第18話 エクトプラズムの洞窟
同じ頃、ゴロゴロとした石が転がり、草も生えない灰色の地面を二人組の男が踏んだ。
小太りに金髪のリーゼントの男、ハント・フレイムは、近くで煙草の煙を吐き出す金髪スポーツ刈りの兄、ブライアンの隣を歩く。
闇に溶け込むような黒いローブを着ている男達の内、ハントが溜息を吐いたのは、数分後のことだった。
「ブライアン兄さん。今回は久しぶりに夜の狩りだな!」
「ああ。エクトプラズムの洞窟に生息するモンスターは夜になると凶暴化するが、その分モンスターの血液の成分が変化する。その血液は錬金術の材料として高額で売れる。今回の狩りが成功したら、大金持ちも夢じゃないぜ」
「そういえば、新種のモンスターがアイザック探検団を全滅させたっていう噂を聞いたが、大丈夫か?」
「関係ない」
ブライアンが言い放つと、二人は目の前で大きく開いている楕円形の穴の中へと足を踏み入れた。
そのダンジョン、エクトプラズムの洞窟の内部は、暗闇に包まれている。
一瞬で目の前が真っ暗になったハントは、背後に人の気配を感じ取り、地面にオレンジ色の槌を叩く。すると、辺りがオレンジの光で明るくなり、ハントの背後にブライアンの姿が浮かび上がった。
それから、ハントは地面に召喚された洋燈を右手で持ち、周囲を照らしながら、背後を歩く兄と共に歩き出した。
いくつもの紫色の水晶が洋燈の光で乱反射した幻想的な空間を真っすぐ歩くと、突然、目の前で光っていた紫水晶が蛇行し始める。
ジグサグに動きだすそれを目にしたブライアンは頬を緩めた。
「早速、狩りの始まりだな」と呟く間に、洞窟を住処にする大蛇が姿を現した。
体中に紫色の水晶を生やし、赤い目と鋭い牙を光らせたその大蛇の姿を瞳に捉えたハントは、咄嗟に赤色の槌を叩く。
すると、周囲を白煙が包み込み、その中でブライアンは槌を叩き、弓矢を召喚した。矢の先端に白い煙が昇り、頬を緩めた狩人が、目の前に現れたモンスターの赤く光った目を狙い、矢を放つ。
だが、それよりも先に、大蛇尻尾を地面に叩きつけ、発生させた風で白煙を掻き消した。同時に地面を這うように動き、放たれた赤色の矢は避けられてしまう。
矢が背後にある固い岩に弾かれ、落ちていくと、大蛇が素早く這い始める。
視認できない程素早く動く大蛇は、尻尾で地面を叩き、その体を飛び上がらせた。
「ギシャアアアアァ!」と鳴き声を出しながら、大きく口を開けた大蛇が、目の前の狩人に向けて、弾丸のごとく飛んでくる。
「クソッ。ここまでか!」とブライアンが目をつむると、突然、彼の目の前に巨大な壁が出現した。
煉瓦造りの大きな壁の高さは、洞窟を分断するほど高く、狩人を捕食しようとした大蛇は壁に激突し、反動によって飛ばされた。
その直後、呆然としていたハントは、背後に人の気配を感じ取り、手にしていた灯りを背後に向ける。
すると、オレンジの光に照らされて、黒いローブを着た長身の男が浮かび上がった。
世のすべての女性たちが振り向くほどのルックスを晒した男の緋色の髪は逆立っていて、吊り上がった目が特徴的。そんな男が突然現れた壁に右手で触れると、それが一瞬で消え、地面に転がり動かなくなった大蛇の姿がオレンジの光で照らされた。
「やっと見つけた。この三日間張り込んで正解じゃった。欲しかったんじゃよ。夜クリスネークの皮膚に分泌されるエキスがしみ込んだ、そなたの尻尾が」
そう呟きながら、大蛇の近くまで歩みを進めた男が地面に右手を添えると、魔法陣が出現し、一瞬の内に重たそうな長剣が生成された。
それを引っこ抜き、大蛇の尻尾に向け、振り下ろすと、灰色の尻尾がグネグネと動きながら、宙を舞った。
それを左手で掴んだ男は、ローブの中から袋を取り出し、視線を大蛇に向ける。
「安心せぇ。尻尾は三時間もすれば生えてくる。それまでの辛抱よ」
