第13話 怪人の追撃 前編
商店に買い物をしているアルケミナは、偶然通り過ぎた商店に設置されたテレビで怪人の名前を知った。
『……怪人は黒いローブに身を包んでいる男と見られ、どんなものも一瞬の内に切断することができます。昨日宝石店にて窃盗を行った怪人は、三十人の警察官を一瞬で殉職させました。これによりパラキルススドライの怪人によって殺害された被害者数は、九十九人となっています。尚怪人は窃盗のみならず、無差別殺人も行っており、警察は近隣住民に厳重な警戒を促しています』
そのニュースを聞いたアルケミナは嫌な予感を覚える。
どんなものも切断することができる怪人。
妙な胸騒ぎ。
絶対的能力の暴走。
すると、何の前触れもなく、彼女の背後にあるコンクリートの壁が崩れた。
崩壊の直前にアルケミナは前方に避けたものの、瓦礫で押しつぶされたテレビは壊れてしまう。
原因は一目瞭然だった。突然、商店街に現れた黒いローブを着た男。
それはニュースで伝えられた殺人鬼と同じ。
危険を察知した買い物客や商人たちは、慌てて店内に避難していく。
そんな中で、アルケミナは逃げず怪人と対峙した。
「記念すべき百人目は幼女か? それも悪くない」
パラキルススドライの怪人は白い歯を見せながら不気味に笑う。
その頃、ベンチで休んでいたクルスの前を、子供が慌てて走り去った。
「パラキルススドライの怪人が出たぞ! 怪人が今商店に出没した!」
その叫び声を聞きクルスの顔は青ざめた。商店にはアルケミナがいる。
通りすがりの子供たちが言っていたパラキルススドライの怪人が、どんな人物なのかをクルスは知らない。
だが、周囲が恐怖していることから、助手は嫌な予感を覚えた。
住民たちが恐怖するパラキルススドライの怪人がアルケミナと対峙しているとしたら、彼女の命が危ない。
「先生」
クルスは商店の方向へ走ろうとする。だが、その腕は、商店から逃げてきた金髪のソフトモヒガンの少年によって掴まれた。
「お前。馬鹿か。今あそこに行ったら死ぬ。そんなことも分からないのか」
「離してください。あそこには……」
「友達でもいるのか。そいつが心配なのは分かる。だけど今あそこに行くことは自殺行為だ。この状況で友達を助けに行って、怪人に遭遇したら殺される。ミイラ取りがミイラになるという奴だな。それでも行くのかよ!」
クルスは少年の言葉を聞いて唇を噛む。
アルケミナが強いということをクルスは知っている。錬金術の技術や思考能力は幼女化した現在も衰えていない。
ここはアルケミナを信じることしかできない。
しかし、クルスには二つの不穏因子がある。
一つはアルケミナが幼女化していること。アルケミナは幼女化して体力が元の体より減少している。これが怪人との戦いで不利になる可能性。
もう一つはパラキルススドライの怪人の正体。その怪人が絶対的能力者だとしたら。パラキルススドライの怪人の能力がアルケミナの錬金術を凌駕する物だとしたら。
二つの不穏因子が正しいと証明されれば、アルケミナの命が危ない。
パラキルススドライの怪人が絶対的能力者であることを前提にして考えた場合、絶対的能力を使おうとしないアルケミナが殺される可能性が強まる。
その不穏因子を断ち切るため、クルスは首を左右に振り、少年に尋ねた。
「パラキルススドライの怪人について詳しく教えてください。それを聞いたら納得しますから」
クルスからの問いかけに金髪のソフトモヒガンの少年は目を丸くする。
「お前。知らないのか?」
「旅の途中ですからこういう話題には疎いのですよ」
「一週間前から現れた黒いローブを着た男で、どうやったのか分からないが、何でも切断する。冷酷な殺人鬼で、これまで九十九人も殺しているらしい。さらに怪人は槌までも切断する。これで満足か?」
人気がなくなった街に砂嵐が通り抜けた。
同時に冷たい空気を肌で感じ取ったアルケミナは、薬指を立て、空気を叩き、召喚した槌を手にする。
「逃げないのか? それとも恐怖で一歩も動けないか? いずれにしても一撃で殺してやるよ」
怪人は一歩も動かず、右手を上に伸ばす。
