第15話 クラビティメタルストーン

 クルスが野次馬たちから離れると、少年が彼の前に右手を差し出す。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はミズカネ・ルーク。色々と聞きたいことがあるから、名前を教えてくれ!」


 金髪のソフトモヒガンの少年、ミズカネ・ルークが自己紹介すると、クルスは自分の名前を相手に告げる。

「クルス・ホームです。それで、聞きたいことというのは何ですか?」

「まさかそいつがお前の探していた友達か? 何者なんだ? あのパラキルススドライの怪人と戦って生き残ったんだろ?」


 突然ミズカネがクルスに尋ねる。クルスは人差し指を立てた。

「勘違いしていますね? 僕は友達を探していません。探していたのは親戚の子です」

「もしかしてその子は疲れて眠っているのか? 起きていたら教えてほしいことがある。パラキルススドライの怪人についてだ」


「なぜそのことを聞くのですか?」

 クルスが疑問を口にすると、ミズカネは事情を告白した。

「俺の兄貴が殺されたかもしれないんだ。俺の兄、マエストロ・ルークは3日前から姿を消した。失踪直前の兄貴は変だった。あの実験の直後から右手にグローブを填めるようになったんだ」

 ミズカネの話を聞きクルスはノワールのことを思い出す。

 

 この前出会ったノワール・ロウはEMETHシステムによって体がサーベルキメラに変化した。それを隠すために彼は失踪したという。

 これも同じではないかとクルスは疑う。


 すると、クルスの背中で眠っているはずのアルケミナが、ゆっくりと瞳を開ける。


「マエストロ・ルークが参加した実験というのは何?」

「EMETHプロジェクトだった。残念ながら俺は落選したから参加できなかったが……」

 その答えを聞き、彼女は助手の背中から降り、相手の顔を見上げる。

「漆黒の幻想曲直後、マエストロ・ルークに身体的変化はあったのか? 例えば、性転換とか?」

「あれだろ。世界各地でEMETHプロジェクトに参加した人々の体が突然変異したという話。ニュースで聞いたことがある。だが、兄貴は何ともなかった。漆黒の幻想曲発生から兄貴が失踪する三日前まで一緒に行動したから間違いない」


「興味深い」

 アルケミナが顎に手を置くと、ミズカネはアルケミナを急かす。

「いいから教えてくれ。パラキルススドライの怪人の特徴」

「性別は男。髪型は黒色のスポーツ刈り。パラキルススドライの怪人は間違いなくEMETHシステムによって絶対的能力を手に入れた存在。右手の甲にあの文字が刻み込まれてから」


 アルケミナの説明を聞き、ミズカネが取り乱したように反論する。

「そういえばニュースでやっていたな。十万人の対象者の体のどこかに、EMETHという文字が刻まれるっていう話。まさかパラキルススドライの怪人の正体は兄貴なのか。あり得ない。兄貴は優しい性格だった。そんな兄貴が冷酷な殺人鬼になるはずがない。状況証拠しかないじゃないか!」


「確かにそう。右手の甲にあの文字が刻み込まれた人は一人ではない。さらに服に隠れる場所に刻み込まれた場合も考えられる。だけど、三日前に失踪したマエストロ・ルークとパラキルススドライの怪人の因果関係を考えると同一人物の可能性が高い」


 ミズカネ・ルークは幼女が指摘した最悪な可能性を聞き沈黙する。アルケミナはさらに言葉を続ける。


「突然変異がなかった絶対的能力者というのは興味がある。だからもう一度、あの怪人に遭遇したい。あの様子から察すると、パラキルススドライの怪人は私を血眼になって探している。パラキルススドライの怪人の正体が、マエストロ・ルークであることを証明するつもりだけど、ミズカネはどうする? 私たちと一緒に行動を共にする?」


