第四章 エクトプラズムの洞窟

第17話 アイザック探検団

 EMETHプロジェクト試験運用開始から二週間後。


 エクトプラズムの洞窟に近い宿場町、リーシェと呼ばれるこの町にアルケミナたちが辿り着いたのは、夕暮れ時だった。


 薄茶色の土を踏みしめ、温まった空気を肌で感じ取ったクルスは、道端で立ち止まった。その隣には、地図を広げているアルケミナの姿がある。


「今からエクトプラズムの洞窟を探検するのは自殺行為。夜はエクトプラズムの洞窟を住処にするモンスターが凶暴化する。もうすぐ日が暮れるから、宿で情報収集を行う。エクトプラズムの洞窟の地図も入手しておきたい」

 こんなアルケミナの意見に「賛成です」とクルスは明るい表情で即答した。

 一方でアルケミナは相変わらずの無表情で助手の顔を見上げた。

「嬉しそう?」

「だって、宿に泊まるなんて、この旅初めてのことですよ! いつも野宿ですから。それで、宿はどこですか?」

「……案内する」

 短く答えたアルケミナは、一歩を踏み出した。

 そんな幼女の後ろを、巨乳少女がワクワクしながら追いかける。

 

 そして、五分ほど真っすぐ進み、辿り着いたその宿は四階建ての煉瓦造りの建物だった。屋根の色は派手な金色に輝き、高級感が漂うような外装に、多くの人々は見惚れた。


 まさかと思ったクルスは、冷や汗を流しながら、出入口の近くに置かれた看板に視線を向けた。

 すると、1泊100万ウロボロスという高額な宿泊費が目に飛び込んでくる。

 目玉が飛び出そうになりそうになったクルスは、腰を落としてアルケミナと視線を合わせた。

「先生。本当に大丈夫ですか? この宿の宿泊費、かなり高いですよ? 錬金術研究費や旅の備品の購入でお金も減ってますし……」

 クルスが心配して声をかけると、アルケミナは淡々と答える。

「大丈夫。この宿には泊まらない」

 まさかと思い、クルスは宿の回りを見渡した。だが、その近くには期待した格安の古ぼけた宿は存在しない。


 困惑する助手を他所に、アルケミナは自身の言葉と矛盾するように、高級な宿の中に入った。中に入り、身なりを整えた従業員たちの横を素通りして、真っすぐ進むと、地下へと続く階段に辿り着く。


 それを銀髪の幼女が降り始め、五大錬金術師の助手は後ろを追いかけた。

「先生。どこに行くのですか?」

「情報収集。この宿の地下には酒場がある。その酒場は宿泊客のみならず一般の旅人も利用可能。おまけに旅に必要な道具も販売している。今日はそこで情報収集をしながら、夕食を楽しむ。この時間帯なら、子供になった私でも保護者のクルスがいれば出入りできる」

「えっと……それから、どうするのですか?」

「いつものように野宿する」

 クルスは期待を裏切られた気分になり、溜息を吐いた。


 やがて階段を降りている二人の前に、ドアが見えた。その木製のドアの先に旅人のための酒場がある。

 アルケミナが背伸びしてドアノブを握ろうとする。

 それを見たクルスは、咄嗟にドアを開けた。

 ドアの先には、木製の机が並べられた酒場があった。酒場にいる旅人の殆どは黒いひげを生やした男性。

 旅人たちは長髪の巨乳女性と五歳くらいの女の子が酒場に入ってきたことに驚きを隠せない。


 そんな中、酒場で酒を飲み赤面している黒ひげの男は二人の元へ歩み寄った。

「珍しいなぁ。女がこんなところに来るなんて。しかも子連れときたもんだ。ところで子連れの姉ちゃん。これからどこに行く? もしエクトプラズムの洞窟に行くのなら止めたほうがいい。あそこは子連れで行くようなところじゃない。俺みたいな男がいれば楽だぜ」