その一瞬にアルケミナは左手で水色の槌を地面に振り下ろす。
東西南北に下向きの三角形、中央に
その記号で構成された魔法陣は一瞬で怪人が立っている地面の上に移動する。
さらに、右手人差し指を伸ばし、宙に魔法陣を記し、怪人の足元に向かって飛ばした。
そして、次の瞬間、怪人の足元を数十メートルの水柱が持ち上げる。上昇と連動して、いくつもの水玉が怪人の周囲に出現し、爆破されていく。
そのまま上空まで飛ばされた怪人は、一瞬で地面に叩きつけられた。
衝撃で砂嵐が漂い始めた中で、アルケミナは瞳を閉じる。
すると、砂塵の中で影が動く。
「お嬢ちゃん。小さいのにやるな。もしかして、お前も絶対的能力者か? 例えば錬金術の威力を通常の十倍にするとか。お嬢ちゃんの年齢だと一メートルが限界だろう」
「……あなたは絶対的能力者。一応私も絶対的能力者だけど、能力は使いたくない。だから、錬金術だけであなたを倒した。これ以上やっても時間の無駄だから、逃げる」
アルケミナは怪人に告げるとその場を走り去る。
だが、パラキルススドライの怪人はそれを許さない。
「逃がすわけがない!」
逃げようとする幼女の前方を塞ぐように、冷酷な怪人が回り込む。
そのあとで、怪人は幼女の右腕を強く掴み、軽い体を片手だけで持ち上げてみせた。
それから、左腕を後方にあるコンクリートの壁まで伸ばし、手刀を当てる。
首を動かし、ひび割れていく壁を目にした銀髪の幼女は、自由に動かせる左手の人差し指を立て、宙に円を描いた。
そんな仕草に気付かない残忍な殺人鬼が拘束した幼女の顔を冷酷な瞳に映す。
「バカなヤツだな」と呟いた後で、殺人鬼は幼く小さな体を後方の壁に向かって投げ飛ばした。
軽い体は宙を舞い、粉々になった瓦礫が飛び交っていく。
一瞬で瓦礫の山が出来上がり、周囲に土埃が漂う。
そんな中で、パラキルススドライの怪人は腕を組み、高笑いした。
「バカなヤツだ。能力を使えば勝てたかもしれないのに」
その笑い声が土埃と共に鳴り響く。
「さあ、あのバカな餓鬼の遺体を拝むか」
そう呟いた後で、彼は黄色い槌を叩いた。
災害救助用に開発された魔法陣を瓦礫の山まで飛ばした瞬間、粉々になったコンクリートの破片から灰色の煙が昇っていく。
一分ほどで煙が完全に消え、更地になった地面を目にした怪人の思考回路が停止する。
そこには百人目の遺体が残されていなかった。
「どこに消えやがった。餓鬼の遺体!」
苛立つ彼の彼の脳裏に仮設が浮かぶ。
あのコンクリートが崩壊する直前、この状況から脱出した。
だが、あの一瞬で、そんなことができるはずがない。
その時、怪人は血の匂いを吸い込んだ。
漂い続けるその匂いは、あの壁を壊した直後から漂っている。
「ふん、何をやったか知らないが、絶対に殺してやる」
そして、白い歯を見せ笑う冷酷な殺人鬼は血に飢えた鮫のごとく。匂いに導かれて一歩を踏み出した。
「はぁ。はぁ。はぁ……」
倒壊した壁から少し離れた裏路地の中で、その幼女は息を整えた。
人が一人だけ通れる程狭いこの場所の煉瓦造りの壁に背中を預けた彼女は光が差している表通りに視線を向ける。
すると、痛みが体を駆け巡り、彼女は無意識に眉を潜めた。
同時に疲労感も襲い、体が重くなっていく。
あの殺人鬼に捕まった時に瞬時に記した魔法陣に含まれるあの危険物質の副作用という仮説を頭に浮かべた天才錬金術師が足を動かす。
その時、右足の太ももから血液が垂れた。
咄嗟に切り傷に触れた彼女は、「はぁ」と息を吐いた。
「……大丈夫。かすり傷だから」と言い聞かせている間にも、右足に痛みが広がっていく。
冷酷な無差別殺人鬼が発するプレッシャー。
切り傷によって生じた右足の痛み。
脱出のために用いた魔法陣の副作用。
これらがアルケミナの体力を徐々に削っていく。
そうして、表通りに顔を出した銀髪の幼女は、周囲を見渡した。
すると、襲撃に警戒しながら、新たなる脱出劇の舞台を探す彼女の目に、五十メートルの高さを誇るビルが飛び込んできた。
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