第19話 洞窟のモンスター

 数時間後、アルケミナとクルスの二人は、エクトプラズムの洞窟へやってくる。

 洞窟の入り口の前に立ったクルスが一歩を踏み出しながら呟く。


「先生。この洞窟を抜けた先に目的地、サラマンダーがあるんですよね。今日中に辿りつくことができますか?」

「この洞窟を攻略するのに必要な最低所要時間は七時間。だから今から行けば、日が暮れる前にサラマンダーに到着することができる」


 クルスは確認を済ませると、暗闇に包まれた洞窟の中に入っていく。一方、アルケミナは握りしめていた銀色の槌を叩いた。そうやって地面の上に召喚されたランプを手に取り、周囲を照らしながら、一歩を踏み出した。


 明るくなった洞窟の内部でクルス・ホームは周囲を見渡した。

 洞窟の壁にいくつもの紫色の水晶が生えた幻想的な空間が目の前で広がると、クルスの目の前にあった数十個の水晶が一つにまとまって左右に動き出した。

 地面を這うように素早く動く何かを察知したクルスは、思わず右手を握った。

 

 紫色の水晶を全身に付けた大蛇のような怪物が、開かれた細く鋭い目で獲物を捕ら、鋭い牙を光らせる。

 そうして、大蛇が目の前にいる巨乳女性にかぶりつこうとした瞬間、地面が小さく震えた。

 その直後、クルスと大蛇の間に巨大な壁が出現。まさかと思い、クルスが後方を振り返ると、アルケミナが壁を茶色い槌で叩いていた。


 ドンという音が静かな洞窟内で反響すると、クルスの目の前にあった壁が消えた。先ほどまで獲物を狙おうとしていた大蛇が視界から消え、アルケミナは小さく溜息を吐いた。

「水晶に擬態して獲物を狙うクリスネーク。あの肌から剥ぎ取った水晶は錬金術の素材になる。気絶させて、素材を採取しようと思ったが、逃げられたらしい」

「先生、あの大蛇に襲われそうになっていた僕を助けてくれたのではなかったのですか?」

 アルケミナに近づきながら、クルスは目を点にした。一方でアルケミナは無表情で首を縦に動かす。

「クルスを助けながら、あの大蛇から錬金術の素材を採取する。一石二鳥の作戦だった。こんな小さな体になっても、瞬時に槌を叩き錬金術を発動できるのなら、この洞窟を無事に脱出できる」


 アルケミナがハッキリと答えると、クルスは心配しながら、腰を落とし、視線を小さな子供に合わせた。

「アイザック探検団を全滅させたモンスターもいるかもしれないでしょう。断定するのは早過ぎます」

「大丈夫。その時はクルスの能力があるから」

 アルケミナが真顔で答える。



 それから、二人がしばらく歩いていると、突然アルケミナが立ち止まった。

 その視線の先には三つに分かれた穴がある。


「分かれ道ですね。右か。左か。真っ直ぐ。どれを選びますか?」

 クルスがアルケミナに問いかける。すると、アルケミナは槌を叩き、昨日購入したエクトプラズムの洞窟の地図を取り出した。


「真っ直ぐ行く。それが一番近い」


 合理的な意見だと思いながら、クルスが地図を覗くと、五大錬金術師の助手は目を大きく見開いた。


「先生。真っ直ぐ行くのはいいですが、その先に生息しているのは主と互角に戦うことができるモンスターですよ。それが四匹います。本当に行くのですか? 一番安全なのは左ですよ」