 アルケミナの問いかけに、クルスは驚きの声を出した。

「先生。私たちというのは僕もカウントされているのですか?」

「そう」

「しかし、僕が怪人と遭遇したら確実に殺されます。僕は先生と違って逃走する術がないのですから?」

「大丈夫。クルスの能力があれば、何でもできる」

「それは一昔前の格闘家の名言ですよね。でも、先生がサポートしてくれるならやりますが」


 押しに負けたクルスが笑うと、アルケミナは再びミズカネに尋ねる。

「もう一度聞く。ミズカネ・ルーク。あなたは私たちと一緒に来るのか?」

 その質問にミズカネは覚悟を決め、答えを少女に伝えた。

「俺も行く。パラキルススドライの怪人が兄貴なら、怪人を止めることができるのは俺だけだからな」


「分かった」

 アルケミナがミズカネの答えに納得すると、ミズカネは疑問を口にした。

「どうやって怪人の正体を明らかにするんだ?」

「あの怪人を倒す。私とクルスがパラキルススドライの怪人を何とかするから、ミズカネは説得をして」


 幼女の真っ直ぐな作戦にミズカネは一瞬驚く。そして、兄を止めるために動き始めた弟は、右手を挙げた。

「それなら俺に考えがある。俺と兄貴の夢は錬金術で世界一固い石とされるクラビティメタルストーンから盾を生成すること。その夢で兄貴の暴走を止める。生身で怪人と対峙するのは危ないからクラビティメタルストーンから鎧や盾を生成すれば安全だろう。だけど、そんなことが俺たちにできるはずがない」


 ミズカネの不安の声に対して、アルケミナは自身満々な態度で答えた。

「大丈夫。ここにクラビティメタルストーンがあれば、私が何とかする。三十分もあれば余裕」

 幼女の夢物語を聞きミズカネは驚き、声を荒げる。

「無理だ。そんな短時間でできるはずがない。俺と兄貴が十年間実験してもできなかったのに……」


「ただの餓鬼じゃなかったとしたら?」

 自信に満ち溢れた幼女の顔付きを見て、ミズカネはなぜか信じて見たくなった。

「意味が分からないが、たったの三十分でできるのか?」

「現在あなたがクラビティメタルストーンを所持していた場合の話」

「分かった。コイツを使ってくれ」


 ミズカネ・ルークは言いながら、鞄から三個のクラビティメタルストーンを取り出す。


 その石は黒くアルケミナの片手に収まるほど小さい。だが、この石はとても固く、地面に落としたとしても割れることがない。


 ミズカネから三個のクラビティメタルストーンを受け取ったアルケミナは石を触った。

 肌触り。石の形状。固さ。一通りの観察を終わらせると、アルケミナはその場に座り込む。

 記号の配置を頭に浮かべ、考え込むこと五分間。遂に五大錬金術師が立ち上がり、左手の薬指を立て、空気をポンと叩いた。

すると、錬金術の魔法陣を刻む白色のチョークが召喚される。


 それを掴んだ幼女は、石を地面に置き、地面に魔法陣を書き始めた。


 東西南北、南西南東、北西北東、合計八方向に何も書かれていない空白の円を描き、直径五センチ程の大きさの八つの円を大きな一つの円で囲んでいく。その後で、円の中央に最初に書き込んだ円と同じ大きさの印を刻む。


 すると、ここでアルケミナは手を止め、近くで様子を見守っていたミズカネの顔を見た。

 そして、アルケミナはミズカネに向かい歩み寄る。


超固石盾術式ちょうこせきたてじゅつしきの基盤となる配列は完成した。ここからはあなたの出番。続きを教えるから、私に変わって魔法陣を完成させて」

 突然のことにミズカネは戸惑い、両手を振った。


「無理だ。続きが分かるなら、お前が書けばいいだろう」

「ダメ。この魔法陣を完成させるためには、夢を叶えるという意思が必要。私にはそれが足りない。十年間研究していたなら書けるはず」

 アルケミナの説得に負けたミズカネは右手を幼女に差し出した。

「分かった。俺が完成させる」

 ミズカネはアルケミナからチョークを受け取り、魔法陣を書き始めた。


「ゆっくり説明するから、正確に綺麗な印を書いて。北の正方形と北東の王と妃……」

 幼女の口から飛び出した錬金術の暗号。それに従い、ミズカネは記す。


 魔法陣を書くたび、ミズカネの脳裏に十年間の研究の日々が走馬灯のようによみがえった。

 アルケミナのサポートの元、夢が現実になろうとしている。

「中央のアポロンが目を覚ます。これで魔法陣は完成」


 幼女の暗号を聞きながら、黙々と記号を記すミズカネは、魔法陣を完成させる。


 アルケミナの指示に従い、ミズカネは魔法陣を完成させた。


 そして、ミズカネは仕上げとして、魔法陣の中央に三個のクラビティメタルストーンを置き、白い槌でそれを叩く。すると、白い槌は見る見るうちに銀色へ変化した。


「本当に完成したのか?」

 こんなにも早く目的が達成され、ミズカネは実感が湧かない。そんな彼を他所に、アルケミナは無表情で首を縦に動かした。

「うん」

 この様子を、アルケミナたちの近くに建つビルの屋上で一つの影が見ていた。その影はパラキルススドライの怪人。

「やっと見つけた。あの餓鬼だ。仲間諸共皆殺しにしてやる」

 

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