 男が笑いながら二人の肩を触ろうとする。だが、それよりも早くアルケミナが男の右手を強く握り、振りほどいた。

「足手まとい。あなたが仲間に加わったところで何も変わらない。むしろ足手まとい」

 初対面の男にここまで言うのかとクルスは思った。黒ひげの男が舌打ちすると、クルスとアルケミナの二人はカウンター席に座る。


 アルケミナは酒場の店主に注文する。

「エクトプラズムの洞窟の地図。それと紅茶を二杯」

 その注文に驚きを隠せない店主は、目を大きく見開いた。

「本当にエクトプラズムの洞窟へ行くのか? あそこは素人が行く場所ではない。あの洞窟で何人の人間が亡くなったと思う? 一年間で二百人ほどだ。悪いことは言わない。行かない方がいいだろう」

「それでも行く」

 店主は目の前にいるワガママな五歳くらいの女の子に対して必死の説得を試みる。

「何も分かっていない。ニュースでやっていただろう。エクトプラズムの洞窟で、死後一週間程度経過した六人の遺体が発見されたって。遺体の身元はアイザック探検団の団員たちと判明したそうだ」


「……アイザック探検団」

 アルケミナは一言呟き、考え込む。その頭には、パラキルススドライで遭遇した白いローブを着た人物の姿が浮かんでいた。

「アイザック探検団。錬金術を駆使してアルケアに隠された秘宝を探している六人組。団員たちは、高位錬金術や剣術、武術の使い手だそうですね。そんな彼らが全滅するほどのモンスターがエクトプラズムの洞窟に住み着いているということですか?」

 クルスが深刻そうな顔付きで店主に尋ねる。すると、店主は首を縦に振った。

「おそらくそうだろう。彼らは何度も洞窟を探検しているからな。ここ数日の間に新種のモンスターがエクトプラズムの洞窟に住み着いたということだろう」


 店主の話を聞いていたアルケミナは、逆境の立ち向かうために瞳を燃やした。

「面白い。そこまで言うのなら、エクトプラズムの洞窟を生きて通過する。だから地図を買わせて」


 その瞬間、店主は客の説得を諦め、肩を落とした。

「何を言っても無駄か。地図を売る。ただし命の保証はしないし、何の責任も負わない。それでもいいな」

「構わない」

 店主は二人の前に、紅茶が注がれたカップと茶色の槌を置く。


「紅茶二杯と道標の槌。エクトプラズムの洞窟の地図が記録してある奴な。合わせて四百ウロボロスだ」

 何とか、エクトプラズムの洞窟の地図が記録された槌を購入できたアルケミナは、店主の前に四つの茶色いコインを置いた。


 それから、二人は紅茶を飲み干し、酒場を後にする。



 月夜に照らされ、周囲から酒の匂いが漂い始める茶色く乾いた道を、クルスとアルケミナは並んで歩いた。

 そんな中で、クルスは右隣を歩く五大錬金術師に視線を向ける。

「先生。本当に大丈夫ですか? エクトプラズムの洞窟にはあのアイザック探検団を全滅させたモンスターが住み着いているんですよ」

「……アイザック探検団を全滅させたモンスターなんて存在しない」

 迷いもないアルケミナの答えにクルスは驚き、思わずその場に立ち止まった。

「えっ、どういうことですか?」

 首を傾げながら、中腰になり、小さな女の子と顔を合わせたクルスに対して、アルケミナは真剣な眼差しを向ける。


「アイザック探検団はEMETHシステムの被験者として選ばれていた。仮に彼らが全滅したのが漆黒の夜想曲が起きる前だとしたら、新種の強力な怪物が現れて、探検団メンバー全員を倒したという話も納得できるけど、この事件に白いローブを着たあの人が関わっているとしたら、別の景色が見えてくる」


「白いローブ? 黒猫を連れた大柄な女性ですね? 先生はアイツの正体に心当たりがあるんですか?」


「まだ仮説の話。詳しい話は言えない。兎に角、アイザック探検団全員は、漆黒の夜想曲発生直前に殺害された可能性が高い。絶対的能力を手に入れた後で新種の強力な怪物に遭遇したと仮定したら、全滅なんて結果はあり得ないから。絶対的能力は新種のモンスターでさえも圧倒する。そのモンスターがどんなに強くても、絶対的能力者が六人もいれば全滅しない」


「つまり、絶対的能力があれば、アイザック探検団を全滅させたモンスターも怖くないということですね」

「おそらく……」

 アルケミナは腑に落ちない表情を浮かべ、二人は野宿ができそうな場所を探しだした。

 

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