そう言いながら、男は動こうとしない大蛇に背を向ける。そんな姿を見て、兄弟は拍手した。
その内の一人、ブライアンは右手を差し出しながら、男へ近づく。
「お兄ちゃん。助けてくれてありがとう」
「何。助けたつもりはないよ。わしは大蛇の尻尾が手に入ればそれでよかっただけ。ところでお前たちはハンターか?」
「そうだぜ」
ハントがはっきりと答えると、男は人差し指を立てる。
「だったら今日の狩りは止めたほうがいい。このレベルのモンスターに苦戦するようなら、出口に住み着いている主に瞬殺されるのがオチ。もう一度忠告する。夜のエクトプラズムの洞窟は危険じゃから、今日は帰ったほうがよかろう。朝になったらここで狩りを楽しめばいい。この二週間エクトプラズムの洞窟に住み着き、サバイバル生活をやっているわしの意見じゃ。聞くか聞かないかは任せるが、次は助けんよ」
二人は互いに顔を見合わせ、足早に洞窟の入り口へと戻るため動き出した。
その男、ブラフマ・ヴィシュヴァは、ようやく手に入った獲物を手に取り、闇の中に消えていった。
翌日の早朝。二つの人影がエクトプラズムの洞窟の入り口の前に立った。
マエストロ・ルークは右肩に黒猫を乗せた女に尋ねる。
「そろそろ教えてくれないか? お前らは何者なのか」
「そうね。でもトール師匠に会わせるまでは言えないことになっているんだよ。新メンバーはトールが認めた人物に限定される、というのが組織のルール。トールに認められないメンバーは即処刑。あなたが処刑されたら私たちも罰ゲームを受けなければならない。だから、処刑されないように頑張ってね」
「組織。お前たち以外にも仲間がいるということだな。危ない連中だということが分かった。そのトールっていう奴のお眼鏡にかなわないと処刑というルール。それは無意味だろう。俺はどんなものでも手刀で切断する能力を持っている。錬金術は通用しない」
パラキルススドライの怪人の発言を聞き、女は鼻で笑う。
「何も分かっていないね。あなたは絶対にトールに負ける。トールの絶対的能力に相性は関係ない。私でも勝てないから」
女の声に怪人は目を輝かせた。
「そんなに強い奴がいるのか! 実力はあの餓鬼以上か?」
「あの餓鬼というのはパラキルススドライであなたと戦った白銀長髪の女の子のことかな? 確かのあの娘の錬金術は高位錬金術師レベルだけど、トールの能力は、錬金術も通用しないから瞬殺でしょうね」
「確認だが、トールに餓鬼は俺の獲物だと訴えることはできるのか? できなければお前らの仲間にならず、あの餓鬼を殺しに行く」
「それくらいなら可能。危険な組織だと言われるけれど、基本的メンバーは仲がいいからね。万が一トールがあの娘を殺すことになっても、恨まないでよ。トールは邪魔な人間を平気で殺すような人だから、約束を破ることもある。その場合あなたはトールを殺そうとするでしょう」
女がマエストロの顔を見ると、彼は首を縦に振った。
「そうだな。あの餓鬼が死んだら、それ以上の実力を持つトールを殺して欲求不満を解消するだろう」
「それだけは止めたほうがいいよ。もう一度言うけど、あなたは絶対にトールを勝てない。死ぬのがオチ。あの世であの娘と殺し合いをしたいのなら、話は別だけどね。兎に角、トールがいるのは、エクトプラズムの洞窟を抜けた先にあるアルケア八大都市の一つ、サラマンダー。その町でメンバーが全員集合する。約束の日は二日後だから急がなくてもいいんだよね。ということで今日はエクトプラズムの洞窟で狩りでも楽しみましょうか?」
二人と一匹はエクトプラズムの洞窟に入っていく。これから絶対的能力者による狩りが始まろうとしていた。
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