にして、痛みつける算段だったようじゃが、残念じゃったのぉ。わしの能力の前では、そんな小細工通用せんよ」

「うるさい、マエストロ。イッキに倒す」

「違う。イッキに殺すだ!」


 マエストロ・ルークことパラキルススドライの怪人は手刀で背後にあった洞窟の壁を叩いた。すると、固いはずの岩が粉々に崩れた。

 鋭くなった岩の破片が宙に舞う中で、マエストロが白い渦巻き模様の入った緑色の槌を叩く。

 すると、空気の流れが変わり、鋭い破片が男に向けて飛ばされていく。



 その間に、白いローブの女は、前方に体を飛ばし、駆け足で黒ローブの男との距離を詰めた。そんな動きを察知したブラフマは剣を左右に一振りした。

 五大錬金術師に向けられて放たれる鋭い岩の破片は、斬撃で粉々に砕かれていく。


  その直後、ブラフマの視界から女の姿が消えた。そして、瞬く間に白いローブの女の顔が眼前に飛び込んでくる。

 それでも驚かない男は、右手を開き、前に伸ばして、見えない何かを前に押すような仕草を見せた。

 すると、女が振り下ろした拳が見えない何かで弾かれてしまう。

 何度、殴っても、結果は変わらず、女は思わず唇を噛んだ。


「クソッ。何をしやがった!」

 驚愕を露わにする女の顔をチラリと見ていた五大錬金術師が胸を張る。

「絶対的能力を使っただけよ。お前らとは経験や才能が違う。俺は最強だ。さあ、どうした? 二対一でわしを倒すんじゃなかったのかのぉ? そっちの金髪のきみ。おぬしの手刀の切れ味は抜群じゃのぉ。即席で生成したこの剣と交えてみようではないか。まさか、怖気づいたのかのぉ? やはり、おぬしたちが洞窟の主を倒したのは、マグレのようじゃな」


 その時、エクトプラズムの洞窟の出口から足音が反響した。その音だけで、洞窟に住むモンスターたちの体が小刻みに震える。

 空気がひんやりと冷え、傲慢な五大錬金術師は真顔になる。


 洞窟に静寂が戻った瞬間、頭上に見える右の出口から白いローブを着た中肉中背の男が、地上を見下ろした。

 性別不明な存在は、地上に見覚えのある姿を見つけると、頬を緩めた。

「ここにいたのか。随分探したよ」

 中性的な声が響き、白いローブの女が視線を出口に立つ人物を見た。


「トール師匠。約束は明日のはずでしょう。なぜ探していたのですか?」

 

 女は突然の師匠の登場に、心底驚いている様子だった。それに対して、トールは首を横に振ってから、ブラフマの顔をジット見る。

「ルクシオン。お前は探していない。このエクトプラズムの洞窟を住処にしている高位錬金術師を探していた」

 白いローブを着ている女、ルクシオン・イザベルが驚いたように聞き返す。


「この男を見つけたあなたは何をするのですか?」

「挨拶さ。キミの噂は聞いているよ。エクトプラズムの洞窟を住処にして、多くのモンスターを狩っているそうじゃないか? ブラフマ・ヴィシュヴァ。五大錬金術師のあなたが、こんな所にいたとはねぇ」

「わしの正体を言い当てるとは、おぬし中々やるのぉ。おぬしはこいつらの仲間か? だったら教えてやれ。これ以上の戦いは無駄じゃと」

「コイツがブラフマ・ヴィシュヴァ。許せない!」

 ルクシオンは、目の前にいる男を睨みつけ、唇を強く噛み締めた。怒りが込み上げ、目を充血させた長身の女が右手を強く握り、拳を振り下ろした。


 見えない憤怒の一撃は、ブラフマに届かない。瞬時に生成された見えない何かが打撃を阻み、二メートルの女の体は後方に飛ばされた。


 前方にいる宿敵を睨みつけた仲間を見下ろしたトールが溜息を吐く。


「ルクシオン。キミの復讐心を燃やす時は、今ではない」


 そう言いながら、仲間を見下ろすトールは、右手人差し指を立て、素早く円を描くように動かした。すると、ルクシオンとマエストロが立っている地面に魔法陣が浮かび上がり、二人の体が白い光に包まれていく。

 そして、瞬く間に二人の姿はブラフマの視界から消えた。


 その一部始終を近くで見ていたブラフマが腕を組む。


「おぬし、中々やるのぉ。あの一瞬で瞬間移動術式を仲間に施して、逃がしてやるとは……」


 賞賛の声が洞窟に響き、トールは両手を前に広げてみせた。


「ブラフマ・ヴィシュヴァ随分と探したよ。私はトール・アン」

「その名なら聞いたことがあるわい。おぬしたち、聖なる三角錐か? おぬしたちはアイザック探検団のメンバーを殺害し、絶対的能力を手に入れた。おぬしたちが絶対的能力を手に入れる術はそれしかないはずじゃ!」


 そんな答えを耳にしたトールは不敵な笑みを浮かべて、指を鳴らした。


「ご名答。あの連中は私一人で殺したよ。絶対的能力なくとも、あの槌の前ではプロの錬金術師が百人束になったとしても、私に傷一つ付けることなんてできぬ。それに加えて絶対的能力も使えるからねぇ。ブラフマ・ヴィシュヴァ。お前の自信満々のプライドを再起不能な程、ぶっ壊すこともできるけど、今は止めておこう」


「なぜじゃ?」

 自身の絶対的能力や錬金術の才能を過信する五大錬金術師が疑問を口にする。

 それに対して、トールはブラフマに背中を向け、瞳を閉じた。


「このまま戦うことになれば、乱戦になってしまうからね。それでもいいけど、今はではない。一分後、この場にアルケミナ・エリクシナと助手がやってくる」

「確かにそうじゃな。おぬしとはサシでやりたい。今回は見逃してやるわい」

 話の分かる五大錬金術師の声を聴くよりも早く、トールは洞窟の出口へ迎い、一歩を踏み出した。

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