「構わない。一度に四匹のモンスターと戦うことになっても、クルスの絶対的能力と私の錬金術があれば負けない。左右に行けば遠回り。時間の無駄」

「分かりました」


 クルスはハッキリと答え、死を覚悟する。これから行くのは近道だが、危険な場所。一度に強いモンスターが襲い掛かる地獄。

「先生。アイザック探検団を全滅させたモンスターが、この先にいるのではないかと思っているのですか?」

「多分。この先がアイザック探検団のメンバー全員の遺体が発見された場所だから」


 危険な近道へと足を踏み入れた先に広がっていたのは、円形のフィールド。

 その場所にも三つの穴が開いている。その分かれ道は同様に、右と左と真ん中。

 直径十四メートルの空間の中で、アルケミナは地図を見ながら、道を確認する。


「真ん中の穴。それを通れば主がいる出口に辿り着く」

 現在この場所には、モンスターが出現していない。その隙に二人は出口に向かい歩き出す。

 だが、その直後、突然穴から、黒い羽と一本の角を生やした四足歩行のモンスターが三匹飛び出す。細い四本の足には、それぞれ二本の鋭い爪が生えていた。

 それに合わせて、洞窟の天井で眠っていた四匹目の同種モンスターが目を覚まし、地上に降り立った。


 真ん中には一匹のモンスター。残り三匹の怪物は、それぞれの穴を封じるように立っている。

 その怪物を目にしたアルケミナは、咄嗟に腰を落とし、地面に触れた。それから、左手の薬指を立て空間に触れると、開かれた右手の上に白いチョークが現れた。

それを握りしめた幼女が立ち上がる。


「あの怪物は初めて見る」とクルスの右隣でアルケミナが呟くと、円の中心にいる黒い羽の怪物は、目の前にいる人間を視界に捉え、標的を目掛けて突進していく。


 咄嗟に近くにいるアルケミナの体を抱えたクルスは、体を後ろに飛ばした。

 その間、穴を守っている三匹のモンスターは、一歩も動こうとしない。


 助手に抱えられた小さな五大錬金術師は周囲を見渡した。

「なるほど。主に攻撃するのは円の中心にいるモンスター。あの突進が当たれば一溜りもない」

「だったら、さっきの大蛇を倒した時と同じように、壁を召喚すればいいでしょう!」

 アルケミナはクルスの意見を聞き、首を横に振る。

「それはできない。あの突進は確実に錬金術で召喚した壁も破壊するほどの威力と推測される。それでは意味がない。創造の槌で地面を叩いて、この場にある素材から壁を生成しながら、攻撃を仕掛ける機会を伺う作戦も考えたが、ここの土は不純物が多く含まれている。それでは、脆い砂のような壁しか生成できない。同様の理由で、この危機を突破できるような強力な武器も生成できない」


 淡々とした推測が五大錬金術師の口から語られた後で、四匹の怪物は、一斉に黒い羽を羽ばたかせる。それによりカマイタチのような風が生まれた。

 その動きを視界の端で捉えたクルスは、咄嗟にアルケミナの小さな体を押し倒し覆いかぶさった。

 それと同時に、クルスの背中に無数に切り傷が刻まれていく。

 

「先生。怪我はありませんか?」

「怪我はない。だから、あの怪物の様子を教えて。この仰向けの体勢では、怪物の動きが見えないから」

「様子って……」と呟きながら、クルスは首を後ろに動かした。

 その視線の先で、無傷の怪物たちは動こうとせず、こちらの様子を伺っている。

 それからすぐに、クルスは再び顔を前に向け、地面の上で仰向けな体勢になっているアルケミナに視線を向けた。

「こっちの様子を伺っているみたいです」

「傷、なかった?」

「はい。無傷でした」

「これで分かった。あのモンスターを倒す方法。あのモンスターは超音波でお互いの距離を測り、お互いを傷つけあわないように気を付けている。説明は後。ここはクルスの出番。十秒間。時間を稼いで。相手は真ん中にいるモンスターだけで構わない」

「分かりました」


 クルスは、うつ伏せになった体を起こし、円の中心にいるモンスターに近づいた。それに合わせて、その怪物は、全ての足の爪を尖らせ、前足を同時に天井に向けて大きく挙げた。それから三秒後、その怪物は前足をクロスするようにして、地面の上に立つ人間に向けて、振り下ろした。


 斬られた風を肌で感じながら、クルスは地面を蹴り上げ、身を翻す。

 その間アルケミナは地面に白いチョークで魔法陣を書きこむ。


 東に土を意味する下向きの三角形に横棒を加えた記号。


 西と中央に気を意味する上向きの三角形に横棒を加えた記号


 南に凝固を意味する牡牛座。


 北に三日月のマーク。



 その記号で構成された魔法陣を、アルケミナが完成させ、叫ぶ。

轟音静乱術式ごうおんせいらんじゅつしき。完成した。それと、これを両耳に入れて」

 アルケミナは、どこからか取り出した耳栓と紙をクルスがいる方向に投げる。

 クルスはそれをキャッチし、アルケミナの指示通り両耳にそれを入れる。拾った紙には次の指示が書いてあった。


「これで動きが止まれば、一匹ずつ撃破できる」


 アルケミナが自分の両耳を両手で塞いだ直後、その錬金術は発動した。

 突然、なぜか再びクルスの前で振り下ろされそうとしていた怪物の前足の動きが止まり、クルスが前方に鋭い視線を向ける。


 その直後、クルスは前方へ飛び出し、地面を蹴り上げた。そうして、これまで対峙していた怪物の背中に、蹴りを叩き込む。その一撃だけで怪物はうつ伏せに倒れていく。



 行動不能になった怪物に視線を向けたクルスは、近くにいるアルケミナを左腕だけで抱え、中央の穴に向かって駆け出す。

 右手を握り締めながら、真ん中の穴を守る怪物との距離を詰め、一歩も動こうとしない怪物の首に、拳を叩き込む。


 その怪物が倒れていく間に、クルスはアルケミナを抱えたままで、穴の中を駆けた。

 


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